第14話
エイリはベンチに腰を下ろし、息を整えながら、次の試合の開始を待つ。
セツの寝息が隣で静かに続き、トリエは腕を組んで砂地を睨むように見つめていた。
角笛の音が響き、レベル二の試合が幕を開けた。
砂地に立つ参加者たちのシルエットが、陽光の下で長く影を落とす。
レベル二の面々は、レベル一の混沌とは打って変わり、互いの距離を慎重に測りながら構えを取っていた。
魔法の気配が空気を震わせ、指先から淡い光の粒子が零れ落ちる。
七大ギルドの新人たちが、揃いのローブを翻し、互いに鋭く目配せを交わす。
マモギルドの青年が掌に青い炎を瞬時に灯し、相手の足元を焼き払うように放つ。
フェルギルドの少女は一瞬早く風の壁を張り、炎を弾き飛ばした。
轟音と共に火花が散り、観客席からどよめきが湧き上がる。
炎が壁にぶつかり、爆ぜる音が砂を震わせる。
少女は壁の隙間から手を伸ばし、相手の肩を掴む仕草で引き寄せ、膝を腹に叩き込む。
青年がよろめき、砂に膝をつく間隙に、別の参加者が横合いから飛び込み、棍棒を振り下ろす。
二対一の共闘が自然に生まれ、棍棒の風圧が砂を巻き上げ、青年のローブを裂いた。
観客席からどよめきが上がり、トリエの肩がわずかに動く。
トリエがエイリの袖を軽く引き、砂地を指差した。
「試合と言いつつも、この戦いは立派な政治だ。ああいう戦いも覚えておいた方がいい。ギルドの新人同士が手を組む瞬間を見逃すなよ。後で味方を増やすヒントになる」
エイリは目を細め、砂煙の向こうで棍棒が弧を描くのを追う。
「確かに、レベル一みたいにただ突っつくだけじゃない。あいつら、相手の弱点を一瞬で共有してるみたいだ」
トリエはベンチの背もたれに体を預けた。
「まぁ、うちのギルドは私たちしかいないから、共闘して試合なんてのはそうそうないがな」
「ははは……」
トリエの唇がわずかに上がり、拳でエイリの肩を軽く叩いた。
「次はレベル三だ。もっと面白いものが見られるぞ」
レベル三の試合。
角笛が鳴り響くと、砂地は一気に引き締まった空気に包まれた。
三人一組のチームが、事前の打ち合わせを反映したように整然と並ぶ。
参加者たちは互いの背中を預け、円を描くように位置取りを調整し、足音が砂を軽く抉る。
エルギルドのチームが先陣を切り、盾持ちの巨漢が前衛を固め、二人の魔法使いがその陰で呪文を紡ぎ始める。
空気が歪み、地面から土の槍が突き上がり、相手チームの足を絡め取った。
巨漢が盾を振り回し、槍の隙間を埋めるように突進する。
相手の剣士が槍を斬り払い、盾に跳ね返される衝撃で体勢を崩すと、魔法使いの一人が風の刃を放ち、肩を浅く裂いた。
剣士が反撃の剣を振り上げるが、チームメイトの援護でかわされる。
観客の息遣いが同期するように静まり、砂地の熱気がさらに濃くなる。
その中でも、一際異彩を放っていたのがレヴィギルドの三人組だった。
同じ黒装束を身にまとい、頭から下まで肌を覆うフードが影を落とし、マントの下に武器の輪郭すら見え隠れしない。
三人は無言で砂地を滑るように移動し、互いの気配だけでタイミングを計る。
一人が地面に掌を押しつけ、低い呪文を囁くと、砂煙が爆発的に立ち上った。
世界が白く濁り、観客席からむせ返る咳と悲鳴が重なる。
煙のヴェールの中で、三つの影が同時に動き出す。
全方向から剣戟の音が響き、煙の外で相手の体が次々と崩れ落ちる。
一人は煙の端から飛び出し、短剣を閃かせて喉を掠め、もう一人は上空から落下するように斧を振り下ろし、脚を狙う。
三人目の影が煙の中心で魔法を放ち、火の玉が連鎖的に爆ぜて周囲を焼き払う。
負傷者の悲鳴が煙に飲み込まれ、三人は一歩も引かず、互いのマントが軽く触れ合う距離で連携を保つ。
煙が晴れる頃には、砂地に倒れた体が散らばり、三人は静かに息を整えていた。
エイリはベンチから身を乗り出し、目を丸くして砂地を凝視した。
「あれは……どう対処すればいいんだ?」
「かなり洗練された同時攻撃だったな。顔を見せないことで、魔法を撃つ奴を守る形で戦ってる。武器も同じ背格好も同じだ。まぁ、動きに多少の違いがあるから、そこを狙って魔法を止めるところからが勝負だろうな。煙の隙間から一気に飛び込んで、魔法使いの腕を封じ込めりゃ、残りはバラバラになる」
エイリは砂を睨むように想像を巡らせた。
「トリエなら、一人で勝てるか?」
トリエは肩を竦め、軽く笑みを浮かべた。
「連携が凄いってくらいで、速度はそうでもないからな。魔法を撃った瞬間にそいつにだけ突っ走っとけば、他の奴はそいつを守るために必ず狙いに来るだろ? そこを盾で受け止めて、カウンターで一気に斬り伏せりゃ勝てるさ。簡単だろ?」
セツが突然体を起こし、ベンチの背もたれに寄りかかった。
「うん。私もそうする。煙の中心を無視して、魔法の気配だけを追う」
トリエは目を細め、セツの顔を覗き込んだ。
「だよな……ってお前、起きたのか。いつから聞いてたんだよ」
セツは首を軽く傾げ、拳を軽く握って見せた。
「今、起きた。トリエ強いね。拳が全く見えなかった」
トリエの眉が鋭く跳ね上がり、腕を組んだままセツを真正面から睨みつけた。
「……次変なこと言ったら、また眠ってもらうからな」
セツは小さく、素直に頷く。
「トリエに負けたから。トリエに従う。変なことは言わない。約束」
トリエは鼻で短く息を吐き、砂地へ顔を戻した。
「……なら、そこにいろ。次はレベル四だ。お前らとの差を、骨の髄まで刻み込んどけ」
セツは一瞬だけエイリの袖に指を伸ばしかけ、すぐに自分の膝の上へと引っ込めた。
エイリは困ったように口元をゆるめ、トリエの横顔をちらりと見てから、静かに闘技場へと目を据えた。
そして、レベル四の試合が始まる。
観客席の空気が一気に張り詰め、風さえ止まったように静まる中、ニクスが会場中央のお立ち台に躍り出た。
黒革のベストが陽光を反射し、腰の短剣が軽く揺れる。
ニクスはマイクを握りしめ、巨体を揺らして声を張り上げた。
「オラァ! ヘイルの猛者どもよ、耳かっぽじって聞け! ここからはただの試合じゃねぇぜ! レベル四の選りすぐりの奴らよ、準備はいいか? 見てみろよ、このデカい箱の中身を! ダンジョンの深淵から引きずり出してきた、伝説の巨獣だ! 一撃で街を飲み込む牙、一振りで山を砕く爪、息吹だけで空を焦がす炎の獣! こいつをぶっ倒せば、お前らは英雄だ! 血を沸かせ、剣を鳴らせ、魔法を爆ぜろ! 世界を手に入れる一歩、今日ここで踏み出せ! さあ、カウントダウンだ──十、九、八……!」
ニクスの声が闘技場全体を震わせ、観客席から爆発的な歓声が沸き起こる。
太鼓の連打が重なり、砂地が微かに振動する。
スタッフたちが大型の木箱をガラガラと引きずり、中央に据え置く。
箱の表面に刻まれた結界の紋様が淡く光り、中から低く唸るような息遣いが漏れ聞こえる。
参加者たちは一斉に構えを取った。
選抜された面々だけあって、互いの気配を鋭く感じ取りながら構えを取る。
レベル四からは、ギルドの精鋭のみが参加可能と謳われているが、実際の到達者は少なく、各ギルドから一人か二人しか選べないのが現状だ。
ニクスギルドの剣士が剣を抜き、足を肩幅に開いて低く沈み、ルゼギルドの魔法使いが掌を合わせ、青い光の渦を呼び起こす。
マモギルドの斧使いが肩を回し、巨体を前傾させて箱を睨み、エルギルドの影のような少女がマントを翻して後退し、援護の位置を確保する。
カウントが七、六と続き、箱の扉が軋む音が響く。
参加者たちの息が同期した。
五、四──ニクスの目が輝き、拳を握りしめて声を張る。
三、二、一──ゼロ!
箱の扉が、弾け飛んだ。




