差異
「スペア機か? それとも俺も量産型だったか?」
おそらく前者だと推測した。後者であればとっくに接敵しているだろう。敵の黒機が地を蹴り跳ねた。衝撃が何条もの亀裂を走らせる。
黒機は一瞬で肉薄し、打突される青い刃。レイルは同じ刃で受け流し、後方へ突き飛ばした。
黒い装甲が何度も地面を跳ねながら道路の標識、支柱へワイヤーの射出を繰り返し三次元的な跳躍で距離を詰め直す。
展開される別の武装。――腕から突き出る銃身。
(バイクが狙いだぜェエエ! てめえにはよぉおおあんな口径じゃ傷もつかねェからよおお!)
粗暴な声がレイルに警鐘を鳴らす。
「分かっている」
引き裂くような機銃の音。闇を裂き、閃光がバイクに向けて放たれる。同時、レイルは跳んだ。黒機に強引に肉薄し、青い光刃の一閃を振り薙ぐ。装甲が無数の弾丸を散らした。激しい音を鳴らし火花が飛ぶ。
二機の刃が再び激突した。高熱を帯びた光の砂塵が渦を巻く。青い斬閃が数瞬のうちに幾度と交錯し、互いに距離を取った。
レイルはワイヤーを射出しバイクの真横に着地するとソラのほうを一瞥した。
「何があっても走り続けろ。止まったら最後だ。いいな?」
「レイルは!?」
「アレと並走するつもりはない。仕留める。俺はソラを信じる。だから信じてくれ。四十秒で合流しよう」
肩に黒いコートが掛けられた。咄嗟に『待って』と言えずに、なんとか後ろを振り向こうとしてハンドルがぐらつく。どうしようもなく前に注意を向けた。
有無を言わさずレイルの気配が離れていく。嫌な汗が流れた。
「白の十三番! オレがよ、走れって言ったらいつぞやの力で加速しろ! 爆撃される! 異界道具の射程に入ってこねえ!」
「冗談でしょ……!」
隣にレイルがいない。それだけで地に足が着かない感覚だった。不安。恐怖。麻痺しかけていた感覚が戻ってきて、頭が真っ白になる。
――このままでは力が行使できない。
「落ち着け……。大丈夫。私も、レイルも……いままで乗り越えてきたんだ」
レイルのコートを強く握り締めた。吹き飛ばされないようにしっかりと身に羽織る。熱や臭い。痕跡が一切ないのがレイルらしい。
口角が吊り上がった。自分でも不安定な自覚が持てるくらい感情が上下している。今はもう、ニヤニヤが止まらない。
「来るぜエ! 走れ! 加速しやがれええ!」
双眸の光輝が燃え上がる。向かい風に靡く銀の髪と共に紫紺の軌跡が尾を引いた。得体の知れない力がハンドルからエンジンへ巡り、異様な高音をうならせる。
前方へ吹き飛ばされそうなぐらいバイクが加速した。すぐ後ろで途方もない衝撃と爆音が耳を劈き、背後を焦げ臭さと炎の灯りが照らす。
「私を殺したらダメなんじゃなかったの!?」
車体性能を超えた強引な加速。サスペンションにガタがきたのかバイク全体がガクガクと振動し続ける。
「オレはそう聞いてた! お前がアレぐらい喰らっても死なないじゃあねえのか!?」
「そんなわけないでしょ!?」
笑えないことを言う狼面。ソラの声に怒気が混じる。ハンドルを握る手に力を込めていたが寒さで指の感覚が鈍い。
…………あと何秒だろう。数える余裕もなかったが、加速の強風に目を閉じることなく、顰めながらジッと前を見据え続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ソラの心拍音が一瞬で遠ざかった。並走を止め急停止すると地面が摩擦で黒く焦げ跡を残す。……彼女をヴェディルに任せて平気だったのだろうか。黒機が所詮陽動だとしたら?
(今更考えてもしょうがねえだろォオ! アレを連れて散歩できるってなら別だがなァァアア!)
黒機もまた、同型が存在すれば仕事に支障が出ると判断していた。足止めを掻い潜ることはできないと。
黒くのっぺりとした頭部装甲が青い点滅を繰り返す。互いに地面を蹴り込み、疾駆する。遠くない場所で生じた爆発音が合図となった。
互いに弱点は理解していた。傾斜を帯びた装甲と装甲の僅かな境目。フェイントは無意味だ。手首や肩を掴むのも意味はない。
ただまっすぐに加速し、青い刃先を打突する。互いにすれすれで頸元を逸らした。衝撃を纏った刃風が装甲を掠める。
もう一方の光刃を振るい薙ぐ。無数の剣閃と円弧が激しい光の飛沫を散らす。レイルは身を反らし機体の銃身を展開するが黒機は回避行動を取らない。分かり切っていたが弾丸は貫通しなかった。
黒機はそのまま距離を詰めレイルに掴みかかる。腕を弾きいなすと頭部めがけて足刀蹴りが放たれる。受け止めずに回避した。刹那遅れて、足先から光刃が突き出る。
「全く同じ武装か。行動も気持ち悪いくらいに予測できる」
「…………」
黒機は何も喋らなかった。無駄な行動を行おうとはせず、蹴り上げた脚をそのまま振り下ろす。レイルは敵の懐に潜り、右腕が残像を描いた。抉るような突き。いなされ、突きが返される。受け流した。
(ギャハ! このままじゃア決着つかねえぜェこりゃ)
時間を掛けるのは危険だった。ソラの現状が分からない。いざ対峙して確信が持てる。――陽動だ。だが、無視はできない。
斬撃。射撃。蹴り。電撃。数瞬の間に猛攻のせめぎ合いが火花の輪舞を描く。……決定打がない。
(違う。違うなァオイ。あいつとテメエは同じじゃアねエ!)
処理能力が僅かに鈍った。瞬間、黒機の繰り出した刺突が機体を殴打する。青い刃先が肉の膜を切り裂いた。鮮血が噴き上がる。
レイルは突き伸ばされた腕を掴んだ。渾身の力で締め上げ、捕らえる。
「……一回分だ」
縋るように命じた。黒機と自身の大きな違い。奴が持ち得ない武装。
(久々じゃアねえか。これで残り回数は一回だ。図書館の奴に感謝しろヨオオオオオオオオ!)
機体を揺らす叫び声。敵を掴む腕を肉の根が這い、ほんの一瞬だが血走った瞳が見開いた。
「――叫べ」
突風が貫いた。遅れて、空間を吹き飛ばした不協和音が響く。黒機が回避できることは予測できていた。自身の腕を引き千切り、空間干渉のない上方にワイヤーを放つ。
「その方法しかないだろうな。黒機、お前の負けだ」
ダン! と乾いた銃声。薬莢と共に貫通しなかった弾丸が地面を転がっていく。小さな金属音だったが、静寂の中では長い残響だった。
(お前まだその弾丸、取っといてたのかァ?)
撃ったのはソラと会う前から持っていた異界道具の弾丸だった。
「これで三つ全部だ。もう在庫はない。ミオフィルの時は取っておくべきだった」
淡々と黒機を一瞥した。ワイヤーを射出したまま宙で停止し、微動だにしない。動かなくなった敵機に光刃を伸ばす。刺し貫いた。
「……先を急ごう。五十秒も掛かった」
(ヒュー! 格好つけやがって)
「騒ぐならもっとわかりやすく騒いでくれ」
愚痴を漏らしながら力強く道路を踏み砕いた。衝撃で加速、跳躍し、ソラの後を追った。




