第一章-24. 剣と意志の交差点
静謐な空間に、ただ剣の軋みだけが響く。
王の寝台を通って現れた来訪者――
緋色のドレスに銀鉄の防具を纏った少女と、銀鎧の騎士。レムナは即座に警戒を強め、再び剣を抜いた。
「えっと… 少し、話を聞いてほしいんだけど――」
緋色の少女――アリサが一歩踏み出そうとしたその瞬間、彼女の前に、銀髪の騎士――セシリアが立ちはだかった。中型のラウンドシールドを構え、殺気を剥き出しにしてレムナを睨む。
「剣を下ろしなさい。公爵令嬢の前で、無礼な真似は許しません」
張りつめた声。微かに震えていたのは、疲労か、怒気か。どちらにせよ、目の前の少女は“本気”だった。
レムナもまた、剣の柄を強く握りしめる。
休息を求めてようやく辿り着いたこの場で、再び戦闘など――
だが、武装した人間は、魔物よりも恐ろしい。ゲームでは、それを幾度も見てきた。レムナは騎士の少女を一瞥してから、緋色の少女へ応答する。
「武器を捨てろ。話なら、それから聞く」
「それはこちらの台詞です。そちらが剣を下ろしなさい。」
ぴりぴりとした空気。互いに一歩も譲らない。セシリアの目には、明らかな敵意。アリサは言葉を重ねようとするが、
そして――
「っ……!」
ポータルが閉じた音――
一瞬の静寂。
それが、開戦の合図となった。それは、静かに張りつめていた緊張の糸が断ち切れた合図だった。
次の瞬間、レムナと銀鎧の少女が、同時に動いた。
譲れぬ信念、限界寸前の警戒心――
すべてが爆ぜるように、二人は衝突する。レムナの剣が、影のように跳ぶ。
低く、重く、唸るように振るわれる両手剣。それは空気を裂き、床をえぐる鋭さを持っていた。
セシリアは即座にシールドを上げ、剣を受ける。打撃の衝撃が、互いの肩から脚へと貫いた。
(なんて剣撃……! まるで――)
セシリアは驚愕した。目の前の少年の剣技は、同年代の誰よりも鋭く、速く、冷静だった。一撃一撃に、隙がない。さながら近衛隊の騎士の様だ。
(ッ、重い……! でも――読める!)
銀鎧の少女――セシリアは、円盾を流れるように操り、攻撃を逸らしていく。
剣と盾。緊張と意地。
一瞬ごとに生死が揺れる応酬に、空間が火花を散らす。レムナは相手を観察し、わずかに角度を変え、セシリアの防御を滑りぬけるように剣を差し込む。変幻自在に流れる剣。騎士の盾が、研ぎ澄まされた直感のままに、正確に弾いていく。
レムナの剣は、経験と読みから導かれた連撃。セシリアの動きは、訓練された守りと見切りの集大成。どちらも、ただの十五歳ではあり得ない戦いだった。
激しい剣戟の応酬。疲弊しているはずの彼は戦いながら、アリサの動きすら警戒している。
「うそっ…そんな……!」
一方、アリサは歯噛みしていた。自分の軽率な行動が、衝突を生み出してしまったことに、強烈な罪悪感を覚える。
なにより、彼女の騎士――セシリアは、選定の儀で上位適正を得た才女。自身の騎士になるために、幼い頃から過酷な鍛錬を積んできた逸材だった。だが、そのセシリアが押されている。
(本当に……あの子、孤児院出身なの?)
レムナは容赦なく追い詰める。
(……なんで、こんなことに)
その光景を目の前にして、アリサは愕然としながらも自責の念に沈んでいた。全ては、自分がレムナを追ってきたことに始まる。好奇心だった。もっと知りたいという欲望。だが今、それがこうして衝突と流血を生んでいる。
(このままじゃ、どちらかが死にかねない)
アリサの魔法は強力だ。この空間ごと制圧すれば、確かに終わる。だが、レムナだけでなく、セシリアすら巻き込む危険があった。
(セシーは、私を守るために……)
アリサの唇が震える。罪悪感と恐怖。だからこそ、動けなかった。
*
「――決める!」
レムナの声は、静かに、だが確実に届いた。彼はアリサが動かないと判断し、全神経をセシリアへ集中させる。
連撃。
隙を生まない連続の剣舞。セシリアは必死に耐えるも、その猛攻に――
「く……っ、まだっ……!」
膝をついた。
「セシー、ッ…!」
鋼鉄の盾が床に鳴り、少女の呼吸が荒れる。その瞬間。アリサは杖を放り投げた。両膝を地につけ、両手を挙げる。
「降伏するわ。だから、お願い……剣を下ろして」
セシリアが驚愕に声を上げようとするのを、アリサは制する。
「いいの。私のせいだから。……身勝手だけど、話を、聞いてほしいわ」
レムナは、しばしその場に立ち尽くす。剣を構えたまま、沈黙の中で二人の降伏を見つめる。敵意が、本物でないことを確かめるように。
時間が止まったような静けさのあと――
ようやく、剣が、静かに下ろされた。信じたわけじゃない。ただ……今は、剣を収めるべきだと、そう思った。
だが、その一歩が、三人の関係の始まりとなる。




