第一章-25. 対話の始まり
アリサは膝をついたまま、息を整え、ゆっくりと口を開いた。
「……あなたを、ずっと見ていたわ」
余計な飾りも、誇張もなかった。ただ、静かに、ありのままを語る。特異な行動をとる、レムナの背に惹かれたこと。
最初は、ただの好奇心だったということ。
だが、見ているうちに、その歩き方、戦い方、生き方――
すべてが、他の誰とも違って見えたということ。それは、上位者でも貴族でもない、“自身”の本音だった。
「あなたのこと、もっと知りたくなったの。……それだけ、なんだけど」
セシリアは主の横に立ち、構えたままの姿勢を解かぬまま、その言葉に耳を傾けていた。だが、彼女の視線はレムナを見ていた。すでに敵意はなかった。
口にはしないが、主の想いに嘘がないことを――彼女は、知っていた。
沈黙が落ちる。レムナは剣を構えたまま、少女たちを見つめ続けた。
視線の先に敵意はなかった。にもかかわらず、脳裏に蘇るのは、ゲームの記憶。
仲間だったはずのパーティーメンバー。不意に背中を貫いたナイフ。現実では、二度目はない。
ポータルが開き、二人が躊躇なく踏み込んできたとき、剣を向けても怯まず、むしろ、騎士は即座に応戦してきた。状況証拠は――彼女たちが敵であると語っていた。
(……略奪者だと、そう思った)
だが――
「こちらの隙を突ける機会は、いくらでもあった」
レムナは低く呟き、ゆっくりと剣を下ろした。そして、もう一歩だけ、彼女たちに近づき、軽く頭を下げた。
「こちらも……誤解して、剣を向けた。すまなかった」
それは、“信頼”ではなかった。だが、“敵”ではないという判断。そして――初めての、譲歩。
アリサは、目を見開いた。
(……こんな子が、誰か頭を下げるなんて)
社交界で育んだ貴族の観察眼。強者である彼の行動。それは信じられない光景だった。同時に、心の奥に、小さな熱が灯るのを感じた。
セシリアもまた、ようやく構えを解いた。彼女の中にも、わだかまりが残っていたのだ。
(……今思えば、あれは過剰な対応でした)
主を守るためとはいえ、ダンジョンで非がある行動を先にしたのは、あくまでこちら。本来なら、非礼を詫びるべき立場だった。だが、連日の強行軍。疲弊し、冷静さを失っていたのは自分も同じだ。
少女騎士は、深く静かに目を瞑る。緊張の糸が、ようやく解ける。空気が、わずかに温度を取り戻す。
少し間を置いて、アリサが笑った。
「……ねえ、あなたの名前、聞いてもいいかしら?」
「レムナ」
「やっぱり、“愚者”に選定された子ね? でも……本当に、“使えない職業”なの?」
レムナは答えなかった。ただ、肩をすくめて、薄く苦笑する。
“最低能力値”。“役立たず”。
その言葉の意味を、心の奥底で嘲笑うように。そうして三人の間に、ようやくわずかな会話が生まれ始めた。アリサが高位貴族の令嬢であり、探索に特別な目的を抱いていること。
セシリアは、彼女の騎士であり、同世代では相当な実力者であること。彼女が、選定の儀で高位適正を得た騎士であること。
そして――
レムナが、孤児院育ちで、現役の探索者に指導受けていたこと。選定直後から強くなるために単独でラットマンを狩っていたこと。“愚者”であるにもかかわらず、前へ進み続けていたこと。互いの素性が、少しずつ、言葉の端から零れ落ちていく。
今はまだ、信頼とは呼べない。だがこの会話が、後に続く戦いの“はじまり”だった。




