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序章-12. 牙の生えた獣


朝靄が石畳の隙間をじわじわと濡らしていた。


自由交易都市の武具街――

《刃の骨通り》と呼ばれる一角は、まだ目を覚ましていない。


昨日までの戦いが嘘のように、静かで冷たい朝だった。


俺は、足元をふらつかせながら歩いていた。


血と泥の混じった臭気が、自分の身体から漂っているのがわかる。

鼻が麻痺するほどの獣臭。


ラットマンチャンピオンの骸を漁り、百体の屍を踏み越えてきた末路だ。


通りの角を曲がったところで、一人の男と目が合った。

茶色の革エプロン。無精ひげ。ギラついた眼光。


……武具屋の職人、だろう。


「……朝っぱらから野良犬でも迷い込んだのかと思ったぜ」


俺は何も言わず、小さな革袋を差し出す。

中身は、ラットマンの牙と爪、それにチャンピオンの頭骨。


男――ダルクという名が看板に刻まれていた――は、袋を開けるなり、眉をひそめた。


「……こりゃ……」


袋の中身を指先でつまみ、何度も角度を変えて観察する。


「……随分、上等な“個体”だな」


そう呟いた彼の目が、鋭くなった。

しばし沈黙が落ちる。


俺の姿と、袋の中身とを何度も見比べていた。


「……裏の井戸で身体を洗ってこい。鼻が曲がりそうだ」


それだけ言って、男は店の中に引っ込んだ。







井戸の冷たい水が、皮膚を焼くように感じた。

チャンピオンの返り血、泥、そしてこの数日の死臭――すべてが、肌にこびりついていた。


それを削ぎ落としながら、ふと思った。


(……まともな言葉をかけられたの、いつ以来だろうな)


異世界に来て、誰かが「対等な人」として接してくれたことが、これまでに何度あっただろうか。


アメリアを除けば、俺を“見下さない目”でいる人間はほとんどいなかった。







井戸の縁に腰を下ろしていたとき、足音と共にダルクが現れた。


「……乾かしてる間に、これでも着とけ」


そう言って差し出されたのは、乾いた外套、新品の胸当て、防具の小物類。

そして――黒革の鞘に収められた両手剣。


「食いもんは干し肉と黒パン。剣は錆びついていたからな、研磨もしてある」


思わず、言葉が詰まる。


「……これ、全部……?」


「対価じゃねぇ。投資だ」


俺が何か言いかけたのを、ダルクは鼻で笑って遮った。


「お前が持ち帰ったモノが、ただの牙じゃなかったってだけの話だ。

……素材の価値もあるがな、それ以上に、“どうやってそれを手に入れたか”が重要なんだよ」


視線が合う。


「お前は、自力で上位個体を落とした。選定式からたった一日で、だ」


その一言に、心臓がドクンと鳴った。

誰にも届いていないと思っていた事実が、言葉として形になった。


「次に何か狩ったときゃ、また持ってこい。損はさせねぇ。」


一拍、間を置いて。


「死ぬなよ」


ダルクはそれだけ言い残し、店の中へ戻っていった。

その背に向かって、絞り出すように声をかける。


「……ありがとう、ございます」


風が吹き抜けた。









ダルクは答えず、そのまま店に戻っていった。

ただ、心の中ではひとつだけ、言葉にならない言葉を思っていた。


(──貴族のお偉いさん方が見落とした逸材かもしれねぇな)


驚きは、もう薄れていた。

残ったのは、じわじわと胸に灯る、期待のような熱。


「…貴族の坊ちゃん嬢ちゃんが、どれだけ稽古したって、真似できるもんじゃねぇ」


唇が吊り上がる。


「面白れぇのが現れたな……」









ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

明日まで3話投稿します。

その後も毎日投稿を行うので、よろしくお願いします。

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