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第一章-16. 塔での始動


ゴブリンの巣窟──

そう呼ぶのが、最もふさわしい光景だった。


天井は低く、湿り気を帯びた空気が通路に重くのしかかる。

足元には淀んだ水溜まり。

壁面には、煤の黒い跡。


どこかで火が焚かれた痕跡があるが、すでに冷えきっていた。

そこにいた“何か”の気配すら、跡形もない。


レムナは松明の炎ひとつを頼りに、無言で進んでいく。


安全策。

最も穏当で踏破率の高いルート──それは、初めから捨てた。


塔を登り切るためには、誰かにとっての“最悪”を選ぶ必要がある。

だがそれは、彼にとっての“最善”の攻略だった。


塔は、挑んだ者にしか力を与えない。


(強さが必要だ。知識も、経験も。そして何より“実績”が)


ゴブリンエリアには、隠された“裏ボス”が存在する──


かつてゲーム内で発見されたその条件を、彼は正確に記憶していた。


だが、それが現実となったこの世界でも通じるのか。

それは、誰にもわからない。


(ならば、証明するまでだ)


(俺の知識が、この世界でも通じると)


レムナは静かに息を吸い、

手にした松明の火を──吹き消した。


一瞬で、闇が彼を呑み込む。

そして、次の瞬間。

彼の“気配”が、空間ごと消えた。











「……これは、少し期待外れね」


眉をひそめながら呟いたのは、アリサ・ラインフォード。


湿気、獣臭、腐臭が入り混じる不快な空間。

目の前には、使われなくなった坑道と、崩れかけた支柱が続いている。


「アリサ様。ここはゴブリンエリアです。これ以上の追跡は……時間の無駄です」


背後から低く進言したのは、銀髪の騎士──セシリア。


一階層は、四つの“エリア”に分かれている。


北がスライム。東がケイブバット。南がコボルト。

そして西が、このゴブリンの巣。


どのエリアにも“ボス部屋”が存在し、ボスを討伐することで第二階層へのポータルが開く。

それがこの塔の基本的な構造だった。


──しかし。


「……ゴブリンエリアには、ボス部屋がありません」


それは、この階層に挑む者なら誰もが知っている常識。


「わかってるわ」


アリサはあっさりと頷いた。


「だからこそ、ちょっとガッカリしたのよ。

でも、知っててここに来るなんて……普通じゃないわ」


「そんなことも知らないのでは?」


「そうかしら?……選定式でのステータス、スキル、どれも最低値。……でも、‟唯一職”、面白いわ」


アリサは、あの少年の歩みに“確かな意志”を見た。


ゴブリンエリアは、他のエリアとは一線を画す危険地帯。

複雑な地形、密集する罠、巧妙な伏兵、視界の悪さ――

ただの迷路ではなく、“殺すための構造”だ。


それでも彼は、迷いなく進み、恐れの色もなかった。


「彼、なにか知ってるのよ。……目的があるようだったわ」


セシリアは黙したまま言葉を控える。

反論はあったが、主の直感を否定できるほどの確証はなかった。


「これは私の勘。……理屈じゃないのよ」


アリサは肩をすくめ、小さく笑った。


「もう少しだけ、付き合って頂戴」


その瞳に宿るのは、興味を超えた何か。

それは知性よりも、本能に近い“探求の光”だった。


「……アリサ様。先頭は私が行きます」


「ええ、お願い」


優秀すぎるがゆえに、この塔の開始早々から“退屈”していたアリサにとって──

あの少年は、まさに逸脱者だった。


どうして気になるのか。なぜ、目を離せないのか。

アリサ自身にも、その理由はまだ分かっていなかった。










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