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絨毯敷きの床を歩いて、エレベーターで向かった先は……夢の続きが見られそうなスイートルームだった。
ベッドルームには、キングサイズのベッドがあり、窓からは都会の街が一望できる。
部屋に入ってドアを閉めた瞬間、修弥は私をぎゅうっと抱き締めた。
だけど今の私は、ドキドキよりも不安な気持ちでいっぱいだ。
「……修弥が未来の社長だったなんて、知らなかったよ。
本当にびっくりした」
「ごめんな。
今まで話せなくて……」
「ううん。
謝ってほしいんじゃないの」
本当に驚いたけれど、修弥がどんな立場の人でも、私の好きな気持ちは変わらない。
ただ、不安なことがひとつだけある。
それは……。
「ねえ、修弥。
私たち……つき合っていていいの?」
未来の社長と、ただのOL。
その立場の差が、大きな壁に思えてくる。
いくら、修弥に未来の社長夫人のように紹介されたって、私は不安を拭うことができずにいた。
「何言ってんだ。
当たり前だろ、そんなの」
修弥は私の身体を少し離して、顔を覗き込んできた。
修弥も、私と同じくらい不安そうな顔をしている。
「だけど私たち、立場が違いすぎるよ……」
今は、修弥も私を好きだと思う。
でも職場が離れて、毎日顔を合わせなくなったら、いつか忘れられちゃうんじゃないかって、不安なの。
住んでいる世界が、あまりにも違う気がするから。
「立場は関係ないだろ?
オレは梓が好きだ。
ずっとそばにいてほしい」
「本当に?
信じていいの……?」
「梓、元彼とオレは違うよ」
私の目から涙が溢れる。
その涙を、修弥がキスで優しく拭う。
「……さっき、初めて梓の元彼を見て、メチャクチャ妬いた。
だからわざと、梓にオレの使ったグラスを渡したんだよ」
「そういうことだったんだ……ふふ」
光太のこと、気づいていたんだ。
ヤキモチを焼いて、あんなことをするなんて。
泣き笑いの顔で修弥を見上げると、彼は恥ずかしそうに笑みを浮かべている。
「梓が、結婚したいほど好きだった男だろ?
それに梓を抱いた男だ」
修弥はそう一言って、私をもう一度、強く抱き締めた。
「あいつのこと、全部、過去にさせるから。
だから、 オレを信じてくれ」
「うん……」
また涙を零してしまう私の唇に、修弥の優しい唇が触れる。
「泣くなよ。
梓に泣かれるのが、一番つらい。
オレは梓のことを、昨日よりも愛してるし……明日はきっと、今日よりも愛してる」
「うん……私だって、修弥を愛してる」
修弥のそばにいれば、光太のことはどんどん過去のことになっていく。
だってね、もう思い出せないの。
光太に抱かれていた自分が。
こうやって私を抱いてくれるたびに、修弥が光太のことを消し去ってくれるから。
温もりも、キスの仕方も、修弥のすべてが、私の心と身体に刻み込まれていくから。
「修弥。
ずっと、私と一緒にいて……」
「嫌だって言っても離さないって、前にも言ったろ?」
力強い修弥の腕の中で、私はゆっくりと目を閉じた。
きっと私が想像するより、修弥とつき合っていくのは大変なんだと思う。
私みたいな庶民が、修弥のような御曹司と一緒にいることを歓迎しない人たちだっているだろうから。
それでも……今は 、この想いを信じていたい。
お互いの気持ちを伝え合ったあと、私たちはいつものように、ベッドの上で体を重ねた。
いつもより熱く燃えた時間に、私は幸せを感じる。
身体の火照りが冷めた頃、私は修弥の身体にそっと腕を回しながら言った。
「ここのベッド、大きいね……」
「そうだな……でも、こうしていれば、広さなんて関係ない」
私たちは視線を交わし、ぎゅっと抱き締め合うと、何度目かわからないキスをした。
「……オレ、梓をひとり占めしたいな」
唇を話した修弥が唐突に言う。
それがちょっと子供っぽくて、私は小さく吹き出す。
「今でもひとり占めしてるじゃない」
すると、修弥はムッとした顔をしてみせた。
「気づかないうちに、誰かが狙ってたりするんだよ。
梓のことを」
なんの心配をしているんだか。
光太に会ったから、そんなことを言うのかな。
「それより、修弥のほうこそどうなの?
初めて家に行ったとき、修弥の家にあった化粧品……あれ、本当にもらい物なの?」
実は、ずっと気になっていたのよね。
ようやく聞けた。
なんて答えるんだろ。
ちょっと、ううん、かなりドキドキする。
「ああ、あれか……あれは、うちが新しく扱う予定の製品だよ」
「ええっ!?」
想定外の答えに、私は目を丸くする。
「化粧品部門の新製品でさ、試供品としてもらってたんだよ。
ちなみに、明日は新しいコスメラインの発売日だから」
「へ、へえ……」
知らなかった。
だって、化粧品の取引にはうちの支店は関わっていないし。
「『へえ』ってことは、お前、社内メールを見てないだろ?」
「えっ?」
「ちゃんと発信されてるんだよ。
製品のサイトに飛ぶリンクつきで」
そうだったんだ。
社内メールは毎日何十通も来るし、自分に直接関係ないと思ったから、見落としてしまっていた。
「これからは、しっかり目を通せよ?」
「……はい」
一瞬、上司と部下に戻っちゃった。
そう思ってがっくりしながらベッドの中で小さくなる私に、修弥は笑う。
「会社のこと、今後は少し意識してほしいんだ」
「は、はい」
すみません。
真面目に仕事します。
反省していると、修弥が私の目を見据えて言う。
「なあ、梓……未来の社長夫人。
本当に、考えてくれるか?」
「えっ!?」
思いがけない問いかけに、私は身体を起こす。
それに合わせて修弥も起き上がり、あらわになった私の肩にシーツをかけてくれる。
「身体が冷えるぞ」
ううん。
身体は熱いよ。
ドキドキして。
「プロポーズ前のプロポーズ」
修弥は、そう言いながら笑う。
……あまりに突然のことすぎて、現実感がないけれど。
「どんなつらいときも、大変なときも、必ずオレが守るから」
まっすぐ私の目を見つめ、いつも以上に真剣に、修弥は言った。
まるで結婚式で神父さんから言われる台詞みたいで、私は胸が熱くなる。
「修弥……」
戸惑いと嬉しさと、そして不安と。
どれもが本当の気持ちで、私はすぐに答えることができない。
そんな私に、修弥は返事を急かすことはしなかった。
ただ一生懸命に、気持ちを伝えてくれる。
「オレが梓の盾になる。
だから、考えてほしい」
これ以上、私はどんな言葉が欲しいんだろう。
「……ありがとう、修弥。
私ね、ここまで人から愛されているって、感じたことはなかった気がする」
照れくさくて、俯いたままの私の顔に、修弥はそっと両手で触れた。
「顔、上げて?」
「は、恥ずかしいの……」
どうしても顔を上げられない私に、修弥は優しく声をかける。
「ほら。
オレに梓を見せてよ。
梓の顔が見たい。
ずっと、梓を見ていたい」
その言葉に、目線だけ上げてみせた私に、修弥は苦笑する。
「それじゃあ、キスできないだろ?」
そして、ちょっと強引に私の顎を指先で持ち上げて、優しくキスをした。
「梓が好きだ。
だからずっとそばにいてほしい」
確かめるようにもう一度そう言うと、修弥は私を、痛いくらいに強く、強く抱き締めた……。




