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コンビニから戻り、ふと支店が入っているビルを見上げる。
十五階建てビルには、うちも含め、いろいろな会社が入っている。
だけどどこの会社も他にもう誰もいないのか、明かりといえば、うちの支店のフロアからこぼれる照明だけ。
それに、この時間のビルの廊下は、非常灯しかついていない。
少しドキドキしながら、私はフロアへと向かった。
ビルに誰もいなくなるほど遅くまで仕事をしているんだ。
すごいな。
私にはとてもできない。
「リーダー!
少し、休憩されませんか?」
私は、わざと明るい感じでドアを開けた。
「香川!?
帰ったんじゃなかったのか?」
「いえリーダーが気になっちゃって」
私が戻ってきたことによほど驚いたのか、リーダーは立ち上がってこちらを見た。
「ご飯、一緒に食べませんか?
いろいろ買ってきたんですよ。
昨日のお礼ですから、遠慮なく召し上がってください」
「あ、ああ
ありがとう……でも、大丈夫なのか?
帰らなくて」
「大丈夫です」
私はコンビニの袋を空いているデスクに置くと、別のデスクからイスを引き寄せて座る。
リーダーも、私の隣に座った。
「じゃあ、少しだけ休むか」
リーダーはちょっと遠慮がちに袋を覗くと、お弁当を手に取った。
「うまそう。
これ、ご当地弁当ってやつか?
コンビニにも、こういうの売ってるんだな」
やっぱり、珍しがってくれた。
私はそれが嬉しくて、顔を綻ばせてしまう。
いつも高級なお店ばかりに行くみたいだから、こういう普通のお弁当を楽しんでくれるんじゃないかと思ったのだ。
「ええ。
私も食べたことがあるんですけど、すごくオススメです!
リーダーには美味しいお店へ連れて行ってもらいましたから、今夜は私が教えます」
そう言うと、リーダーは楽しそうに笑顔を見せた。
「ありがとう。
いただきます」
メインのお肉から口にしたリーダーは、ぱっと顔を明るくする。
「本当にうまいな、これ」
「でしょ?
よかった。
リーダーが気に入ってくれて」
ホッと安心して胸を撫で下ろすと、リーダーは柔らかい表情で私に言った。
「なんで、ここまでしてくれるんだ?
いくら一昨日のお礼って言われても、そんなに嬉しそうな顔をされると、どうしてなのかなって聞きたくなる」
「えっ?」
箸を止めたリーダーは、私の目をまっすぐ見つめた。
その表情は真剣そのもので、私は戸惑いを隠せないまま、少しずつ気持ちを言葉にする。
「……私、リーダーのことを知れば知るほど、もっと近くにいたいって思ってしまうんです」
光太を忘れきれていなくても、新しい感情は生まれてくるんだって知った。
きっとこれは、恋する気持ち。
久しぶりに感じる、恋が始まっていくドキドキ感だ。
「迷惑ですか?
私、リーダーと一緒にいられるだけで気持ちが明るくなるし、それに心配なんです。
忙しそうなリーダーのことが」
私がたどたどしくそう言った瞬間、リーダーは弾かれたように席を立ち、私を抱き締めた。
しばらく状況が把握できず、言葉を失っていたけれど……彼の甘い香り、身体の温もり、吐息すべてが、私の心を包み込んでいる。
自然と私も、彼の背中に腕を回す。
一瞬、リーダーが息を呑むのがわかった。
そして、次の瞬間。
「香川……好きだ」
突然の告白に、耳を疑った。
一気に鼓動が速くなる。
「リーダーが、私を好き?
信じられない」
夢でも見ているような気持ちで口にすると、彼は私を抱く腕の力を強めた。
「ほうっておけないんだよ。
危なっかしくて、健気で……傷ついても、明るくふるまおうとするところも」
表情は見えないけれど、その声はわずかに震えているように聞こえた。
「その純粋でまっすぐな心が眩しいんだ。
オレに心を開いてくれたお前を……この手で、守ってやりたいと思ってる」
彼の真摯な言葉に、私の目には涙が滲む。
失恋して孤独を感じていた私の心に、その告白は深く入ってきた。
「……私もです、リーダー。
子供っぽくて、自慢できることなんて全然ないけど、でもそんな私を励まして気遣ってくれて、受け止めてくれたリーダーに、私……恋、してます」
涙声の私が鼻をすすると、リーダーがそっと身体を離した。
「泣いてるのか?
どうして?」
心配そうに顔を覗き込む彼に、私は精一杯の笑顔を浮かべる。
「嬉しいからに、決まってるじゃないですか……私たち、お互い想い合っているんですよね?
同じ方向を向いているんですよね?」
確かめるように聞いた私に、リーダーは頷く。
そして、愛おしむように微笑むと、そっと私の頬に触れた。
両手で包み込むように、優しく。
もしかして……?
期待をしつつ、待っていても顔は近づいてこない。
躊躇しているのかな。
ここは会社だし、私たちは上司と部下。
でも……。
「キス、してくれないんですか……?」
問いかけるようにそう言うと、一瞬の間をおいて、リーダーが口を開いた。
「……どんなことがあっても、オレは香川を守るって決めたよ」
ゆっくりと彼の顔が近づいてきて、私の唇に重なった。
その言葉の真意がなんなのか、そんな無粋な質問は、今はやめよう。
誰もいない夜の会社には、私たちの吐息だけが響く。
離れられない唇に、少しずつ荒くなる息遣い。
数分後、我に返った私は、リーダーから慌てて離れた。
「すみません。
私、なんてことを」
自分からキスをせがむなんて。
また、自分の気持ちだけで突っ走っちゃっている。
「なんで、謝るんだ?
まさか、告白したこと?」
意地悪く言う彼に、私は顔を真っ赤にして首を横に振った。
「キスのことです。
私、自分からせがんじゃった……恥ずかしい」
「なんだ、そんなことか」
そう言って笑うリーダーは、私の頭を優しく撫でた。
「香川は、そのままでいいんだよ。
まあ、オレが危なっかしいと思うのは、そういうところでもあるんだけど」
「どういう意味ですか?」
「思ったことをすぐ口に出したり、行動したりするところ。
ただ、そういう香川だから、オレは惹かれたんだと思う。
裏表がなくて、素直で、純粋で……そこが、可愛いんだよ」
その言葉に、私は苦笑いしつつ、リーダーに身体を預ける。
私はただ抱き締めてもらいたかっただけなんだけど、リーダーはそっと、もう一度キスをしてくれた。
明日から、私とリーダーの新しい毎日が始まるのかと思うと、ドキドキと胸が高鳴る反面、緊張もしていた。
私たちは、恋人同士になったのだから。




