6
「ありがとうございました」
食事が終わると、仲居さんが伝票を持ってきた。
ちらっと見えた数字に仰天した私は、慌ててリーダーにお金を差し出す。
「待ってください
自分の分は、自分で払います」
「いいよ。
オレのおごり。
誘ったのもオレだし」
リーダーは、そう言いながら慣れた感じでさっさと支払いを済ませてしまった。
あんなに高かったのに!
「ええっ……!
本当に、い、いいんですか?」
さすがにあの金額をさらっと「おごる」と言われて、あっさり引き下がれるほど私は図々しくない。
おずおずと問いかける私に、彼はきっぱりと答えた。
「いいって。
早くしまえよ、それ」
「……はい。
ありがとうございます。
ごちそうさまでした」
それ以上強くは言えず、仕方なく財布をバッグにしまいながらお礼を言うと、リーダーが答える。
「こちらこそ。
つき合ってくれて、ありがとな」
そう言って笑う顔に、またまた胸がキュンとしてしまった。
リーダーってきっと、すごくモテるんだろうな。
見た目だけじゃなく、実は人間的にも素敵な人なのかも。
リーダーを見る目が少しだけ変わった。
本当に、ほんの少しだけ。
「お先に失礼します!」
終業時間となり、バタバタと仕事を切り上げると、私はコートとバッグを抱えて、大慌てでオフィスをあとにした。
「そんなに急いで、何かあったのか?」
エレベーターに向かう途中の廊下で会ったリーダーに、声をかけられる。
私は抑えきれない笑顔を彼に向けながら答えた。
「さっき、彼からメールが来たんです!
それで、今から会うことになって……」
「本当か?
よかったな。
じゃあ、気をつけて帰れよ」
「はい!
それじゃ、失礼します」
お昼にリーダーに話をしたおかげで、前向きな気持ちになれたみたい。
光太のことは信じていたけど、まったく連絡がとれなかったから、正直不安だった。
でも、きっともう大丈夫だ。
このあいだのことだって、ちゃんと説明してくれるはず。
私は、自分にそう言い聞かせた。
夜になると、外はますます寒くなっていて、思わず肩をすくめる。
私は会社の最寄り駅の前で、光太の車を待った。
それにしても、なんで今日は外で待ち合わせなんだろう。
あんなことがあったから、家に呼ぶのはやっぱり気が引けるのかな。
十分ほど経って、光太の車がやってきた。
黒のスポーツカーは、彼のお気に入り。
でも結婚を機に、ファミリーカーに買い替えるって言ってくれているんだよね。
この車には、もう乗れなくなるんだなぁなんて思いながら、いつものように助手席のドアを開ける。
「光太。
一週間ぶりだね」
あの夜の記憶がまた蘇って、一瞬気持ちが暗くなる。
でも、光太のほうから連絡をくれた喜びのほうが今は大きい。
「ああ、そうだな」
嬉しさを抑える私とは違って、光太は少し顔色が悪い。
「家に行かないの?」
「う、うん。
ちょっと走ろう」
光太が車を走らせる。
街の中心部を抜け、十五分ほど経った頃には海が見えてきた。
夏には海水浴客で賑わうこの海岸沿い。
私たちも今年の夏に泳ぎに来たっけ。
海岸通りを過ぎ、車は走り続けた。
その間も、光太はまったく口を開かず、思い詰めた表情をしている。
しびれを切らした私は、沈黙を破った。
「光太このあいだのこと、説明してくれるでしょ?」
そう聞いても、返事はない。
もどかしさを感じながら、私もまた黙ってしまった。
さらにしばらく走ると、車は、光太がマフラーを貸してくれて、私たちが初めてのキスをした場所へと着いた。
ここは人気がなく、少し遠くに見える大きな橋のライトアップがロマンチックな、夜景の穴場だった。
あの頃から変わらない、懐かしい光景。
私たちにとっては特別に、思い出深い場所だ。
そこに着いたというのに、光太は車から降りない。
それどころかいきなり頭を下げてきた。
「梓、ごめん!」
やっぱり謝ってくれる気だったんだ。
幾分ホッとしながら、私は答える。
「いいよもう。
あれは、あのとき限りのことだったんでしょ?
わかってる。
大丈夫だよ。
私は気にしないから」
「そうじゃないんだ」
光太は、視線を地面に落としたままだ。
「そうじゃないって?」
彼の言うことが理解できず、私は聞き返す。
すると、光太はゆっくりと頭を上げながら、私の顔を見て、覚悟を決めたように言った。
「相手が妊娠したんだ」




