黒機
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
凄まじい騒音と振動が都市を縫うように造られた立体交差道路を揺らす。飛び散ったコンクリートの塊が加速するバイクのすぐ後ろで弾けた。
深夜の静寂が一転して銃声と駆動音に呑まれる。
「ギャハ! 本格的に来やがった! 雑魚共を振り払え!」
脚力でバイクと並走していたヴェディルが荒々しく叫ぶ。後方、追い上げるように無人の二輪車が追走していた。展開される機関銃。閃光が瞬く刹那、赤い斬撃が追跡者を切り裂く。
「ミオフィル、貴様は引き続き量産型を斬り伏せろ!」
うねるエンジン音と銃声に負けじとアレウスが大声を上げる。青い炎を噴出させるホバーボードを乗りこなし、幾重にも重なった分厚いゴーグルで上空を警戒していた。
「撃ってくるぞ! 合図をしたら切れ! さもなくばあとでちゃんと言うとやらの内容は永遠に謎のままになるだろう!」
「アレウス……なんでわたしにセクハラしないの」
「聞いてたの!?」
コートの中から叫んだ。身を乗り出す余裕はない。
立体交差道路の切れ間から球体状の金属の塊が機械砲の照準を定める。
「来るぞ! 三、いや、今だ。ハンドルを切れ!」
レイルは勢いよくハンドルを捻った。球体車輪と車体間で電磁力が激しいスパークを飛び散らす。
巨大な砲弾の雨が降り注いだ。音速を超える連射は弾痕を作ることはできない。爆発にも等しい衝撃が道路を貫き、崩壊させていく。
「ぅぁ……ッ!?」
ふわりと、ソラの身体が衝撃で浮き上がった。レイルは咄嗟にハンドルから手を離しソラを掴む。
「ご、ごめん……!」
「想定内だ」
数瞬遅れて、宙を銀閃が煌めいた。飛行ドローンが突然両断され、爆炎を巻き上げながら墜落していく。アレウスは冷や汗を垂らしながら勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ド・マリニー社の武器だ。貴様と戦う前に買うべきだったな」
「空間に干渉する力は視認できる。俺に意味はない」
「こんなときに張り合わないでよ!」
紫紺の光を放ち、強引にコートのなかまで這い戻った。心臓が破裂しそうなくらい鼓動を鳴り打つ。気が気でならなくて表情が歪んだ。
漠然と把握できる気配の色。距離。数。撃墜した数よりも増援の数が上回っている。急速に距離を縮めていた。
「レイル、このまままっすぐ走らせて。絶対カーブしないで! できれば速度も変えないで。振り落とされるから」
爛々と瞳が光輝していく。
「何をするつもりだ」
「私の想いを見せてやる……! ミオフィルさんも前に上がって!」
深紅の残像が危険を感じ取ってレイル達を追い抜いた。
「どう、するの?」
ソラは答えなかった。返答の代わりとばかりにバイクの軌跡に紫紺の残光が走る。頭のなか、胸の奥、下腹部。心臓。全部が全部燃えるような熱を帯びていく。
視界に追跡者の姿が入った。宙を飛行する小型のドローン。バイクに乗った数名の人間。ギリギリまで引き付けていく。殺意が肌を苛む。
敵の攻撃射程内に入った。緊張が限界を超えてソラは息を忘れた。色が突き刺す。向けられる銃口。――――来る。
「――ッ邪魔をするな!! 私と、レイルの!」
怒号を張り上げた。腕を突き伸ばして。叫べ! 叫べ! と命じる激情のままに力を撃ち放つ。
紫紺の輝きが道路を、夜の帳を貫き、破壊の力が全てを呑み込んだ。閃光が途絶え、後列の気配が消失する。遅れて、消し飛ばした気体が嘶くように重く低い唸りを轟かせた。
「…………嫌な慣れ方をしたかも」
対峙した途端、恐怖以上に冷静さが脳を満たした。心臓が全身に血を巡らせる感覚が曖昧になっていく。火照った身体の熱が麻痺していく。
「ギャハ! やべェ力だなぁ! もっと撃ちまくれ! オレらはよぉ。上空の敵で手一杯なんでなぁ!」
「さすがに連発は無理……!」
何気なく消え失せた虚空を見据えた。……気配が一つだけ消えていない。
首に刃物を突き付けられたような錯覚。背筋が凍り付いた。あまりにも似ていて、けれど別物の殺気。地を蹴って、すぐ背後まで――。
「ミオフィル! 逃げて!」
漆黒の影が腕を伸ばした。黒い金属装甲が飛行ドローンの照らす光を鈍く反射していた。腕から伸びる青い光刃。
けたたましい金属の摩擦。火花を散らす剣戟。【緋の爪痕】と敵の刃がぶつかり合う。黒くのっぺりとした頭部装甲。点滅する青い光。
「黒機の死神……! 今度は破壊する」
忌々し気にミオフィルは呟いた。鋭い歯が堪えるように強く軋む。鍔迫り合いの正面衝突。力は互角。互いに敵の一撃をいなし距離を取る。
「離れろ。キミは相性が悪すぎる」
レイルの警告は手遅れだった。
深紅の斬撃が幾重にも空間を切断しようとも黒機には無意味だった。空間に干渉する全ての攻撃を退け、金属の脚が蹴り上げる。
「ッ……速い」
ミオフィルは即座に身を捻り、一撃をいなした。刹那、甲高い銃声が華奢な体躯を貫いた。
舞い上がる血飛沫が速度に従い横薙ぎに散っていく。黒機の片腕に仕込まれたワイヤーはミオフィルの身体を引き寄せると、道路の外へ、高さ数十メートル下のスラム街へ。少女の身体を投げ捨てた。
「ミオフィルッ!」
ホバーボードの排気炎が急旋回の軌道を描いた。レイルとソラの護衛から離脱し、交差道路の下へと飛び降りる。
「オイッ! 仕事はどうすんだよ! ……クソ!」
狼の声に応える者はいなかった。
「同型の機体か。……冗談じゃない。あれが俺の……黒機の死神の正体か」
「違う! あれは黒機で、死神かもしれないけど。レイルじゃない」
確信に満ちた声でソラは否定した。レイルの頭部装甲が青い蛍光を灯す。
「……ソラ。頼みがある。運転を頼んだ」
「え? ぇ!?」
ぐらりと車体が大きく傾く。ソラは反射的に身を乗り出してハンドルを握り締めた。車体の排気口に紫紺の光が入り混じる。
レイルはバイクの後部に座ったまま、黒機と対峙するように光刃を構えた。




