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支店の業績は、修弥が異動したあとも、順調に上位を維持している。
私はあのパーティー以降、気合いを入れ直して仕事に打ち込み始めた。
少しでも修弥に、会社に、貢献したいと思ったから。
そして半年が経った頃、私は支店長に呼び出されたのだった。
「え?
異動ですか!?」
「そうだよ。
江本のいる経営管理部だ。
よかったな、本社異動で」
朝っぱらから、支店長に呼び出されたと思ったら、異動の話だったなんて!
まるで信じられない。
それも、本社への異動なのだから。
「本社……」
ということは、修弥と同じビルで働けるんだ。
「香川、お前の努力は、ちゃんと評価されてるんだ。
異動で人も入れ替わる中で、ここまで頑張ってくれて本当にありがとう」
支店長にそう言われると、感慨深い。
まさか、私が仕事で評価されるなんて、思ってもみなかった。
「香川、頑張って社長夫人になれよ?」
ニヤッと笑う支店長に、思わず浮かびそうになった私の涙は引っ込んだ。
「は、はぁ……頑張ります」
もう、そういう言い方をするんだから。
私は、社長だから修弥を好きなわけじゃないんだってば。
「まあ、だけど……気をつけろよ?」
支店長は、今度は真顔になって言った。
「何をですか?」
「お前が社長の恋人だってこと、みんな知ってるからな。
妬みもあるだろうし」
「ああ、はい……」
もちろん、それは覚悟の上。
だけど、そんなことまで心配してくれるなんて、支店長はやっぱりいい人だな。
「支店長、お世話になりました。
これからも頑張ります」
妬みくらい、いくらでも受けて立つつもりだ。
また修弥と同じ場所で仕事ができるなんて、それだけでも嬉しいもの。
そして、本社赴任一日目。
けたたましく鳴り響く電話と対応する人たちの声で騒がしい。
デスクが十個の島に分かれている本社のオフィスは、せわしなく他のフロアを行き来する人や、真剣にパソコンと向き合う人。
それに書類の準備に追われる人たちなど、みんな忙しそうだ。
キーボードをたたくスピードは、みんなちーちゃん以上だし。
のんびりした支店とは違い殺気立つ雰囲気に、私は完全に圧倒されていた。
「梓!」
異動の挨拶を終え、呆然としている私のもとへ、ちーちゃんがやってきた。
よかった。
ちーちゃんと同じフロアなのが、せめてもの救いよ。
「ちーちゃん!」
「よかったね、本社異動で」
すっかり本社OLのちーちゃんは、かなり大人っぽくなっている。
一緒に仕事をしていた頃が、遠い昔のようだ。
「う、うん。
けど私、やっていけるかな?」
さっきの挨拶でも、部長を始め、みんなけだるそうな上に、すごく無愛想だった。
確かに、私は同期のちーちゃんに比べたら、相当頼りない。
だけど、あの態度はないよねって感じだった。
不安をわかりやすく顔に出す私に、ちーちゃんは力強く言う。
「大丈夫よ。
負けちゃダメ」
「え?
う、うん……」
どういうこと?
ちーちゃんの言葉が気になりつつも、早々に新しいデスクへ行く。
私語も目立つ雰囲気だし、時間に遅れるなんてありえない。
「あの、よろしくお願いします」
同じ島の人たちに軽く挨拶をするも、みんな目もくれずにパソコンと向き合っている。
あっ、そう。
別にいいけど。
ムカつきながらもイスに座り、パソコンに向かったときだった。
「いいわよね。
社長の鶴のひと声で、本社異動なんでしょ?」
どこからともなく、そんな言葉を投げられた。
「え?」
顔を上げると、斜め前の女の人が、パソコンから視線は動かさずに言っている。
美人だけど、冷たそうな人。
少し年上かな?
「そうそう。
実績もないのに、たった二年でここだもんね」
すると、話に乗るように、向かい側の人も言った。
「こっちのテンションは下がるわよね。
恋人だからって理由だけで、そばに置いておくなんて」
ちーちゃんの言った意味がわかった。
なるほどね。
やっぱり私は、歓迎されていないんだ。
唇をぎゅっと噛み締めたとき。
「社長よ!」
誰かの言葉に、フロア全体がざわつき始めた。
えっ!?
修弥!?
なんてタイミングが悪いんだろう……。
みんなが立ち上がったのにつられて、私も立ち上がる。
「視察にでも来たわけ?」
「えー?
超緊張する」
そんな会話の中で、私の斜め後ろからは、嫌味が聞こえてきた。
「どうせ、恋人の様子が気になって来たんでしょ?」
その言葉、堂々と社長の前で言ったら!!
次はそう言ってやろうかな。
そんなことを思っていると、修弥がやってきた。
一年前、社長の息子とは知らず、一緒に仕事をしていたのが懐かしい。
あの頃とは、修弥のオーラもすっかり変わった。
今の彼には社長としての威厳がある。
「社長!
どうぞ、こちらへ」
部長ってば、すごく腰が低いじゃない。
私には、愛想なかったのに。
「今日は、みんなに知っておいてほしいことがあって来ました」
修弥は、フロア全体を見渡しながら、ゆっくりとそう言った。
知っておいてほしいこと?
まさか、私のこと!?
「この部署は、本社の中でも中枢部署です」
あ、やっぱり違うよね……。
それに、そんな浮ついた雰囲気はひとつもない。
表情を引き締めて、フロア全体に視線を動かしながら話す修弥。
社員たちも、じっと彼を見つめ、話に聞き入っている。
「会社もさらに業務を拡大していきます。
そのときは、ここが要になるので、みんなにはもう一度気を引き締めてもらいたい。
そう思って来ました」
その言葉に、みんなは大きく頷く。
すごい。
やっぱり修弥は社長なんだ。
若いのに、統率力も充分。
そのカッコよさに、改めてドキドキしていると、戻る間際の修弥と目が合った。
ほんの一瞬だったけど、私を見て微笑んでくれたよね?
絶対にうぬぼれじゃないと思う。
妬み嫌味に傷ついていた心が、ちょっとだけ、救われた気がした。




