↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
 三章:《十三の紫》と旧ミスカ大学地下図書館
35/53

羨望

 彼女を前にすると深刻なノイズが視界を覆う。情報処理が過剰に行われ熱を帯びていく。


「クロロインは見事に仕事をこなしてくれました。白の十三番の第一開花を起こしてくれましたから。レイル・ヴェイン。貴方も長い任務を見事終えてくれましたね」


「何の…………話だ」


 声を出すのが限界だった。装甲の隙間からスパークが弾ける。ふざけた冗談だと一蹴すればいい。だが出来なかった。なぜ動揺していたのかを理解はしたくなかった。


『レイル! 何してやがるッ! テメエが戦わねえでどうするんだ!』


 【肉の剣】が喧しく喚き立てる。だが剣を向けることも叶わない。機体が思い通りに動かなかった。


「今までお疲れ様でした。あなたのおかげで白の十三番は成長しました。もういいのですよ。あなたの役目は終わったのですから」


 機械的な女性の声。慈愛が混じる。瞳のない視線が穏やかに見下ろしている。呆然としてしまった。


「レイル……? レイル! 手、痛い…………!」


(そのまま手を砕け。彼女に優しくする必要はもうない。合理的に判断しろ)


「待って……くれ。彼女を、傷つけるな。どうして、この子なんだ。なぜ――!」


 ソラの声がすぐ隣で響いていた。エフィアがソラを遠くへ避難させようとしたが、それも叶わない。


 制御の効かない黒い手が彼女の小さな手を握り締めていた。離れてくれない。力任せに軋ませていた。痛みを押し殺す小さな悲鳴が零れる。


「レイルに何をしたの!? なんで皆、レイルを苦しめるの!? あんた達のことなんてどうでもいい! 関わらないで!!」


 メモリのデータが際限なく再生されていく。人間だったはずの身体が機械になっていたその瞬間から、人を殺した記憶。殺した記憶。殺した記憶。手で、脚で、ワイヤーで、異界道具で。数えきれないほど血生臭い映像が。


(最初に言っただろう。彼女は必要になる。今がそのときだった。これでお前はもう血の通わない体で、吐きそうな想いで人を殺す必要もない)


「やめろ……。やめろ……! やめろ!!」


 疑似的な痛みが限界を振り切った。どうしようもなく頭を抱える。頭部の蛍光が絶えず明滅し続ける。


 記憶の再生が銀の髪の少女を映していた。ソラと名乗った彼女は別の世界から来たように思えた。薄汚れて、滅びた世界のことを何も知らない。美しく、気高い。


(そう思うようにお前は造られた)


 自分が複製された存在だと知っても、記憶が偽りだと知っても、彼女は依然として気丈に振る舞う。過ぎた力を嫌悪することもない。


(だが――、ですがそれも終わりです。貴方はもう己を呪うこともない。彼女の存在もなかったことにすればいいのですよ)


 ……共通点はあったはずだ。だが、あまりに遠い存在だった。血濡れた手を握る少女。人殺しの機械に、傷ついているなんて口にする奴がこの世界のどこにいる。


(兵器に人間の真似事はつらかったでしょう。苦しかったでしょう。終わらせればいいのですよ。あなたはとても役に立ちました)


「レイル……、痛い……! 痛いよ。手、お願い。……レイル!」


 ――――彼女こそが人間だ。人間性……嗚呼。どうして手に入らない物を求めていたのだろう。思考が勝手に巡る。止めようにも、止められない。そう決められていたかのように記憶が焼き切れていく。


「すまない。ソラ…………、俺はずっと――――何一つ真実を話せなかった……らしい」


 造られた記憶は彼女だけの話ではなかった。黒機は別人? 死神は別人? 違う。紛れもなく自分自身だ。最初から人間の心なんて持ち合わせていなかった。羨望し、模倣していたに過ぎなかった。


 ずっと知りたがっていた真実は、最初からメモリに残っていた。


「何が、人間性だ…………。俺は最初から……人間ですら、無かった」


 機械になりたくない? 叶わない願いだ。造られたその瞬間から、ずっと人間ですらない。


 フェンリル人体工房の施設が瓦礫通りに変わったとき、何もできずに地に落ちて――そのまま投棄された試作機。カノン・クロムウェルのなり損ない。


「……すまない」


(謝る必要はありません。あなたはワタシなのですから。仕方ないことは仕方ないと、諦めるのが貴方らしいですよ)


 ゆっくりと、銀機が地に着いた。指向斥力機によって彼女の周囲を纏う空間と重力が捻じれる。蒼雷が迸った。金属の翼がゆっくりと折り畳まれる。


「さぁ、ワタシのレイル。白の十三番を」


 誰でもいい。殺して欲しかった。壊して欲しかった。リーミニを避難させたのか、他の敵がいるのか。エフィアは見当たらなかった。


 プログラムが無秩序に乱立し、データを再構築していく。レイルは命令に従った。力任せにソラの手を引っ張った。


「…………ソラ。……すまない。――ごめんなさい。…………優しいって、言ってくれたのに。キミは自分の全てを受け入れて、前に進もうとしていたのに」


 歪に保ち続けていたはずの、取り返しのつかない何かが壊れた。人格を形成していた来歴が根底から崩れて、自我を見失った。


「俺は結局、――自分を受け入れられなかったんです。抗うこともできなかったんです」


 警告音が響く。赤く染まった視界のなかで、ソラが表情を歪ませていた。


「……ッ! カノン・クロムウェル!!」


 ソラは決死の想いで声を荒らげた。紫紺の輝きが瞬く。悠然と振舞う銀機に向けて、恐れることもなく眦を決した。燃え上がる光輝。


 想いの力が絶えず増幅し続ける。何もかもを破壊できるはずの力が温かな熱を帯びていた。


「私のだ……」


 腰に吊るされた【紫紺の涙】が激しい感情の渦に呼応し輝き出す。


 ――――叫べ。殺せ。目の前の敵を破壊しろ。


 少女の中に秘められた暴力的な本能が命じる。呑み込んだ。膨れ上がる憎悪と理性が混ざり合う。力を指先に込めた。


 レイルを壊さないで欲しい。引き離さないでほしい。余計なことを聞いたせいで頭はずっと真っ白だ。ただ、途方もなく力が湧いた。


「……レイルはあんたのなんかじゃない!」


 叫んだ。空気が震え、非科学的な力の波が光輝する。そして、紫紺の一閃を銀機へ撃ち放った。


 放たれた一条の軌跡が空間を焼き切り――カノン・クロムウェルによって片手で受け止められた。逸らされた一撃が地面を貫き穿つ。砂塵が、紫紺の飛沫と共に舞い上がる。


 カノンは何とでもないように歩み寄ってくる。銀の装甲には僅かな焦げ跡と小さな歪みしかなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。