序章-10. 暗闇の反響
松明の炎が、じわりと闇を照らす。
その先で、“それ”が姿を現した。
──ラットマン・チャンピオン。
毛のない灰色の肌は、他のラットマンと変わらない。
だが、体格は二回り以上も大きく、人間の成人に迫る巨体だった。
腕は異様に太く、手には錆びた鉤爪のような骨片が剥き出しになっている。
頭部には無数の傷痕。
顎は欠け、まるで死線を越えてきた獣のようだった。
「……でかいな」
つぶやいた瞬間、ラットマンが咆哮する。
風圧で、手にした松明の火が大きく揺れた。
(焦るな……攻撃パターンは三つ。突進、飛びかかり、そして引っかき──)
脳裏で、何度も繰り返し挑んだ戦闘の記憶がよみがえる。
その記憶が、恐怖を押し戻す盾になる。
松明を前に突き出す。
一瞬、奴がたじろいだ。
(やはり、火に弱い……でも、逃げる様子はない)
次の瞬間、巨体が突進してくる。
ズシン、と地を蹴る音。空気が裂けた。
ギリギリで横に跳び、壁を背にする。
だが、すぐに左から鉤爪が横薙ぎに襲いかかった。
「ッ……!」
肩が裂ける。声を殺し、すぐさま反撃に出る。
脇腹に短剣を突き立てた。だが、
(硬い……。筋肉に弾かれてる。やっぱり、弱点を突くしかない)
ラットマンが地を踏み鳴らして吠える。
行動パターンのひとつ、威嚇。動きが止まる。
(今だッ!)
走る。
全力で松明を握りしめ、叫ぶように──
「おおおおおおッ!!」
燃え盛る火を、ラットマンの眼窩に突き立てる。
ジュッ……と肉が焼ける音。
続いて、獣じみた絶叫。
巨体が暴れ回る。柱にぶつかり、床に爪を立ててのたうち回る。
(よし、あと一手……!)
そう思った刹那。
──ドゴォッ!
強烈な衝撃が、体を吹き飛ばした。
(……がっ!?)
視界が跳ね、地面に転がる。
短剣も松明も、遠くへ弾き飛ばされていた。
なんとか起き上がる。だが──もう武器はない。
チャンピオンは片目を押さえながらも、怒りに任せて尾を振り回していた。
(やってしまった……。ゲームじゃない。今の俺にとって、あいつはザコなんかじゃない)
背後の壁を頼りに、どうにか立つ。
肩は熱を持ち、呼吸が乱れる。視界も定まらない。
その時だった。
転がった松明の灯りが、闇の中で“何か”を照らした。
そこにあったのは──場違いなほど、無骨な両手剣だった。
(……なぜ、こんなところに……?)
迷う時間はなかった。
全身の痛みに鞭を打って、剣に手を伸ばす。
その瞬間──
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【観測情報】個体識別コード《レムナ》
同一個体のソウルコードを取得
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【TRAITS】“空の継承”の発動条件を満たしました
《剣士》カインのソウルコードを継承します
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「っ……あ、が……!?」
稲妻のような激痛が、全身を走った。
脳を貫く閃光。視界が白く焼け、意識が吹き飛びそうになる。
骨が、筋肉が、細胞が、何かに塗り替えられていく。
(くそ……まだ……!)
意識だけは手放せなかった。
朦朧とした視界の先で、ラットマンチャンピオンがこちらに向かっていた。
丸太のような腕を振り上げる。
今度こそ、確実に終わる。
「く……そ、があああッ!!」
咆哮と共に、両手剣を逆袈裟に振り上げた。
鈍く、だが鋭い金属音。
一撃がぶつかり、ラットマンチャンピオンの右腕が、根元から吹き飛んだ。
違和感が残る。
この感覚……初めてじゃないような。
両手剣の重さが、妙に馴染む。
(なんだ……この動き。俺ができる動きじゃない……誰かの……)
だが、考えている暇はなかった。
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