戦友
申し訳ありません。一部改稿してシーンを追加しました。
「効かない……?」
「以前、《十三の紫》には手酷くやられました。わが社は瓦礫通りなどという不名誉な残骸へと成れ果てたのですよ。ですが二度はありません。我々は力を乗り越え、解析し、わが社の力に変えるんです。だから貴女が必要なのですよ。白の十三番」
「クロロインさんは私が怪物になる前に処理をつけようとしてた。でも、本当にあんた達がしたいことは……この力が欲しかっただけなの?」
銀機は肯定するように頷いた。深紅の光が銀機の頭部で明滅する。
「貴女も同じではありませんか。何かをするには力がいります。どれだけ大切な者がいても、圧倒的な暴力で破滅を望む者がいれば――」
白銀の髪を荒く乱す衝撃波がソラの真横を通り抜けた。足元を黒く焦がす加速。舞い上がる砂塵の中、紫紺の軌跡が偃月を描く。
「最初から世界が滅んでしまえなんて想う人はいないよ。うん、でも同類だなあ。僕らは」
鈍く煌めく双刃刀が眩い光刃がぶつかり合った。激烈な衝撃と振動。劈く金属音と共に鋭く火花が飛び散る。柄の両端が作り出す無数の剣閃と円弧。斬撃。刺突。カノンは全て斬り払い距離を取ると片腕を突き向けた。
「とっくに破滅主義になった貴方が今更なにをしようと言うのですか?」
「滅んでしまえと願うことと、同じ考えの人間が増えて欲しいって思うことは同じじゃないでしょ? 僕の勝手さ。キミも権力と力に任せて好き勝手してるじゃないか。二人のささやかな願いを潰そうと躍起になってる」
展開される純銀の砲身。広がる装甲パーツの隙間を蒼雷が迸り、科学が生み出した破壊の力が純白の光が収縮し、放たれる。
「――ラムダに還せ」
獰猛な笑みを浮かべ、エフィアは唱えた。加速し回転する双刃刀。一方の刃が放たれた光を打ち流す。衝撃が生じることはなかった。発生した力の流れは捻じれ、異界道具の刃に吸い込まれていく。
「だから異界道具は嫌いなのですよ。万物が従うべきルールに反した無法者です。…………ワタシのレイル。ソラを人質に取りなさい」
白銀と紫紺がぶつかり合うなか、冷徹な命令が確かに響く。逆らうことの出来ない音と微弱な電波がレイルの思考回路を巡り、熱を帯びて上書きしていく。
(開花した以上彼女に優しくする必要はありません。尊厳も、精神も。抵抗しうる可能性を潰しなさい)
――やめてくれ。痛いんだ。
激しいスパークが弾け飛ぶ。創造主の命令に逆らうことはできなかった。造られた自我よりも彼女の言葉が重く、機体は勝手に動く。
『おいレイル! 殺す気か!?』
ソラの手を引き寄せ、華奢な体を締め付けた。冷たい金属の身体でギリギリと万力のごとく少女の骨肉を軋ませる。
「痛い――ィ、痛ッぁ……ッ、レイル! レイル……――!」
ソラは苦痛に悶えるように歯を軋ませた。瞳の光が酷く動揺し、不安定に揺れ動く。震える呼気で深く息を吸った。雫が足元に落ちて弾ける。
「ソラ……、いい機会だ。…………俺を殺せる。復讐にケリ、をつけ、るんだ。力を――流、しな、さい」
途切れ途切れな合成音で、懇願するように囁いた。ソラは咄嗟にレイルを見上げ、睥睨し、形容できない感情が爆発した。動揺し、弱りかけた力の流れが再燃する。紫紺の光が黒色を埋め尽くす。
「――――ふざけんなッ!!」
波打つ紫紺の輝きを込めて、力任せに自身の頭部をレイルへ強打した。頑強な金属の身体に阻まれ鋭い痛みが脳天まで突き刺す。鈍く熱と共に広がっていく。
「なんで……なんで、そんなこと言うの!? 私が――」
前とは違った。もう無力ではなかった。操られているだけのレイルは微塵も怖くなかった。重い一撃をさらに振りかざして、頭部に痛みが滲む。
確かなダメージはあった。お互いに。
殴打を何度も繰り返すたびに視界が衝撃と涙で朦朧とする。焼けそうなくらい目頭に熱が籠る。吐きそうなくらい胃のなかが搔き乱される。
「ッ――フー……! フー……!!」
「殺したイ、なら。手加減を……するな」
拘束は解けなかった。湧き上がる力の全てをぶつけることなんて出来るはずもなかった。殴打に眩む頭よりも、全身を締め付ける冷たい力よりも、途方もなく喉の奥が痛む。指先が痺れる。
「あああ!! アアアア……! なんで、ふざけないでよ……。無理だよ。殺したくない。殺せる訳ないでしょ……!!」
前とは違ったはずだった。レイルを殴った時とは違ったはずだった。……もう無力ではないはずなのに耐えられなかった。吐き気がする。苦しい。――痛い。…………レイルを傷つけたくない。
『ギャハ! ソラァ、本気で来やがれ。オレが受け止めてやる。今のレイルはオレを使う資格もねェ。ただ残虐な奴も、臆病な奴もいらねえからよおおお。けどソラ、今のテメェならいいぜェェェ! 最高に悩んでる!』
【肉の剣】から赤い根が伸びた。黒い金属装甲を巡り、浸食するように広がるとレイルの色を呑み込んでいく。
「やめて…………」
加減する気配など微塵もなかった。赤く膿んだ刀身が爛々と目を見開いて、脈打つ肉がレイルの全身を覆っていく。――呪い。強力な異界道具の対価。悩む時間をくれるほど親切な奴は誰もいない。
カノンの一閃がエフィアの片腕を斬り飛ばしていた。【色彩音】が教会に近づくいくつもの気配を訴えている。
手を打たないと――――。……嫌だ。嫌だ。嫌だ。レイルも、リーミニも、【肉の剣】も。これ以上、誰にも。
『何もしねェならオレがポンコツを乗っ取ってやる。もうお前のだーいスキなレイルは消えるぜェ。喰うからなァ。嫌ならよォォオオ! やってみやがレ!』
弱々しい黒色が獰猛な赤一色に塗り潰される。ソラは顔を引き攣らせた。両方を選ぶことが出来ないことを理解して、込み上げる嗚咽を呑んだ。
「――――ッ!!」
赤い気配を押し潰すように紫の光を巡らせた。全身が裂けてしまいそうな破滅の力を【肉の剣】を介してレイルへ撃ち放つ。ほんの数瞬が……酷く長かった。ゆっくりと身体から剥がれていく黒い腕。吹き飛ばされる機体。
「あああああああ……! あああああああああああああぁぁ……!」
蛍光する双眸が、側頭部に浮く科学の力が全てを見せつける。レイルを覆うように広がっていた赤い根が衝撃以外の全ての力を喰らった。
紫紺の光が刀身へ流れ、巨大な瞳が膨張し――――破裂する。刃を脈打つ赤い血が紫紺に染まり、膿んだ肉が弾け飛ぶ。
『一回分だぜ。くれてやらァ』
纏わり着いた赤い触肢が黒い腕を突き動かす。ブチブチと破けていく刀身がカノンへ牙を向ける。粘液を帯びたアギトが開いた。
――そして閃光が瞬いた。全てを消し飛ばすような叫びを、圧縮し、加速させ、ただ一点を狙い澄まして轟かす。
「…………また、異界道具風情が」
空間に干渉する力を観測することはできても、紫紺の力によって放たれた一撃を完璧に回避することは不可能だった。
一撃を掠めた片翼が音もなく消し飛ぶ。抉れた断面から磁気を帯びた紫電が迸った。火花が散り、どろどろとした青い液体が零れていく。
『ギャハ……! やってやったぜ。やっぱり美味ェなぁ。てめェの力。ドブの中に咲いた花みてぇでよォ。嗚呼、けどヨぉ……レイ、ル。お前と、一緒に。…………ドブネズミの、唐揚げ…………あれも、美味かっタ』
気配の色が、耳鳴りのような声が、同時に途絶えた。
赤い刃が塵となって崩れ落ちる。レイルを護るように、黒い装甲一面に広がった肉の膜と根は依然として力強く残ったままだった。




