祝福
「そうとも。愛、愛が全てを肯定するのさ。憎悪でも思想の違いでもないよ。愛する者の願いをかなえるため、守るため、期待に応えるため。救うため、殺すため……僕らは行動して、その行き着く先が、破滅を願うことだった。けど、キミはまだ違う。まだ、違うんだ」
憂いげな物言いに、ソラはようやくエフィアの顔を覗いた。儚いような、達観したような笑みが向けられる。彼の首筋に当てられた赤い刃先。気づけば、レイルが彼の背後を取っていた。
「レイル、……やめて。その人に敵意はない」
「殺すつもりはない。だが、納得もいかない。彼女が純白種だから、貴様らは彼女の意思の関係なく祝福を刻んだのか? クローンまで造らせたのか? 貴様らの、愛とやらのために」
――怒り。苛立ち。抑揚の無い合成音に気配の揺らぎが入り混じる。鋭い色の波が肌を苛みながらも、ソラは嫌な気分はしなかった。。
「僕らの意思じゃない。依頼されたのさ。商会にね。ああ、クローンの制作自体は彼らも依頼された側さ。言ったじゃあないか。全ては愛。愛のために生まれたんだ。彼女の義父は邪な想いなんてなかったよ。でも歪みはあった。企業のくだらない企みに付け込まれる程度にはね」
「…………結局は依頼を受け入れた。ろくでもない企業だと知りながら、貴様らは。何もかもを知っていた上でヘラヘラと笑い続けた。その笑みはどういう意味だ? 何がおかしくて笑っている」
一層強く感情が滲む。見たこともないものを見るように、リーミニが瞠目していた。エフィアもまた、一瞬驚いたように無表情になったが。ゆったりと笑みを浮かべた。
「……どうしてキミが怒るんだい? 僕が憎いのかい?」
「憎いかだと? よくもそんなことが聞けたものだな」
「そう? 僕は不思議に思ってるよ。彼女の義父を殺したキミが、どうして平然と僕らを問い詰めれるんだい? 仕方ない殺しだったから? そうやって自分のことだけ、正当化するのかな?」
「………………」
――貴様らさえいなければ。
この言葉が当てはまるのは決して彼らだけではない。……表情がないことに今だけは感謝した。黒い頭部装甲が青く点滅するだけで済んだ。
重々しい静寂を打ち破ったのは勢いよく扉が押し開かれる音だった。
「エフィ……ぁ、様。敵が、商会と工房が……すぐ近くまで」
《十三の紫》は脱力するようにその場に倒れた。赤く染まったローブから、見る間もなく血溜まりが広がっていく。
「嗚呼。キミの次が救われますように。愛する者と共にいられますように」
エフィアは穏やかに祈りを捧げるだけだった。
まだ生きているのに。手当をすれば間に合うかもしれないのに。ついさっきまで何人も見殺しにしたくせに、焦燥がソラの体を突き動かす。レイルとエフィアが同時にソラの肩を掴み、抑え込んだ。
「なんで止めるの」
「もう手遅れだ。近づくと巻き込まれる」
「彼も白の十三番ほどじゃないけど、祝福を受けてる。僕らは死んだら、開花するんだ。この世界にいる限りね」
直後、倒れ伏した信者の背から赤黒い骨が突き出た。皮膚を白い布地を破り血飛沫が上がる。骨は翼の骨格を形成していくと、肉の膜を広げていった。
「が……ッぁ、が……、ぁ あ。 りグぷブ、ひ。う、ぢ」
倒れ伏した信者が苦痛に悶えるように激しく痙攣し続ける。言葉にならない呻き声と祈りが、生命と共に口から漏れ出て行く。やがて信者の全身を紫紺の輝きが覆うと、途方もない力の渦の中で身体は変質した。
異常に肥大した白い体躯。血の流れはつねに紫に燐光し怪物の全身へ巡っていく。
破けた両翼が仰がれた。血に濡れ、今に死にそうだった信者の姿はもはやない。燃える三眼。滴る黒い涙。鋸状の歯が軋み、嫌悪すべき笑みを浮かべる。隙間から赤い吐息が零れていた。
「……なに、あれ」
「愛、愛だとも。僕らは破滅を望んでるんだ。愛すべき主は光が地を滅ぼすことを望んだから。――行っておいで。 アティエル」
説明にならない説明。それでも漠然と、死した《十三の紫》が異界の化け物になることは理解できた。
クロロインが言ったことが真実なら、過去にフェンリル人体工房を破滅寸前まで追い込んだ生物が目の前で生まれたということだ。
「私も……死んだらアレになるの?」
自問自答。酷く喉が渇く。……誰も答えてはくれなかった。外で得体の知れない雄叫びが轟き、教会内にまで残響を刻んでいく。
次の刹那、視界の全てを覆うほどの殺意の色が垣間見えた。紫紺の輝き、黒、赤の色を塗り潰すほど強大な――銀の光が。
放たれた。天井を貫く一条の閃光。着弾と同時に光の飛沫が熱を帯びて弾け、空気を、地面を震わせた。重々しい衝撃と共に雷鳴のごとく耳を劈く炸裂音が響き渡る。
くたびれた教会の屋根など一瞬にして崩落した。レイルは即座に【肉の剣】を掲げ、唱える。
「二回分だ。叫べ」
『ギャアアア! 気にくわねえカルト野郎を喰えねえのは不満だなッ!』
降り落ちる瓦礫が空間を喰らう一撃を前に消し飛ぶ。砂塵は晴れ、空気が消失し、異様な不協和音だけが残った。
藍に染まった空が見えた。その中心、銀の輝きが一点に存在していた。金属質の翼。天使のように浮かぶ機械仕掛けの光輪。長い髪が靡いていた。左右非対称の装甲。のっぺりとした白銀の頭部。
「カノン・クロムウェル」
レイルは忌々し気に名前を発した。




