理解
着いた先はソラの知る教会とは程遠いものだった。なんてことの無い廃墟だ。建物自体は大きくも小さくもなかった。
トタンで補強された屋根に廃材の十字架が突き刺さっている。
剥き出しのケーブル。ひび割れた壁。片隅に積まれたゴミの山。数えきれないほどの修繕の痕。張られたワイヤーに干される白いローブ。
手製の花壇もあった。生えていた草は枯れているか、黒く変色していた。無造作に突き刺さるアンプルを粘菌が覆っていた。
周囲に並ぶ錆びた貯水タンク。得体の知れない巨大なパイプが瓦礫を這うように伸びていた。折れそうな街灯が一本だけ、ぼんやりと灯りが着いていた。点滅して、今にも消えそうな光だった。
「自慢できたものじゃないけど。ここが《十三の紫》教会さ」
軋む扉を押し開ける。薄暗い身廊に並ぶ無数のパイプ椅子。リーミニは深く俯き、両膝を抱えて座っていた。
扉の音にぼんやりと顔を向ける。数瞬の間をおいて琥珀の双眸が見開いた。
「ッ! レイル……! ソラ…………!」
リーミニはすぐさま駆け寄った。泣き腫らした瞳で見上げ、華奢な腕が感情のままにレイルを抱き締める。彼の無事に安堵する一方で、どうしようもなく手足は震えていた。浅く呼気が刻まれる。
「リーダー……、わたしの所為で……、わたしを、守ろうと、して。わたしが……缶詰のことで、怒ったから……! それを、ッ、気に、して」
レイル達がいなかったときの状況を必死で説明しようとしたが、堪えることのできない嗚咽の所為で喋ることもままならない。
「……誰の所為でもない。思いつめるな。リーダーはただ、したいことをしたんだ。あいつは――格好つけだからな」
「こんなっ、に……なるなら、もっと。いろいろ……言いたかった。リーダーに、もっと、もっと……ッ!」
黒い手がやさしく翡翠の髪を撫でる。遠くを見据えるように表情のない顔が窓の外を覗いていた。
ソラは話しかけることもできなかった。一機の様子を、ただ見ることしかできない。眼の輝きだけが隠し切れずに激しく揺らいでいた。
「…………」
どうしようもない自責以上に、居場所のない感覚が胸を突き刺す。レイル達の思い出のなかに自分だけがいない。――――私だけが。
初めてリーミニ達と会った時と、全く同じようなことを思い詰めていた。稚拙な感情だと分かっていたが、想いに呼応する力は押し殺すことも許さない。瞳に出てしまう。……見られたくなかった。
「感情が表に出ることはつらいだろう?」
見透かされた。よりによって《十三の紫》の信者に。エフィアの飄々とした態度が否応なく神経を逆撫でる。
「知ったかぶりはやめて。あんたなんかに分かりっこない」
ソラは逃げるように身廊の奥へ歩き進んだ。崩れた壁から僅かに光が差す祭壇。数歩の階段を魅入られるように上がると、硬い地面を突き破って、小さな花が咲いていた。
名前も分からない……白い花弁の花だ。仄かに紫紺の光を灯していた。魅入られるようにソラはしゃがみ込んだ。他に意識を向けたくなくて、ただ一点を見詰めた。
「その花が気になるかい?」
背後で声が響いた。無視したかった。深い嘆息をついて、紫の混じった銀の髪を指でつまんだ。
「……興味ない」
「その小さな花こそ、僕らに祝福をくれた神様なんだ。人型のときもあるよ? 言葉にできない形状のときもある」
「どうして私なの。あんた達が白の十三番になれなかったの?」
「できることならそうしたかったけど……、神様と同じ世界から来た存在じゃないと、祝福を完璧に受け止める器になりきれなかったんだよねぇ」
勝手なことを。そんなことを口にする気力もなかった。今この場で花を踏み潰してやろうかと思った。けど……それもできなかった。
それが花の持つ神威なのか、紫紺の力を与えられた代償なのか。疑問が晴れることはない。だが、その程度のことはどうでもよかった。
「力が……出せてないって、言ってたけど。私はどうしたらいいの? あんた達みたいに破滅信仰者にでもなればいいの? 白いローブでも着ればいいの……!?」
ソラは顔を背け、花を見据えたまま訊ねた。
「違うさ。僕らは結果的に世界が滅んでしまえばいいのにって、思ってるだけで。逆にキミは、力の本質……簡単に人を殺せる力は、攻撃性の原動力はどこから来てると思うかい?」
「……感情」
「もちろん、怒りや殺意、嫉妬にも呼応するとも。けどそれで人を殺せば、段々と心が歪んでいくんだ。生きるために仕方なく、本能に従って人を殺す街の奴らと同じさ。壊れてる。苦痛のなかで疲弊していく」
「回りくどい説明はやめて」
「回りくどくなんかないさ。思い出してみるといい。白の十三番、キミが人を殺したとき、どんな想いで殺したんだい? 怒り? 殺意? 違うだろう。円筒の中のキミ達が能力を開花できずに、キミだけが覚醒できたのには理由があるはずだ」
手に残るドロドロとした感触。熱。内臓を打ち刺した一瞬の記憶。何もできずに……殺されるのが嫌だった。自分の話じゃない。
あいつを殺さないで欲しかった。無力な自分が嫌いになった。壊されたくないものが壊されかけたから、一線を越えた。
「…………ッ、私は」
息ができなくなりそうだった。浅く、無意味な呼気を刻む。肌寒いはずなのに、汗が流れ落ちた。揺らいでいた双眸の輝きは一層強く、強く光輝しながらも穏やかに静止した。
「僕らは共通した一つのことにならどれだけの対価を支払うこともできるし、躊躇いも、罪悪感も無くせるんだ。たった一つのことのために、世界を捨てることだってできるはずなんだよ」
胸のなかを渦巻く熱が耐えきれないほど熱くて、吐き出したくて、ソラは小さな口を開けた。必死に、宥めるみたいに胸を撫でても。理解をしてからは手遅れだった。
(ソラさ、ん――人も……殺せないような、目をしてお、……信じ、てぁ、……ですが。一線を、超えれ……っほど、レイルを……想っ――ぁー…………)
クロロインが死に際に呟いた言葉。彼女は、分かっていたのだろうか。分かってたから、一方的に微笑んで――。
「私は……!」
だって、名前を呼んでくれたんだ。お前は白の十三番じゃないって、言ってくれた。何も隠さずに教えてくれた。大切だって、言ってくれた。それだけで充分過ぎた。それだけで、力が湧いた。人を殺した。
「私は………………好きなんだ。レイルが」
俯いたまま、消え入りそうな声で呟いた。




