序章-11. 勝利の一歩
ラットマンチャンピオンの右腕が、根元から吹き飛んだ。
咆哮を上げたまま、その巨体は壁に叩きつけられ、重く床へ崩れ落ちる。
のたうつ体から血飛沫が飛び、なおも咆哮を響かせようとするも――その足元に、もう力はなかった。
(……終わらせる)
息を殺し、両手剣を構える。
一歩。
二歩。
低く沈み込み、地を蹴るように跳び込む。
刃が、風を裂いて唸りを上げた。
「ッらあああああッ!!」
叫びとともに振り下ろされた一閃が、チャンピオンの喉元を切り裂いた。
肉が裂け、骨が砕ける音が響く。
最後の咆哮すら、噛み殺されたまま――
巨体は、その場に崩れ落ちた。
──沈黙。
響いているのは、自分の荒い息と、剣の切っ先から滴る血の音だけだった。
そして。
視界に淡く、紋章めいた光が浮かび上がる。
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【観測情報】
個体識別コード《レムナ》
ユニークボス個体“ラットマンチャンピオン”の討伐を確認
称号《最下層の王殺し》を付与
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【称号効果】
・下位職に限り、成長時の全能力値補正を30〜50%増加
・戦闘中、対格下個体への威圧効果【低】
・《狩猟本能(Lv.1)》を付与
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【スキル効果】
《狩猟本能(Lv.1)》
・直感と反応速度をわずかに向上
・戦闘時、周囲の気配と殺意を察知する精度が上昇
── モノリス観測端末 MNL-17
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(……“王殺し”か)
口にするには重たすぎる名だ。
だが今の自分に、これ以上ふさわしい言葉はない……そんな気がした。
震えていた。
手が。
脚が。
肩の傷からはじわりと血が滲み、全身の筋肉がきしむように痛んでいる。
それでも、立っていた。
「……ははっ」
笑いが漏れた。
疲労と痛み――そして、それ以上に湧き上がってくる微かな興奮。
確かに、胸の奥が熱くなっていた。
(これは……“通用した”ってことだ)
剣を地に突き立て、膝に手をつく。
足元には、ラットマンチャンピオンの骸と、灰色に鈍く光る戦利品。
黒硬皮の腰巻、鋭利な鉤爪の骨具。
画面越しで何度も見た“ドロップアイテム”が――
今、自分の目の前に“存在”していた。
(ここは……もう、ゲームじゃない)
だけど。
“かつてのプレイヤー”としての自分の知識は、確かに生きている。
「……まだまだ、やれる」
呟いて、剣を拾い上げる。
闇の奥に、さらに続いている気配。
まるで、新たな階層が待ち構えているかのようだ。
だが、もう――足は止まらない。
“王殺し”という仰々しくも誇らしい称号を背負って、
ひとり、静かに歩を進めていく。
夜が明ける少し前――
ほんのわずかな光が、遠く、洞窟の奥に差し込んでいた。




