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「皆様、本日は、高城修弥社長就任パーティーへご来場いただき、誠にありがとうございます」
アナウンサーばりの口調で司会進行を務めるのは、ちーちゃんだ。
「ちーちゃんの声、ここまで聞こえる」
「そうだな。
あいつ、ああいう仕事向いてるな」
……なんて、呑気なことを言っていていいのかな?
「ねえ、修弥。
控え室にいる場合じゃないんじゃない……?」
「大丈夫だよ、もうちょっとくらい。
久々だろ?
ふたりきりになれるのは」
「う、うん。
そうだけど」
そこまで言うと、私の口を塞ぐかのように、修弥はキスをした。
修弥と同棲を始めて約一年。
同じ会社に勤めていても、彼は本社。
私は支店。
なかなか会う機会がない上に、修弥は海外出張やらなんやらで、家も留守がち。
こうやってふたりきりで甘い時間を過ごすのは、かなり久しぶりだったりするのだ。
「あーあ、このままパーティーは欠席したいな……」
「何を言ってるのよ!
主役がいなきゃ、意味いないでしょ?」
時々見せる子供っぽい一面。
四歳年上の修弥だけど、こういうとき、可愛いと思うんだよね。
修弥が私の身体を抱き寄せた瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。
「社長、お時間です」
ちーちゃんの声に、自然と私たちは離れる。
「仕方ない。
行くか……」
修弥は鏡の前でネクタイを直すと、ブツブツ言いながらゆっくりとドアを開ける。
ちーちゃんの凛々しいスーツ姿が見えた。
「急いでくださいね」
「わかった」
足早に舞台の袖口へと消える彼を見送りながら、ちーちゃんが呆れたように言う。
「社長、よっぽど梓と一緒にいたいのね」
苦笑いのちーちゃんに、私は顔が赤くなる。
「ど、どうかな?
わかんないけど」
そう言って、私は恥ずかしさを誤魔化してみたけれど、『そうに決まっている』と心の中で自惚れてみた。
今日は、修弥の社長就任パーティーだ。
ホテルのホールを借り切って、ステージまでしつらえた本格的なもの。
二十八歳という若さで大企業の社長になった修弥は、業界でも相当話題になっているみたい。
甘いルックスのイケメンで、頭もキレる。
女性なら、いや、誰もが憧れる人、なんて、どこかの経済誌に書かれていたっけ。
そんな人と、一年近くも一緒に暮らしているんだから……未だに、自分で自分が信じられない。
だけど、なんでこんなに早く、社長に就任したんだろう?
そんな事情までは、いくら恋人の私でも教えてもらっていない。
「じゃあ、梓。
私もそろそろ行くね」
「あっ、うん。
頑張って!
みんなに紛れて応援してるからね!」
舞台のほうに走っていくちーちゃんの後ろ姿を見つめていると、なんだか情けなくなってくる。
仕事ひと筋のちーちゃんは、大抜擢の人事で、三ヵ月前から本社勤務になった。
経営管理部に配属になり、社長以外の役員の秘書も兼務している。
重要なパーティーなんかにも出席しているし、修弥の外出にも何度か同行しているんだよね。
それに比べて私はというと、ずっと支店勤務のままで、とりたてて大きな仕事も任されていない。
「はぁ……。
私、いいのかな。
このままで」
たくさんの取引先関係者や社内の人たちであふれかえる会場で、私は舞台に立つ修弥をぼんやりと眺めていた。
濃紺のスーツをビシッと着こなした姿に、女性軍からはため息が出ている。
そして、修弥の隣には会長に就任した前社長、修弥のお父さんが立っていた。
一年前、つき合っていることを報告して以来、あのまま一度も会っていないのよね。
そういえば、お母さんには会ったこともないし……私、本当に修弥の彼女なのかな?
不安が胸に広がる。
今だって、こんなに大勢の人たちの中にいると、まるで目立たない。
きっと修弥も、あの場所からじゃ、私は見えない。
彼が難しい言葉を並べた挨拶を述べて、会場内ではすぐに乾杯が始まった。
それにしても、豪華な立食パーティーよね。
いつか一緒に行った異業種交流会より立派だわ……。
ワイングラスを片手にウロウロしていると、ひとりの男の人が声をかけてきた。
「香川梓様ですね?」
「え?
は、はい」
サングラスに黒スーツを身にまとって、耳にはイヤホンをつけている。
この人、もしかして、SPってやつ!?
いったい誰の!?
私の全身に緊張が走る。
「実は、会長からご伝言がありまして」
「会長から?」
「はい。
今日のこの場では、くれぐれも会長にお声をかけないようにと」
言葉を失っている私にかまわず、彼が続ける。
「それから、皆様の前では、社長にもお声をかけないでくださいとのことです」
それだけ言うと、そのSPは、さっさと立ち去った。
な、何よ、それ……。
会長が、私たちの関係に反対しているつてことくらいわかっている。
私のことが世間に知られないように、マスコミも力で抑えているみたいだし。
だけど、こんなにあからさまに拒否されるなんて!
「泣くな、私。
わかったわよ。
帰るわよ」
お呼びじゃないってことでしょ?
込み上げてくる悔し涙を堪えて、私はグラスをテーブルに置いた。




