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ここは地獄の一丁目  作者: 川合 佑樹


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第10話

 一週間が経ち、闘技大会前日。

 ヘイル王国・ショウ区画一丁目・ニクスギルド内にて、エイリは椅子に座っていた。

 ギルドのカウンター近くで、膝の上で拳を軽く握りしめながら、壁に貼られた古びた依頼書の束をぼんやりと眺めていた。

 トリエが手を振ってやって来る。

「エイリ。闘技大会、登録しておいたぞ」

「おう! やるからには頑張るよ」

「その意気だ! ただレベルゼロの参加者が少なくて、レベル一と混合になる。心してかかれよ」

「おっす!」

 エイリは勢いよく立ち上がり、拳を胸に軽く叩いて応じた。

 トリエも満足げに頷き、二人で出口へ向かう。

 ギルドから出ると、闘技大会前日ということも相まって活気に溢れていた。

「肉巻きパン! 焼きたてだよ! 今買わなきゃすぐに売り切れだぞー!」

「新鮮レモン水! 闘技大会限定ー!」

「当たれば百倍! 明日の優勝者予想くじ!」

「鉄の盾に刻印サービス! 一生モノだぞ!」  

 露店から立ち昇る煙が空を染め、呼び込みの声が四方から重なり合う。

 エイリはトリエの後ろについて歩きながら、周囲をぐるりと見回した。

 ショウ区画は巨大な闘技場を中心に発展しており、毎日徒手による無差別級の試合が開催されている。

 年に一度の闘技大会はその中でも特別で、武器・魔法・反則一切なしだが、人間だけでなくモンスターとの対決や、レベル毎の対決が見られる絶好の機会だった。

 トリエが周囲の匂いを嗅ぎ分け、目を輝かせてエイリを振り返った。

「すっかりお祭りムードだなぁ。なんか買って帰るか!」

 エイリが即座に頷く。

「肉巻きパンが食べたい!」

 トリエは笑い声を上げ、屋台の列に割り込むように進んだ。

「おぉいいな! ベル様は……多分いないから二個ずつ買って食べながら帰るか!」

「そうだな!」

 トリエが肉巻きパンを屋台で注文する。

「肉巻きパン、四つ! 山盛り肉で頼むぜ!」

 屋台の親父が鉄板の上でジュワッと音を立てながら、でっかいトングでパンをひっくり返す。

「おうよ! 今日は気合い入ってるぜ、美人さんにはサービスで肉もう一枚おまけだ!」

「へい、ありがとよ!」

 トリエはドンと銅貨をカウンターに叩きつけ、受け取ったばかりの熱々のパンを片手にエイリに一つ放り投げる。

「ほら、エイリ! 熱いうちに食え!」

 エイリは慌てて受け止め、指先を「ひゃっ」と跳ねさせながら一口かじる。

 肉汁がジュワッと溢れ、口の周りが油でテカテカに。

「うわ……うまい! 親父、最高だな!」

 親父がニカッと笑って親指を立てる。

「まいどあり!」

 エイリはパンをかじりながら、足を止めて人ごみをぼんやり眺めていた。

 子供たちが木剣を手に「えいっ!」「やぁっ!」と叫びながら駆け回り、商人たちが喉を張り上げて果物を売りつけ合う喧騒の中。

「おい見たかあれ!」

「マジかよ……去年のよりデカくね?」

「匂いからしてヤバいぜ……絶対強ぇよ」

 その耳に、ガラガラという鈍い音が割り込んできた。

 祭りの流れを逆行するように、四人の屈強な男たちが巨大な木箱を担いで闘技場へと運んでいく。

 全長四メートルはありそうなその箱は、鉄の輪で補強され、隙間からかすかに獣の熱い息が漏れていた。

 箱の側面に刻まれた「特級危険指定」の赤い札が、陽光にギラリと光った。

 エイリは思わずパンを咥えたまま固まる。

 トリエが箱を真っ直ぐ睨みつけた。

「あれが今年のメインのモンスターだな」

「……ダンジョンから連れて来てるのか?」

「そうだ。毎年中位層辺りからな」

「街中を移動させるって……あぁでも冒険者が多いから大丈夫なのか」

「あぁそうかエイリはまだ知らないんだな。あれは箱の内側がダンジョンと同じ素材の結界でできていてな、モンスターを運べるようになってるんだ。モンスターは街中に出た瞬間に灰になって消えるから、あれ以外の方法で地上に出てくることはできない」

「闘技場では出られるのか?」

「あの箱も闘技場もエル様が考案した特注品でな。闘技場を模したダンジョンという形で成り立っているらしい。詳しいことは分からないが、アレを作るのにかなりの犠牲を払ったとベル様から聞いたことがある」

「そこまでして、人を殺し合う場所を作る必要があったのか……?」

 トリエは乱暴に頭を掻き、ため息を吐いた。

「世界書、ちゃんと読んだことないのか?」

「……世界書?」

「おいおい……三大試練の内の一つだぞ。この世界の理が書かれているんだよ。その中の一つにモンスターを捕獲するための箱を作れってあってな。その結果、あんなデカい箱モノが出来たって訳だ。まぁ本来はもっと小さいらしいんだがな、現在の技術ではあれぐらいが限界らしい。ちなみに闘技場も世界書に書かれてる」

「そうなのか……」

「まぁ今はそんなこと気にしてもしょうがねぇ。明日の準備だ、行くぞ」

 二人は商店街を巡り、工房に向かった。

 通りを抜け、露店の隙間を縫うように進み、果物屋の前で止まってリンゴを一つ転がし合って、笑い声を上げながら角を曲がる。

 工房の扉を押し開け、エイリが棚に並ぶ刃物を指差す。

「ここで何を買うんだ?」

 トリエが腰を曲げてエイリの顔を覗き込む。

「エイリ。ここにお前が第四層で貯めた金がそれなりにある。この金で一つだけ一番良い物を買う。お前だったら何に金を使う?」

 エイリが刃の光に目を細める。

「そりゃあ……剣……か?」

「はぁ……まだガキだな、お前は。盾を買うんだよ、盾を」

「盾って……攻撃喰らわなきゃよくないか?」

「散々喰らってた奴が何言ってんだよ」

 エイリが肩を落としてトリエの横に並ぶ。

 すると武器屋の店主ロプが声をかけてきた。

 ロプが棚を指差し、カウンターからエイリを睨みつけた。

「坊主よ、剣は無くても拳がありゃ戦える。じゃが盾は別だ。剣は折れりゃ終わりだが、盾は体を覆って時間を稼げる。レベルが低いうちは、攻めより守りが命綱だ。敵の爪や牙を弾き、反撃の隙を作れ。ワシが見てきた若造どもは、派手な武器に金を使い、肝心の命を失った。盾を持てば、明日の大会でも生き残れる確率が倍になるぞ」

 エイリはロプの顔をまじまじと見つめ、頷いた。

「そう……なんですね」

「買うのか! 買わんのか!」

「えっ、かっ買います!」

「素直な子じゃな」

 ロプは満足げに頷き、立派な髭をゆっくり撫で下ろす。

 トリエがドヤ顔で胸を張った。  

「なっ! 私が言った通りだろ?」  

「何が言った通りじゃ。ワシがお前に教えたんじゃバカもん」

 エイリが顔を上げ、トリエをじーっと睨み据える。

 トリエは慌てて手を振って誤魔化す。

「あはは。そうだったか?」

「坊主。この女の真似だけはせんでええからな。こいつは盾を買えっちゅうたのに、斧槍を買ってそのままダンジョンに潜るバカだからの。運よくレベル五まで上がれただけじゃ」

「まぁまぁロプ爺、私の話はいいから! 今日はこいつの防具だ。受け売り通りだろ? 小柄だからよぉ、ロプのとこなら何か良いのないかってな」

「ふんっ。ここはお前のようなデカブツ用の店じゃぞ。……そんなもん……あるか」

 そういうとロプぶつぶつと奥に下がっていく。

 トリエは肩を竦め、エイリに苦笑を向ける。

「まぁ盾なら多少大きくてもエイリなら使えるだろ。手に入ったら、ダンジョンの一層で小鬼相手に試してみようぜ」

「おっす」

 エイリは頷き、カウンターに寄りかかって待つ。

 するとロプが奥から重い足音を響かせ、両手に銀色の装備を抱えて戻り、カウンターにドンと置く。

「ほら、坊主もってけ」

 エイリが慌てて手を振り、財布を握りしめて後ずさる。

「えっ、いや盾の分しか金は」

「ふん。在庫処分じゃ。こんなちっこい装備なんぞ誰も買わずに埃を被っとったからの。使われて壊される方が本望じゃて」

「爺さん……じゃあ私の斧槍もついでに研いで……」

「あー気が変わりそうじゃの」

「冗談だ! 冗談! ほらっエイリ! 付けてみろよ!」

 トリエがエイリの背中を押して装備の前に立たせる。

 エイリは頰を緩め、鎧の紐を弄び始める。

 エイリはトリエに手伝って貰いながら初めての金属鎧、そして盾を装備してみた。

 トリエが後ろから紐を引っ張り、鎧の肩当てを叩いて位置を直す。

 盾を左腕に嵌め、軽く持ち上げてバランスを取る。

 エイリが鎧の重みを確かめるように腕を回す。

「すごい……金属なのに軽い」

「似合ってるじゃないか!」

 トリエが一歩下がり、手を叩いてエイリの全身を眺め、親指を立てる。

 エイリは照れくさそうに頭をかき、盾を構えて鏡代わりの刃物に映る自分を見る。

 エイリは盾をぶんぶんと振る。

 空気を切り裂く音を立て、素早く左右に振って、足を踏み込んで仮想の敵を払う仕草をする。

 トリエが横で拍手し、ロプが腕を組んで見守る。

 ロプが盾の縁を指で叩き、淡い光が走るのを示す。

「金属じゃが魔力に反応して軽くなる。ダンジョン素材が入っとるからの、多少の傷なら自動で修復されるわい。それと盾は腰に装着できる」

 エイリは感嘆の息を漏らし、すぐに盾を腰のベルトに引っ掛け、抜き差しを繰り返す。

 ベルトの留め具がカチッと鳴り、盾がぴたりと収まる。

 エイリは素早く拳を繰り出し、鎧の袖が擦れる音を聞きながら、ステップを踏んで体を動かす。

「すごい! これは凄いよロプ!」

 エイリがロプの腕を掴み、ブンブン揺さぶる。

 ロプは照れ隠しに咳払いし、背を向ける。

 ロプが手を振り、ぶっきらぼうに背を向け、再び奥へ引っ込む前に、振り返った。

「そうか、まぁ気に入ったんならいい。それもダンジョン素材が使われておる。サイズは自動で多少合うようになっておるから、微調整もいらんじゃろ。死ぬなよ坊主」

「おっす!」

 エイリが拳を額に当て、元気よく応じる。

 トリエがエイリの肩を抱き、工房の扉を指差す。

「エイリ。慣らしでそのまま外走ってこい。支払いを済ませておく」

 エイリは扉を勢いよく押し開け、通りへ飛び出し、すぐに小走りで人ごみを掻き分ける。

 鎧の軽やかな音が背後に響く。

 トリエがカウンターに肘をつき、声を潜めた。

「ロプ爺……あれってよ」

「ふん。在庫処分じゃよ……長らく捨てられんかったがの」

 ロプが手を止め、棚の奥をぼんやり見つめ、指でカウンターを叩く。

 トリエが言葉を選ぶ。

「じゃあやっぱり……あんたの息子の……」

「何も言わんでくれ」

 トリエが小さく頷き、代金を数え直す。

「ありがとな爺さん」

「若い芽だ。潰さんでくれよ」

 ロプの声が奥低く響き、トリエは拳を握って応じるように頷く。

 トリエは黙って多めに金貨を置き、扉を静かに閉めて外へ踏み出す。

 通りで待つエイリの姿を探す。

 エイリは商店街の端で体を反らし、大きく手を振り、足音を弾ませてトリエに近づく。

 ずいぶんと体になじんでいるらしく、足取りも軽そうだった。

 トリエが並んで歩き出し、エイリのステップに合わせて腕を振り、二人で大会の明日を想像しながら、街を進んだ。


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