16
翌朝、興奮して眠れなかった私は、いつもよりも一時間早く会社へ来た。
まだ、支店にはリーダーしか来ておらず、私は戸惑いながらもいつもと同じように、
「おはようございます、リーダー」
と挨拶をした。
「梓」
「え?」
ふと名前を呼ばれて、思わず振り向く。
始業にはまだ早いので、支店内の掃除をすることにして、ちょうどリーダーの近くの机を整理していたときだった。
「仕事を離れたところでは、そう呼んでいいか?」
「……はい、もちろんです」
パソコンに向かって、難しい顔で……仕事をしているのかと思ったら、そんなことを考えていたなんて。
そう思うと、ニヤけてしまった。
「じゃあ、私は?
なんて呼んだらいいですか?」
「修弥。
そう呼んで」
修弥。
名前で呼ぶだけで、ずっとずっと、距離が縮まった感じがする。
「梓。
堂々と、ってわけにはいかないけど……ちゃんとつき合おう。
オレたち」
「うん!」
嬉しくて、私は修弥に抱きついてしまった。
夢みたい。
光太以外の人を好きになれたことも、その人とつき合えることも。
恋に理屈なんてない。
それが今、身にしみてわかる。
「私……失恋してよかった」
「本当か?」
「本当だよ。
今だからそう思えるの。
私ね、光太と結婚したかったのは、焦りがあったんだと思うの」
長くつき合っていた分、ちゃんとした形の幸せが欲しくなった。
「だからね、よかったんだと思う。
焦って結婚しなくて済んだから」
私がそう言うと、修弥は笑った。
「じゃあ、オレは、ここに赴任してよかった」
「そうだよ!
でなければ、私たち、出会えなかったんだもん」
あの日の人事に、改めて感謝する。
「……ただ、ごめんな。
会社のみんなには、すぐには言えない」
「ううん。
それはいいから」
わかっている。
それは、ちゃんとわかっているから。
私たちの会社は、表向きは社内恋愛を禁止していない。
だけど、実際に社内恋愛したカップルは、もれなくどちらかが異動になっている。
ましてや、私たちは直属の上司と部下。
修弥のこれからのためにも、みんなには知られちゃいけないんだ。
それに、同じ職場にいたいもん。
そのためなら、内緒にできる。
そうして、私たちの秘密の恋が始まってから、約半月が過ぎたある日。
「梓、今日はやけにはかどってるじゃない」
「え?
そうかな?
普通よ、普通」
と、言ってみたけれど自分でも仕事がスムーズに片付いていると思う。
さっきのクレームの電話も、我ながら見事に解決できたと思うもの。
やっぱり、心は晴れやか。
リーダー……じゃない、修弥と、恋人同士になれたのだから。
でもそれは秘密だから、社内ではこうして、普段通りに過ごさなきゃいけないんだ。
自分にそう言い聞かせる。
「あ、ねえ。
今日は、久しぶりに私とお昼行かない?」
珍しいちーちゃんからの誘いに、私は満面の笑顔で答えた。
「行く、行く!
ちーちゃんとランチ、久しぶりだよね」
最近の彼女は、お昼返上で仕事に打ち込んでいることが多かったもんね。
嬉しくて、ついテンションが上がって、声が大きくなってしまう。
すると、さっそく修弥に怒られてしまった。
「うるさいぞ、ふたりとも」
「すみませーん」
反省、反省。
たとえ恋人同士でも、仕事中の彼はあくまでもリーダー。
修弥は、厳しい上司なんだから。




