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私の彼は御曹司  作者: アルケミスト


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「いらっしゃいませ」


 連れてこられたのは、敷居の高そうな純和風の建物。


 引き戸を引いて店内に入ると、私なんかがいるのは場違いなような落ち着いた雰囲気に満ちていた。


 このお店って高級料亭なんじゃない!?


「ここ、ですか……?」


 圧倒されて、入ってすぐに立ち止まってしまった私。


「ああ。

 もしかして、和食嫌いだったか?」


「えっ、いえ!

 むしろ大好きです……けど……」


「どうぞ、こちらへ」


 愛想のいい仲居さんがやってきて、私たちを席まで案内してくれた。


 襖の閉まった部屋に挟まれた廊下を歩く。


 全席個室みたいだ。


 そして私たちが通された部屋は、店の一番奥にある、座敷席だった。


 そこから見えるのは、テレビでしか見たことのないような美しい日本庭園。


 竹林で囲まれた庭には小さな池があり、鯉が泳いでいる。


 鹿威しの音が、静まり返った空間に響いていた。


「ゆっくりできそうだろ?

 遠慮せず座れよ」


「は、はい。

 本当に……雰囲気のあるお店ですね」


 この状況が理解できず、私は目を回しそうになる。


 赴任したての上司と一緒に高級料亭で食事なんていろんな意味で、緊張感でいっぱい。


 それにしても、お昼からこんなお店で食事なんて、リーダーの感覚ってどうなっているんだろう。


 しばらくすると、料理が運ばれてきた。


 それも、どうやらプチ懐石……。


 こういうのって、きちんとした旅館でしか食べないものだと思っていた。


 驚きの連続で頭がうまく回らないけれど、気を取り直して私は聞く。


「ところでリーダーは、どうして私をお昼に誘ってくださったんですか?」


 すると彼は、クックッと笑ってから答えた。


「だってさすがに、あの状況で香川を置いてきぼりにはできないだろ?」


「あの状況って……給湯室でのことですか?」


「ああ。

 だって、零れたカップ麺を見てがっかりしてるんだから」


 改めてそんなふうに言われて、私は恥ずかしさで赤面してしまった。


「……私、子供っぽいですよね」


「うーん。

 子供っぽいというより、心配になったよ。

 ほうっておけないというか」


 ドキッとした。


 リーダーのその言葉は、つき合い始めの頃に光太に言われた台詞に重なったから。


 どうしてこの人が、同じことを言うの?


 鼓動が高まるのを感じて動揺していると、リーダーが促す。


「ほら、食べようぜ。

 ここ、わりと量が多いから、無理しなくていいからな」


「あ、ありがとうございますいただきます」


 先付けをひと口食べたとき、リーダーが話しかけてきた。


「そういえば、さっき聞かれたことなんだけど」


「さっき?」


「どこの部署から来たかって話だよ」


「あ、ああ……すみません。

 ぶしつけな質問でしたよね」


 まだ覚えていたんだ。


 聞いたこっちは、すっかり忘れていたけど。


「オレ、総務にいたんだよ。

 人事も兼ねて」


「総務そうだったんですか」


 ということは、事務の仕事?


 てっきり、ヤリ手の営業マンかと思っていたけど。


「聞いてなかった?」


「はい。

 リーダーの情報は、まったく入ってきませんでしたから。

 異動の話も、二日前に聞いたくらいですし」


 私がそう言うと、リーダーは口の端を上げてニヤッと笑ったけど、それに意味があるのかどうか、私はとくに気にもとめなかった。


「それにしても、リーダーってすごいですね。

 二十七歳で支店長より役職が上なんて」


「まあ、結果を出さなきゃ、すごくはないんだけどな」


「は、はぁ……」


 やっぱり、基本はそこなのね。


 これが私じゃなくてちーちゃんなら、もっと話が膨らんだと思うけれど、あいにく私は仕事の話は好きじゃなくて、それ以上、会話が続かなかった。


 そんな場の雰囲気を変えるかのように、リーダーが口を開く。


「それより、香川は結婚してるのか?」


「えっ?

 なんで」


 疑問に思った瞬間、婚約指輪をはめていたことを思い出し、私はためらいがちに答える


「……近々、する予定です。

 一応」


「一応?」


「実は……彼氏に浮気されちゃって」


 今日初めて会った人に、言うようなことじゃない。


 ただ、このときの私は、誰かに話を聞いてもらうことで、自分を安心させたかった。


 目の前のリーダーは、第一印象よりずっととっつきやすく感じたし、気が緩んだのかもしれない。


「浮気?

 おい、大丈夫なのか?」


「ええ……相手は、私も何度か会ったことのある、彼の会社の後輩なんです。

 でもそれは、もう解決すると思います」


 そういいながら、あの日に聞いた甘い声とショックな光景が頭の中に蘇る。


 胸が締め付けられられそうだど、私は自分の頭の中から、無理やりその光景を追い出そうとした。


 ダメ!


 忘れなきゃ。


「じゃあ、『一応』なんて言うなよ。

 びっくりするだろ」


「アハハ、そうですよね……ただ、ちょっと不安になったのも事実で……」


「不安?

 これからのふたりの関係がってことか?」


「はい。

 今までは、幸せな未来しか思い描いてこなかったのに、浮気を知ってからは、それができなくて……」


 この不安は、光太でないと消せない。


 だから、早く会いたいのに。


 そんな感情を、私はつい、思いっきり顔に出してしまう。


 すると、リーダーは穏やかに言った。


「そうか……。

 確かにそんなことがあったなら、そう思いたくもなるよな。

 だけど、大丈夫だ。

 必ず幸せになれると思っていれば」


 私は思わず、真剣な顔でリーダーの目を見据える。


 その言葉は、今の私には本当にありがたかった。


「そう、ですよね?

 いいほうに考えていれば、その通りになりますよね?」


「ああ、なるよ。

 絶対」


 こんなふうに力強く言われたら、本当にその通りになる気がする。


 思いがけないランチが、私にはいい気分転換になった。


「あ、もしかして、結婚したら仕事は辞めるのか?」


「えっ!?

 そ、それは……」


 そうです!


 なんて、このタイミングで面と向かっては言いにくい。


 返事に困っていると、リーダーのほうから口を開いた。


「簡単に、辞めるなんて言うなよ?」


「え?」


「お前だって、うちの支店の大事な戦力なんだから」


 そう言ってにっこりと笑ったリーダーに、私は「はい」と言ってしまった。


 それは、思いのほか優しいリーダーの笑顔に、胸がキュンとしてしまったから……。


 それに、こんな私でも頼りにしてもらっていると思うと嬉しかった。


 でも、それも今だけだから。


 独身の間だけ。


 結婚したら退職するっていう気持ちは、やっぱり変わらない。


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