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そうして修弥が出ていってから、一週間。
一週間も音沙汰なしって、おかしくない……?
会社にいても、相手は社長。
気軽に会いには行けないし、もちろん顔も見られない。
その上、電話にも出てくれないし、メールを送っても返信もない。
さすがに、イライラしてしまう。
こういうときの私は、ちーちゃん並みに、キーボードを打つ手が速い。
……まあ、ミスタッチだらけなんだけどね。
「ねえ、最近、社長室に出入りする人が多くない?」
向かいの席から、そんな会話が聞こえてきた。
「よね?
秘書の子から聞いたけど、この前は某有名メーカーの社長が来てたらしいわよ」
「へぇー。
業務拡大するって言ってたもんね」
「どこかの誰かさんは、社長から聞いてるんじゃなぁい?」
嫌味っぽく、私に向けられる視線を感じる。
聞いているわけないじゃない!
そもそも、家にいないんだから。
でも、ちゃんと会社には来ているんだ。
今日まで、いったいどこで寝泊まりしているんだろう。
そう考えて、思い返してみると、最低限の生活用品が時々なくなっていた。
修弥は、日中に何度か家に戻ってきているらしい。
「いったい、どこにいるのよ……?」
ため息が漏れる。
せめて居場所くらい教えてくれたっていいのに。
同じ社内にいるんだし、いつまでもモヤモヤしているより、思い切って聞きに行ってスッキリしたほうがいいかもしれない。
そして昼休憩になり、私は社長室のフロアへやって来た。
隅の柱の陰から、社長室に視線を向ける。
ちょうど、身体が隠れるほどの柱があってよかった。
何せここは、社長室しかないフロアだから、私みたいな一介の女子社員なんかがいたら、かなり目立っちゃう。
「ここなら、大丈夫よね……」
もしかしたら、部屋から出てくるかもしれないし。
まあ、出てこないかもしれないけど……。
やっぱり、訪ねてみようかな?
いやいや、それは公私混同すぎるよね。
どうしよう
ここまで来たのに、あと一歩の勇気が出ない。
オロオロしていると、社長室のドアが開いて、修弥が出てきた。
やった!
と思ったのも束の間、彼は、社内では見かけたことがないオジサマと一緒だった。
誰なの?
雰囲気からして、オジサマは偉い人には間違いなさそう。
修弥が、かなり気を遣っている感じがする。
「いやいや、君がここまで男前とは知らなかった」
「とんでもないです」
修弥は愛想笑いを浮かべて、その人に先を譲った。
「うちの娘が、さぞ喜ぶだろうな。
……結婚の話、前向きに考えてくれよ?」
結婚!?
い、今、結婚って言った?
「……あの、そのことなのですか……」
愛想笑いから一転、修弥は真顔になり、背筋を伸ばして立ち止まった。
だけど、それを遮るように、そのオジサマは上機嫌に続ける。
「会長の了承は得てある。
企業の発展のために、この結婚を成功させようとね」
もしかして、もしかして、それって……。
あ然としている私に、修弥が気づき、驚いた顔をした。
あまりの衝撃的な話に、柱から身体を覗かせてしまっていた。
私はとっさにもう一度身を隠しながら、今見た光景のことを考える。
……この話って、いわゆる政略結婚ってやつよね。
会長の命令で、取引先のご令嬢か誰かと。
それなら、会長からのお許しも出たと。
私じゃ到底もらえない、結婚のお許しを。
なんだ、そういうことか。
政略結婚の話が出たから、修弥は私たちの家を出たんだ。
ものすごくショックなはずなのに、私の頭は妙に冷静だった。
そうよね。
他の女と同棲しているなんて、まずいわよね。
その人と修弥が結婚すれば、会社ももっと発展する。
それは、つねづね修弥が目標にしていることだ。
ふたりが話し込んでいる隙をつき、急いでエレベーターに乗り込む。
扉が閉まる間際、またあのオジサマの高笑いが聞こえた。
「いやいや、広世商事の社長と、松島商事社長のひとり娘の結婚。
これは話題になるぞ」




