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第一章-18. 牙と火花と


岩陰から覗く、ふたつの影。


アリサ・ラインフォードと、その騎士セシリアは、言葉もなく坑道の闇を見つめていた。


沈黙の理由は、ただひとつ。

視線の先にいる“少年”の行動が、あまりに常軌を逸していたからだ。


「……あれが、本当に同じ十五歳ですか?」


セシリアが低く呟く。かすかに息を呑むような震えが、声に混じっていた。


少年――レムナは、灯りひとつ持たず、音もなく坑道を進んでいる。


光源は、苔が放つ微かな緑光と、遠くの焚き火のみ。

それでも彼は、まるで暗闇すら味方にしているかのように動いていた。


迷いなく、足取りもぶれず、気配を察知したその瞬間には――


音もなく、ゴブリンの首を斬り落としていた。

あの動きは、訓練だけでは到達できない域だった。


まるで、生まれたときから戦場にいたような――そんな、“殺しの手”。


「……まさか、一人で挑む気かしら?」


その異様な光景に、言葉がこぼれた。

アリサが思わず漏らした声には、呆れと驚き、そして……わずかな熱がこもっていた。


広場には十数体のゴブリンが焚き火を囲み、獣臭と血臭が入り混じる空気を揺らしている。

その中央――ひときわ異質な気配があった。


「……ゴブリンソードマン、ですか」


セシリアが目を細める。


「あの数。正規訓練を受けたチームでも、全滅しかねません」


淡々とした言葉。だがその表情には、明らかな緊張があった。


「でも彼……下がる気、ないわね」


アリサは言った。


「斥候を仕留めた動き、あれは偶然じゃない。完全に“仕上がっていたわ”」


セシリアは黙る。だが、主の判断を否定するだけの材料も持っていなかった。


「選定式では最低評価、だったわね」


「はい。スキルもステータスも、“下の下”でした」


「……そんな底辺が、あの数を相手に全く引かないなんて」


アリサの目が、焚き火ではなく、その周囲の闇に沈んだ少年の輪郭を捉えていた。

まるで、色褪せた世界に差し込んだ一滴の絵の具のように。


「見ててゾクッとするわ……ああいう“異常者”って。」


(……アリサ様が、これほど他人に興味を持つなんて)











レムナの足が、音もなく地を滑る。

焚き火の周囲を、囲うように散らばる11体。そして、一番奥にソードマン。


(数が多い。最初の一撃で削る。声を上げさせるな)


呼吸を抑え、影から影へ。最奥の見張りに、殺気を漏らさず接近する。


一撃。


喉元を掠めた刃が、音すら立てず命を奪った。

崩れる音を制御しつつ、二体目へ。斬撃、突き、即死。


三体目に接近した、その刹那。

――小石を踏んだ、微かな音。


「ギィ……?」


気づかれた。


(……まずい)


「ギィイイアアアッ!!」


咆哮とともに、十数体のゴブリンが一斉に立ち上がる。

レムナは跳び込んだ。

反応の鈍い個体の喉を裂き、続けて脚腱を断つ。


だが――包囲は既に完成していた。


火花が散る。

棍棒を滑らせて回避し、跳び退く。


そして、現れた。


――《ゴブリンソードマン》。

一回り大きな体躯。纏う空気が、他の個体とまるで違う。


「来たな……」


振り下ろされた一太刀。重い。

剣同士がぶつかり、関節が軋む。


二合、三合と交錯し、間合いを詰める。


だが――


(返された……! 技術がある)


獣のような粗雑さはない。流れるような足運び、冷静な視線。

まるで熟練の剣士だ。


(いや、それ以上だ……!)


レムナの剣が弾かれ、わずかにバランスを崩す。

その隙を狙って、鋭い斬撃が迫る。


火花とともに、頬に熱が走る。

浅いが、切られた。


(……でも、負けられない)


咆哮のように息を吐き、両手で剣を構え直す。


「こっちも……命を懸けてんだよッ!」


斬り結ぶ。三合、五合、七合。


金属音が交差し、火花が舞い、空気が熱を帯びる。


ソードマンの剣が振り下ろされる――


レムナは軸をずらして肩を滑らせた。


一歩、踏み込む。


(……今だ!)


肩の傷を代償に、剣を滑り込ませ――


喉を、斜めに貫く。


「……ッ!」


ソードマンの巨体が、ぐらりと揺れ、動きを止める。


血が噴き出し、全身が焼け焦げるように黒く染まっていき、

やがて、灰と化した。


残ったのは、ふたつのアイテム。


【アイテム《鉄血の指・親指》を取得しました】

【アイテム《ゴブリンソードマンの鉄剣》を取得しました】


金色の粒子をまとい、指と剣がゆっくりと宙を舞う。


やがて、レムナの意識下――アイテムボックスへと吸い込まれていった。


(……まだ残ってるな)


周囲には、まだ数体のゴブリンが、いた。

だが、“恐怖”が群れを支配していた。


それは、戦場における最大の隙。


レムナは躊躇なく踏み込んだ。

残る個体を一体ずつ、確実に。


疲労で、足が重い。

それでも、止まらなかった。


やがて、最後の一体が断末魔を上げて崩れ――


広場に残ったのは、篝火の残り火と、ゴブリンの屍だけだった。


「……は、ぁ……終わった……」


剣を収め、膝に手をつく。

その背は、闇に沈みながらも、確かな輪郭を描いていた。











レムナは知らない。

その戦いの一部始終を、ふたりの少女が見届けていたことを。


岩陰の奥――


アリサとセシリアは、言葉もなく、その結末を見ていた。

選定式で最低評価だった、名も知られぬ孤児。


その少年が、十数体のゴブリンと、上位個体ソードマンを――


たった一人で、殲滅してみせた。


「……本当に、一人でやり遂げたわ」


アリサの声には、震えがあった。

驚きでも、賞賛でもない。


「まるで、童話に出てくる英雄の始まりみたいだわ」


その瞳は、闇の中に消えていった少年の背中に向けられていた。


「セシリア。彼のこと、忘れちゃだめよ」


「……かしこまりました」


(埋もれさせるには――惜しいわ)


アリサの目が、光を宿す。


(欲しい……)


それは、貴族の少女が初めて“同世代”に興味を抱いた、純粋な衝動だった。









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