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昼休憩になり、私とちーちゃんは外に出た。
「よし、梓。
今日はイタリアンにしよう」
「うん、賛成!」
意見が一致した私たちは、私が初めて修弥に連れていってもらったお店の前を通り過ぎて、イタリアンレストランに入る。
「そうそう、梓。
リーダーの噂、何か聞いてる?」
「えっ!?
噂って何!?」
席に着くなり、ちーちゃんがそんなことを言うから、動揺してしまった。
「うーん……なんていうか、謎めいた人って気がしない?」
「ああ、それは、私もちーちゃんと同じ意見」
確かに、まだ修弥には謎が多い。
若いのに役職についていることとか、ちーちゃんは知らないけど、すごいお金持ちらしいこととか。
ふたりで宙を見ながら考えていると、さっそく料理が運ばれてきた。
本日のオススメ、きのことクリームソースのパスタ。
ちーちゃんと小さな歓声をあげて、まずはひと口、口に入れてから、ちーちゃんが言葉を続けた。
「私ね、総務に友達がいるから聞いてみたんだけど、やっぱりみんな、あの人の正体を知らないのよ」
「そうなの?」
「うん。
そもそも、今までの配属先も謎だし」
ちーちゃんは、目を天井に向けて、何か考えている。
「だいたい、リーダーって何?
そんな役職、どこの支店にもないのよ?」
言われてみれば、リーダーってなんなんだろう?
最初に抱いた疑問を、すっかり忘れていた。
「しかも、支店長より上。
おかしいとしか言えなくない?」
そこまで真面目に、考えたことなかったからなぁ。
「それに、あのルックスと仕事ぶりなのに、恋人もいない」
「本当!?
本当に彼女とかいないの?」
思わず身を乗り出した私に、ちーちゃんは目をしばたたかせつつも答える。
「うん。
みたいよ?
浮いた話もまったくないみたい」
よかった。
実は、少し不安だったのよね。
本当に彼女いなかったんだ。
だけど……私にしてみれば役職のことより、そっちのほうが疑問。
修弥は立派な大人の男なんだし、今までにすごく好きになった人くらいいたよね?
つき合っていた人だって、たくさんいたんじゃないかって思っちゃう。
……なんて、気にしちゃダメか。
「ねえ、梓。
リーダーには気をつけよう!」
「えっ?
どういう意味?」
突然、何を言い出すのよ。
私が眉をひそめると、ちーちゃんが声のボリュームを落として言った。
「あくまでも、これは噂だけど……リーダーって、本社から監査に来てるんだって言われてるのよ」
「監査?」
だから、あんなに厳しいってこと?
よく理解できないまま、私はとりあえずランチを堪能したのだった。
ちーちゃんの言葉がどこか引っかかっていて、午後の仕事に集中できない。
総務部にいる彼女の友達が言うには、業績の悪い原因を追及して、その問題解決を図るのが目的だとか。
つまり、やる気のない社員は、リストラ候補としてあぶり出そうとしているってことらしい。
修弥はそのために異動してきたんじゃないかって。
だから、内勤の私たちも、気を抜いたらダメって言うんだけど。
そうかなぁ?
私には、そんなふうには見えない。
だいたい、初日に私に『仕事を辞めるな』って言ったくらいだし。
ジーッと修弥を見ていると、視線を感じられたのか目が合ってしまった。
いけない。
会社の中では、誤解されるような行為は慎まなきゃ。
慌てて目をそらし、私はパソコンに向き直る。
早く終業時間にならないかなぁ。
夜になれば、修弥とふたりきりになれるのに。
恋人同士になれば、ふたりの時間は、たくさんあると思っていたけど、そんな考えは甘いのだと、すぐに気づかされた。
修弥とつき合って半月あまり。
常に仕事に追われる彼とは、プライベートではふたりきりになれる時間もなければ、電話もメールもまったくない!
ない!
なーい!!
ただ、会社では毎日顔を合わせるから、それだけが救いだ。
ミーティングのときも、目の前にいる修弥の顔を、つい見てしまうくらい。
だけど彼は管理職だから、営業マンのミスのフォローなどに同行して会社に戻らない日もあるし、休日出社もたくさんあって、ゆっくりする時間なんてなかった。
「あーあ……」
「どうしたの?
梓ってば、ため息が深いよ?」
「ちょっとねぇ……」
秘密になんてしなくても、この恋は誰にもバレないって。
だって、すれ違ってばかりなんだもん。
仕事が一段落し、私たちは給湯室へ向かう。
手際よくコーヒーを入れたちーちゃんが、カップをひとつ私にくれた。
「ちーちゃんは、彼氏と時間帯とかが合わなくて、すれ違ったりしたら、どうする?」
熱いコーヒーに息を吹きかけながら、ちーちゃんを見た。
「何よ、急に。
まさか、新しい彼氏ができたの?」
飲もうとしたカップを口元から離して、ちーちゃんは目を丸くする。
「えっ!?
ち、違うよ。
光太とのことを、ちょっと反省してただけ」
我ながら、苦しい言い訳だ。
さらに誤魔化すように、私はコーヒーをひと口飲んだ。
「ふぅん。
まあ、私なら、おとなしくするかな?」
「おとなしく?
それって、連絡とかしないってこと?」
「うん。
仕事で忙しいんなら、わがまま言えないでしょ?
あっ、仕事じゃないなら、話は別だけどね」
そっかぁ……相手は思いっきり仕事だわ。
私、つき合い始めたばかりなのに、独占欲丸出しかも。
自分に呆れて、またため息が出る。
「難しいんだね。
恋愛って」
「どうしたのよ、梓。
気になる人がいるんでしょ?」
コーヒーを飲み干したちーちゃんは、カップを洗い始めた。
「うーん……」
ちーちゃんにも言えないなんて、罪悪感ともどかしさが募る。
だけど、 絶対に秘密だから仕方ない。
表情を曇らせていると、彼女は私の肩をポンと叩いた。
「ま、いいや。
また、言いたくなったら聞かせてね」
ちーちゃんはカップを洗い桶に置いて、私よりひと足早くオフィスに戻った。
私も急いで飲み干し、カップを洗いながら思いを巡らす。
ちーちゃんは大人。
いつも冷静で、場の空気も読んでくれる。
だからそのあとも、恋愛に関することは、一切、聞いてこなかった。
彼女の言う通り、仕事だからと割り切れたらいいのに。
そうわかっていても、心が追いつかない。
もっと修弥とふたりきりになれる時間が欲しいと思ってしまう。




