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あてもなく歩いていたつもりで、無意識に光太の家の方向へ向かっていたらしい。
仕事帰りの光太に、またもやばったり出くわしてしまった。
「光太!?」
驚いて、私は弾かれたように彼の名前を呼んでいた。
「梓!?
どうしたんだよ、その荷物」
私の肩にかかった大きなスポーツバッグに、光太は目を丸くして いる。
「実はね……」
まさか、またこんなタイミングで会うなんて。
やっぱり私たち、何かの縁があるのかな。
私は光太にすべてを説明した。
涙はいつの間にか止まっていたけど、話していると切なさが込み上げてくる。
「そっか。
……梓らしいな。
そんなふうに考えるのは」
「えっ?
そう思う?」
「ああ。
何年、一緒にいたと思ってるんだよ」
小さく笑う光太は、昔と変わらない。
そして、私の気持ちを受け止めてくれるところも。
「なあ、梓。
オレの家に来ないか?」
「光太の?」
「うん。
行くとこないんだろ?
一緒に帰ろう」
一緒に帰る……。
それは一年前、私が強く望んでいたことだ。
「……やっぱり、イヤか?」
返事をせずに目を伏せていると、光太が私の顔を覗き込んできた。
イヤなんてことはない。
だって、ずっと好きだった人だから。
結婚したかったくらいに。
だけどここで頷いたら、ただ光太を利用しているだけになってしまう。
修弥を忘れるために、昔の彼女という立場に甘えているだけに。
でも、今の私には、このままひとりになる勇気もなかった。
「ううん。
イヤじゃない。
私、光太の家に行く」
そう言って見上げた瞬間、光太の唇が、私の唇に重なった。
唐突なキスにただ驚き、目を閉じられずにいる私から、光太はそっと唇を離す。
「ごめん。
つらそうな梓を見てたら、つい……」
「私、そういうつもりじゃなかったんだけど」
軽々しく、家へ行くなんて言わなければよかったかもしれない。
結局いつも、自分の甘えで大切な人、大切だった人を振り回している気がする。
「本当にごめん。
過去のことも含めて、許してほしいとは言わない。
だけど、このあいだ言ったように、もう一回チャンスが欲しいんだ」
気まずそうに言った光太が、また少し強引に私の唇を求める。
反射的に身体を押し返そうとするも、体格の良い光太を引き離すことができなかった。
どうしたらいいんだろ……困っていると、光太の背中越しに修弥の姿が見えた。
息を切らして、呆然とこっちを見ている。
もしかして、追いかけてきてくれたの?
私は自分の状況も忘れて、修弥から目が離せなかった。
「梓?」
固まる私の様子に気がついた光太は、ゆっくりと振り返った。
「あれ、修弥さんだろ?」
目に入った光景に、光太は少し狼狽えている。
「……お願い、光太。
私を、抱き締めて」
「え?」
当惑する光太に、私は強い口調で言った。
「お願い!」
「わ、わかった」
私の剣幕に圧倒された光太が、慌てて私を抱き締める。
その腕の中で、私は涙を堪えた。
ごめんね、修弥。
私のことを最低な女だと思って嫌いになって。
ひどいヤツだったって、そう思って。
そして、私を忘れて。
しばらくして、光太から身を離したときには、修弥の姿はどこにもなかった。




