回帰
――気配の色は増えるばかりだった。ビル群を縫って飛行する無数の機銃ドローン。上空から追跡を続ける航空機が無数の回転翼から騒音を響かせる。
「あれ撃ち落とせないの!?」
「やれる限りはやってるッつーの!」
数名の襲狼者達がバイクの周囲を並走しながら断続的に銃声を轟かす。闇夜を彩る爆炎。撃墜された機体が爆発する衝撃。振動。小型の機体を撃ち落とすには充分だったが、装甲を伴った大型の機体には無力だった。
レイルの気配の色はまだ感知範囲に来ないというのに。加速を続けるバイクは否応なくカーブに差し掛かる。
「……ッ! しくじったらあのワイヤーでフォローして!」
「オレをぶっ殺そうとしたときに急旋回も出来てただろッ!」
狼が余裕なく怒号をあげる。周囲で煌めく銀の斬撃がすでに無数の弾丸、砲弾を弾いてくれていた。
「……ッ!」
ハンドルを思い切り捻った。限界を超えた速度で走る車体が悲鳴のような異音をあげてあらん限りに振動する。
吹き飛ばすような遠心力に逆らうために紫紺の力を噴出し、必死に口を閉じた。今だけは舌を噛み千切る自信があった。
「ッぁ……!」
力み過ぎた反動が腕から肩へ鈍く突き刺す。痛がっている暇はなかった。急カーブで減速したバイクに強引に力を流し込む。僅かに蛇行しながら加速した矢先、眼前の道路が爆発し、砂塵を巻き上げて崩壊した。
――止まらないとこのまま落ちる。いや、それこそ敵の思うつぼだ。決断は一瞬だった。立ち向かおうとしたときから恐怖はあっても躊躇はなかった。
行くしかない。眦を決すると瞳の蛍光が鋭利に輝く。銀の髪に薄紫の色が通い、球体車輪を摩擦で焦がしながらバイクは加速し、道の途絶えた道路を爆走していく。
できる。できる。できる! そのまま行け!
砂塵のなかを突っ切った。視界が黒と灰色に染まり――。
跳んだ。
砕けた破片と埃の中を突っ切ってバイクが宙を舞う。夜の外気が痛みを伴って肌を撫でた。数瞬の、しかしあまりに長い滞空。紫銀の髪が荒々しく靡く。
「行けッ! そのままぶっ飛ばせ! オレが仕事したって伝えとけッ!」
背後で轟く爆炎と狼の叫び声。道路を破壊したドローンが炎を纏ってスラムの中へ墜ちていく。
ヴェディルの気配と入れ違うように黒い残像が隣を横切った。必死にハンドルを掴んでいた手を黒い腕が覆う。
「……ッ!」
がくん、と。着地の衝撃が車体全体に重く圧し掛かる。マフラーが取れて劈くような排気音を撒き散らした。
ソラは反動で放り出されたが寸でのところでレイルに抱き留められる。身体を手繰り寄せられ、脈打つ肉の膜に顔を強打した。
「遅くなった」
咄嗟に返事を返せなかった。身体中が痛い。頭が振られ、意識が朦朧とする。
「無事でよかった……信じてるつもりだったけど。正直結構怖かった……」
「こっちのセリフだ」
レイルが運転を変わった。ソラは片腕に抱きかかえられたまま気配の色を探る。周囲にあったビル群、スラム街は消え、平らな地面が広がっていく。前方、暗雲を貫く光が聳えていた。
ド・マリニー時空管理会社だ。
道路は終点へ向かうように緩やかな下り坂になっていく。……追手は途絶えた? 違う。頭が眩むくらい眩い銀色が、カノン・クロムウェルが近づいてきている。
「レイル! このまま一気に行く!」
背後の色が肥大化していた。ソラは痛む腕を伸ばして無理矢理ハンドルを握り締める。昂った感情が紫紺の力を生成し続けていた。
だが思うようにバイクは加速しない。ギアは壊れ、慣性と噴出し続ける力だけが車体を動かしていた。
「このまま走る」
レイルはソラを抱きかかえ、バイクを蹴り捨てた。
瞬間。銀の閃光が放たれた。膨大な熱の塊は調整されたかのようにレイルだけを呑み込もうと屈折する。
「レイルごめんっ。だいぶ痛くする!」
紫紺の力をがむしゃらに噴出して強引に跳ねた。すぐ背後で弾け飛ぶ光の飛沫。重々しく耳を劈く炸裂音が響き渡るなか、レイルとソラは何度も地面をバウンドし、転がった。
「フー……! フー……! は、はは。やっぱり殺せないんじゃん。私の、ことさぁ」
変な笑いが込み上げた。額から血が滴る。痛みと熱がまだ生きている実感を漲らせる。なのに、頭が酷くぼやけていた。
「レイル……無事?」
「入口に、ついた。空間の歪みがある」
煤を払いながらレイルは立ち上がった。黒い装甲を覆う肉の膜からどろどろと液体が流れ出ていた。時折、火花が機体の隙間から弾ける。
「…………ッ」
「キミの所為ではない。むしろ、助けられた。……ありがとう」
ソラに手を差し伸ばした。擦りむき、血まみれの脚でふらつきながらソラは立ち上がった。
「ド・マリニー……!! 観ているんだろう! ……俺にあんな依頼をしたのもこうなることが分かっていたからだろう!? 門を、開けろ!」
鼓膜を震わせる巨大な叫び。反射的にソラの肩が跳ねた。レイルが発した声だと、理解するのに数秒掛かった。
『キミに頼みたいことがあル。レイル・ヴェイン』
こんなことになった原因たる言葉。掠れた声。眼前、何もなかった空間に切れ目が入ると、入り口が形成された。
「……理解している。…………便利屋だからな。嗚呼、だが冗談じゃない。これが最後の仕事だ」
倒れ込むようにレイルとソラは目の前の空間に飛び込んだ。




