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結局、私は光太の家へやってきた。
以前に住んでいたところと同じような雰囲気の、年季が入った二階建てのアパートだ。
二階中央の部屋に案内され、思わず立ち止まる。
本当に入っていいのかな……。
二の足を踏んでいると、光太はゆっくりと私を誘導した。
「おいで」
「う、うん……」
そのまま手を引かれ、部屋へと入る。
「ベッド、変わったろ?
まだ新しくて綺麗だから、今夜は梓が使えよ」
その言葉に光太のほうを振り返ると、彼はぎこちなく笑いながら床に座った。
「あ、ありがとう……」
感謝しつつ、ゆっくりとベッドに腰を下ろす。
「……そのベッドで、オレは誰も抱いてないから」
呟くように言って、光太は押し入れから予備の布団を出し、床に敷いた。
「風呂、先に使っていいよ。
さっぱりしたいだろ?」
光太の気遣いの言葉に、私は笑顔で返事をする。
「ありがとう。
じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」
あたたかいシャワーを浴びて、心が徐々にほぐれていくのを感じる。
その後しばらくして光太もお風呂からあがり、人心地ついた私たちは、それぞれベッドと布団に潜り込んだ。
「電気消すぞ、梓」
「うん……本当にありがとう、光太」
暗くなった部屋の中で改めて思う。
今夜、光太に会えてよかった。
「もし去年、オレたちが結婚してたら、こうやってふたりでいるのが、当たり前だったんだよな」
ふと呟かれて、ドキッとする。
「うん。
そうだよね」
そうよ。
予定通りに結婚していたら、一緒にいるのは当たり前だったんだ。
こうやってふたりでいると、その光景を想像してしまう。
「今さら謝ったって遅いけど、ずっと後悔してた。
梓を傷つけたこと」
光太はこちらに背を向けているから表情は見えないけれど、真剣な気持ちは口調で伝わってくる。
「うん。
私もショックだった。
だって、光太を本気で好きだったから」
それが本当の気持ち。
でもその傷は、修弥が癒してくれたんだ。
そして今、修弥を忘れるために、私はまた、光太のそばにいる。
一番いいかげんなのは、私だ。
「梓、オレを利用してくれていいから」
「え?」
私に背を向けて寝たまま、光太は言った。
「それがオレなりの、梓につらい思いをさせたことへの罪滅ぼしだから」
「……ありがと」
「今度こそ寝よう。
おやすみ、梓」
「うん。
おやすみ」
こんなに光太の優しさに甘えながら……それでも私は、修弥に会いたいと思ってしまっていた。
本当、私って最低な女だ。
スズメの声が聞こえる?
おかしいな。
スズメが飛んでこられる高さじゃないのに……。
「梓、おはよ」
「あ、おはよ。
光太……」
ああ、そうだ。
ここは、光太の家だった……。
私はゆっくり起き上がり、ベッドから下りる。
「朝飯、用意しといたから」
「光太が作ったの?
すごい!」
私は、少し気恥ずかしくてそらしていた視線を光太に向けた。
「ハハ……梓、不器用だし、この程度の料理すらできなかったもんな。
じゃあオレ、仕事早いから先に行くな?」
「うん。
ありがと……美味しそう」
テーブルには、目玉焼きにハム。
そして生野菜のサラダが置かれている。
シンプルな白い食器に、綺麗に盛りつけられていた。
「あっ、そうだ梓。
今夜は早く帰れそうだから」
「本当?
じゃあ、私も仕事、できるだけ早く切り上げるね」
手を軽く振って出て行く光太を見送りながら、ため息が出てしまう。
自然に会話ができることは嬉しいけど、昔のような気持ちにはなれない。
大丈夫だよね?
光太は私があんなに好きな人だったんだから。
また、元の私たちに戻れるよね?
光太が用意してくれた朝食を食べていたら、切なくなってきた。
この優しさに、私は本当に応えられるのかなって。




