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「寒ー!!」
あたたかい会社を出ると、外は頬に突き刺さるような冷たい風が吹いていた。
「じゃあ、梓。
お疲れさま。
早く彼から連絡が来るといいね」
そう言って手を振るちーちゃんに、小さく手を振り返しながら、私は言った。
「うん。
ありがと、ちーちゃん。
じゃあ、また明日ね」
ちーちゃんを見送ると、私は、今日何度目かわからないため息をついた。
「いったい、いつまで連絡が来ないんだろ……」
夜空を見上げても、星は見えない。
「光太、会いたいよ……」
冬の夜空は、光太とつき合い始めた頃を思い出させる。
今日みたいに寒い日、ふたりで夜景を見に行ったんだよね。
あの頃は、とにかく光太に可愛いと思ってもらいたくて、薄着でもはやりの服を着て行った。
くしゃみをした私を心配して、光太は自分のマフラーを私の首にかけてくれたっけ。
『本当に梓は、オレを心配させるようなことばかりするよな。
寒いだろ?
ちゃんとあったかい格好をしろよ』
って言いながら。
呆れながらも笑顔の光太は、私の手をそっと握ってくれた。
そして、『もっとあったかくしてやるよ』と言って、キスをしてくれたのだった。
私と光太の、初めてのキス……。
あの優しさを、嘘だなんて思いたくない。
過去のことになんてできない。
そう思いながら、私は歩きだした。
会いに行く勇気もないくせに、スマホだけは握り締めたままだ。
いつ光太から電話がかかってきても、すぐに出られるように、期待も込めて。
今日のこの空、光太も見ているのかな……?
同じ空の下で繋がっているのに、遠くに感じてしまった。
二日後。
今日は、とうとうリーダーが赴任する日だ。
噂によると、やっぱり相当厳しい人だとか。
「本社にいたって、うちの支店の様子くらいわかるだろうに、なんでわざわざ異動してくるんだろうね」
ちーちゃんは、訝しげにそう言っていた。
本社は、この支店から電車で十分の場所にあるのだ。
「よし、もうすぐいらっしゃるからな」
始業時間が迫り、営業に行く前の男性陣も含めて、社員全員が立ち上がる。
どれだけすごい人が来るっていうの?
そこまでする必要があるわけ?
心の中でボヤいていると、ちーちゃんもすっと席を立った。
それにつられて、私もゆっくり立ち上がる。
すると、私の左手を見たちーちゃんが、小声で話しかけてきた。
「ちょっと、梓。
指輪なんて、どうしたの?」
「婚約指輪。
つけてきたの」
「なんで?」
「リーダーにアピールよ。
もうすぐ結婚するから辞めますって」
私がそう言うとちーちゃんはため息をついて、前を向いた。
呆れられちゃったかな。
でも、これ以上忙しくなるのは困る。
スパルタ指導をしたいならかまわないけど、私はもうすぐ辞めるんだから、頭数に入れないでよね。
そんなことを考えていると、入口のドアが開いて、リーダーが入ってきた。
その瞬間、支店内が小さくざわついた。
女性社員は、私とちーちゃんだけなのに、男性社員が「すごいイケメンだぞ」「男前だなー」と口々に言うくらい、彼はカッコよかったのだ……。
「ちょっと、かなりのいい男じゃない?」
普段はクールなちーちゃんも、さすがに興奮気味だ。
「う、うん。
本当だね……」
百八十センチはありそうな長身に、はっきりとした目鼻立ち。
さらさらとした黒髪は、自然な感じでサイドに流している。
オーラは冷たいのに、ルックスはかなり甘くて色っぽく見えるのは、眉はキリッと上がっているけれど目元が優しいからだと、まじまじと見て思った。
上質そうなスーツがとても似合っていて、知的な雰囲気を漂わせている。
「高城リーダーだ」
「高城修弥です。
今日から、よろしく」
支店長が紹介するのを受けてそう言った少し低い声も、色気たっぷり。
ただ、愛想はなく、ぶっきらぼうな言い方で、私はあまりいい印象を持てなかった。
挨拶もそこそこに、「通常の業務に戻ってください」という高城リーダーの指示で、みんながそれぞれの席に戻る。
見た目はいいけど、無愛想で冷たい感じの人……私の彼に対する第一印象は、そんな程度だった。
隣のちーちゃんは、いつにもまして受発注処理が速い。
それに比べて、私はいつにもまして、仕事がはかどっていなかった。
こんなんじゃいけないと、心のどこかでは思っているのに。
集中できない私は、つい、ちーちゃんに話しかけてしまう。




