第一章-19. 選ばれし者たちの行進
塔の第一階層、コボルトエリア北部。
湿気と岩壁に囲まれた坑道にしては、妙に整然とした空気が流れていた。
それもそのはず、このルートは“安全地帯”として知られている。
魔物の分布も穏やかで、危険種との遭遇確率は低い。
その空間を、五人の若者たちが進んでいた。
全員が煌びやかな装備に身を包み、足取りに余裕すら漂わせている。
その先頭を歩くのは――金髪の少年、ユリウス・バルテスト。
「ふん、ここまで来て一体たりとも苦戦なし、か。やはり我らは“選ばれし者”というわけだな」
鼻で笑いながら、背に携えた魔法銀細工の盾に手を添える。
腰の剣は聖銀製。王都でも限られた上位騎士や貴族にしか配備されない逸品だ。
(……当然の結果だ。我々は、塔に試される側ではなく、選ぶ側なのだから)
選定式で上位の職業を得た自分たちが、他の庶民や平民と肩を並べるなど、考えるだけで滑稽だった。
(このまま順当に進めば、最速記録も夢ではない。そうなれば……アリサも、さすがに――)
その名を思い浮かべた瞬間、ユリウスの頬にかすかな緩みが走る。
(見ていてくれ、アリサ。私が誰よりも早く塔を踏破してみせる)
その隣、金髪の少女が不安げに兄を見上げる。ユリウスの妹、メリル。
「……でもお兄さま、本当に大丈夫? ダンジョンって、何が起きるかわからないって話だし……」
彼女の声は心配というより“教えられた台詞”をなぞるようだった。
ユリウスは軽く笑う。
「ふん。コボルト程度がいくら群れようと、この私には全く問題ないさ。それこそ、一人でも充分だ」
彼の言葉に、後衛の仲間たちは苦笑を浮かべるが、否定はしない。
高位貴族の息子の言葉を、正面から否定できる者などいないのだ。
ただ一人、弓を背負った青年――貴族階級の下端に位置するライナーだけが、わずかに眉をひそめた。
(……相変わらず、危機感がない)
だが、それも声には出さない。
今は“選ばれし者たち”の行進なのだから。
*
塔の第一階層、バットエリア西部――
ぬかるむ岩床に、小さな靴音が連なる。
五人の少年少女が、互いの距離を保ちながら慎重に進んでいた。誰もが重装備とは言い難いが、それぞれに選定式で得た職業と初期装備を身につけている。
「……前方に三体。天井から。バット系、たぶん通常種」
低く告げたのは、短槍を構えた少年――ディン。
かつて農村の外れで、盗賊崩れと刃を交えた経験を持つ、地方民らしい実戦派だ。
「了解、私が前に出る。できるだけ引きつけてから」
そう言って一歩前に出たのは、盾職に選ばれた少女、リサ。
訓練経験は浅いが、責任感が人一倍強く、初日から前衛を引き受けていた。
後方には、眼鏡をかけた魔術士の少年カム、そして双剣を手にした俊敏な少女ノア。
いずれも王都の学舎を経て、塔へ送られた庶民出身者だ。
「カム、準備は?」
「術式展開中。三秒後に放てる」
淡々と返すその声には、自信と緊張が入り混じっていた。
誰もが、まだ手探りだった。
魔物との本物の戦い。命を奪うことの重み。塔の中でしか流れない異質な空気。
「……やれることをやろう。それしか、ないよね」
リサの呟きに、他の四人が小さくうなずいた。
「お前、やる気出すと怖いんだよ」
カムは不安を紛らわすように、若干からかうように軽口を呟く。
庶民の中でも上位の成績で選ばれた彼らでさえ、今この瞬間は、ただの十五歳でしかない。
不安も恐怖もある。だが、先に進まなければ、今までの努力が全て無駄になる。
「じゃあ……行くよ」
リサの声と同時に、五人の若者が動き出した。
足元の水たまりが跳ね、天井から滑空するバットたちの羽音が轟いた。
刹那の衝突。――小さな戦いの幕が、静かに開けた。
*
塔の第一階層、スライムエリア南端。
ぬめった地面が、足の裏を嫌に掴んでくる。
天井からは濃い粘液が滴り、空気もどこか重苦しい。視界は薄暗く、遠くまで見通せない。
――このエリアは、戦闘に向いていない。
「チッ、なんで俺たちが、よりによってこんなクソみたいな場所に……」
短く舌打ちを漏らしたのは、痩せ型の体に無数の擦り傷を抱えた少年、バロウ。
粗暴で不遜――そう言われることにも慣れていた。
元はといえば、レムナと同じ孤児院の出。
アメリアに鍛えられ、庶民のガキどもに見下されながら生きてきた。
(……ったく、アイツだけ注目されてよ)
“アイツ”――レムナ。
同じ孤児のくせに、どこか他人を拒絶したような目で周囲を見ていた奴。
力もねぇ、勉強もロクにできねぇ、殴り合いだって勝ったことがない。
なのに――
「“フール”? 外れ職ってやつだろ。笑えるよな……」
なのに、なぜかあいつだけ注目される。
たった一人で塔へ挑んでいると知ったとき、仲間の誰もが笑った。無謀だと、どうせすぐに死ぬと。
――けど。
(アメリアさん……あいつのことだけ、やけに気にしてたな)
小さな棘のような感情が、胸の奥で疼く。
他人には見せたくない、子供じみた感情。だが、それがバロウを突き動かしていた。
「バロウ、来るぞ! 左、三体、スライムだ!」
仲間の叫びに、思考を断ち切られる。
剣を構える。筋肉に力を込める。だが、心はどこか焦っていた。
(次会ったら――分からせてやる)
俺の方が上だと。
あんな奴より、俺の方が、ずっと強いってことを。
――泥のように濁った感情を抱えながら、バロウは、粘液を纏う敵に向かって走り出した。




