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メンズだけど、こんな高級ブランドのお店に入る機会はなかなかない。
興味深く見ていると、つい光太のことを思い出していた。
彼はカジュアル志向だから高級なものは嫌いそうだけど、これなら似合うかもなんて思ってしまっていた。
やっぱり私は、まだ光太を忘れきれていない。
リーダーと過ごす時間は、予想外に楽しく感じられたけど、何かというと光太の記憶が頭をよぎる。
そんなことを考えていると、試着室からリーダーが出てきていた。
「あっ、リーダー。
やっぱり、そっちのほうがよさそう」
駆け寄って鏡越しに話しかけると、リーダーの顔色が冴えないことに気づいた。
「どうかしました?」
「いや。
もしかして香川、彼のことを思い出してたのかなって思って」
リーダーの台詞に私は驚く。
どこでそんなふうに見えていたんだろう。
「どうして、そう思うんですか?」
問いかけると、彼は視線を店内に移した。
「じっと服を見て、思い詰めたような顔をしてたじゃないか。
ここは、男物しかないもんな……。
悪かった、早めに出よう」
足早に試着室に戻ろうとしたリーダーを、私は引き止めた。
「そんな、いいんです。
ありがとうございます。
でも、そんなに気を遣わないでください……リーダーだって、せっかくのお休みじゃないですか。
ゆっくりしましょうよ」
「こっちこそ、ありがとう。
だけど、今日香川を誘ったのは、少しでもお前の気分転換になればいいと思ったからだよ」
「私のため、ですか?」
思わぬリーダーの気持ちを聞かされて、私は戸惑う。
「ああ。
オレの誘いを受けてくれたってことは、少しは心に余裕ができ始めたのかなって思ったから。
でも、まだほんの少しだったな」
どう応えたらいいんだろう。
嬉しい気持ちと、リーダーの言う通り光太のことを想って切なくなる気持ちとで、私の心の中は複雑だ……。
それにしても、どうしてこんなに、私に気を遣ってくれるんだろう?
疑問に思った私は、リーダーの顔を見つめて言った。
「どうして、ここまでしてくださるんですか?」
「それは赴任した日にも言ったろ?
香川は、ほうっておけないって。
なんか、危なっかしいんだよ」
リーダーはそう言うと、試着室に入っていった。
どういうこと?
釈然としない私は、彼の優しさに甘えたくなるのをぐっと抑える。
少しでも長く彼と一緒にいたいと思う気持ちに、自分でも戸惑っている。
でも、もしかして、素直になってもいいのかな。
結局リーダーは、最初に見たスーツを買うことにしたらしい。
「香川のオススメだったからな」
また、いたずらっ子みたいに微笑むリーダーに、私も笑みを返す。
そして支払いはやっぱりゴールドカード。
ちょっと予想がついたとはいえ、自分との生活レベルの違いに、私は開いた口が塞がらなかった。
「ありがとな。
つき合ってくれて」
「いいえ。
私も楽しかったですから。
それに……リーダーのおっしゃる通り、少しは心に余裕ができたし。
でもやっぱり、光太を思い出すこともあって。
そういう気持ちを、気遣ってくださっていたことが嬉しかったです。
お礼を言うのは、私のほうです」
車を走らせながら、リーダーが笑顔で私を見た。
運転も上手なんだよね。
なんでも器用にこなせる人なんだ。
すごいな……。
「どこかで昼飯でも食うか?」
「あっ、ぜひ!」
よかった。
まだ一緒にいていいんだ。
もし、リーダーから言ってもらえなかったら、私から言っていたかもしれない。
光太と別れて以来、こんなふうに思うことなんてなかった。
すると、呟くようにリーダーが言ったのだった。
「なんだか、もっと一緒にいたいよな……」
リーダーのその言葉に、私はドキッとした。
同じことを思っていたってこと?
本当は『なぜ?』と聞き返したかった。
でも、私はそれができなかった。
お昼は、私の好きなイタリアンの、またもや高級なお店に連れていってくれた。
やっぱり彼は、すごいお金持ちらしい。
気にはなるけど今はそんなことはどうでもいい。
本当は優しいってわかったことが大事だ。
会話をしていても、会社の話や、説教じみたことはひと言も言わなくて、素顔のリーダーは、一緒にいてホッとする。
だけど、また月曜からは、うるさい上司に戻るんだろうな……。
「それじゃ、今日はありがとうございました。
それに、いろいろとご迷惑をおかけして……すみませんでした」
ゆうべのことは、思い出すだけで顔から火が出そう。
自宅のアパートの前で私を降ろすと、リーダーは運転席から顔を出す。
「いいよ。
お前、結構可愛かったし」
冗談半分だからなのか、彼はニヤッと笑ってそう言った。
「やめてください!
恥ずかしいんですから……」
実は今でも、リーダーに抱きついたときの感触が腕に残っているんだ。
「じゃあ、また月曜にな」
「はい。
おやすみなさい」
その夜、私は情けなくも、リーダーの夢を見てしまった。
また、彼とデートをしている夢を。
目を覚ましたとき、私って本当に気が多い女だな、と苦笑いしてしまったけど。




