加速
驀進する狼に向けて銃口を突き向ける。――発砲。乾いた銃声が連続で響く。
「銃ってのは一人が撃ったところで届かねえッ!」
柔軟にしなる鉄線が飛来する弾丸を全て弾きいなす。けたたましい金属の摩擦が火花を散らし、ヴェディルは超常的な跳躍で強迫していく。
「銃ってのは数で圧倒するときに使うんだぜ! ァオオオオオオオン!」
雄叫びの合図と共に襲狼者達は銃を構えた。押し込まれる引き金。銃声が重なる刹那、ラビットサイトが回避不可なまでの弾丸の予測軌道を視認させる。
「レイル、借りるよこれ!」
ソラはそう言って自らレイルのコートに体を潜らせた。黒い金属装甲に直接しがみついて弾丸の嵐をやり過ごす。耳を劈く衝撃。弾丸が車体を撃ち付ける音。
「いい判断だ。面倒が減る」
「……褒めてるつもりなの?」
銃声のなかでもハッキリと響くレイルの言葉が、ソラに一層強い力を込めさせる。ぎゅっと。振り落とされないよう無遠慮に腕を回したまま。
『レイル! てめえオレ以外を使うなって約束も破ってとうとうグレネードかぁ? 久々にマジじゃあねえか!』
「お前を振ると横転しそうになるんだ。……痩せろ」
直後、空気を震わせる炸裂音が悲鳴に混じる。だが銃声が止む気配はない。空気を裂く衝撃が頭上を通り過ぎる。乾いた着弾音。車体、レイル自身、際限なく銃撃が容赦なく撃ちつけていた。
「まずいな。ラジエーターに被弾した」
「ラジエーターって!?」
「大事な部品だ。俺のじゃないぞ。ああ、また衝撃注意だ」
襲狼者の銃撃を縫うようにヴェディルが迫る。四足で瓦礫を駆け、牙を剥き出しにして異界道具のワイヤーを射出した。金属の一閃が宙を貫く。
【肉の剣】で打ち弾いた。激しい摩擦がワイヤーを赤熱させるものの断ち切れない。触肢のごとく自在にうねる線が【肉の剣】の柄に巻き付く。
「捕まえたぜ! これからオレの異名は死神殺しかぁ!?」
ワイヤーで剣を縛り付け、ヴェディルは力任せに異界道具を手繰り寄せた。車輪が叫びをあげるように深く地面を抉り込み、エンジンが力負けして減速していく。
「レイル! 私が運転する!」
「したことが――――」
「あるわけないでしょ!」
レイルの身体にしがみついたままソラは強引に腕を伸ばした。ハンドルを握るも、操縦の効かなくなった車体が暴れ狂う。
マフラーが激しく地面を擦り付けてへしゃげた。音を立てる振動が視界を揺さぶる。アクセルレバーを強く握り締めると、すぐ隣を弾丸が掠めた。
バクバクと痛いくらいに心臓が高鳴る。知覚が拡張されて喧しいエンジンの音が、飛散する瓦礫の破片。突き出た標識や鉄骨の全てがゆっくりと見えた。
ヴェディルは遠心力に振るわれながらもワイヤーを手放そうとはしない。黒機と加速の負荷が【肉の剣】を限界寸前にまで軋ませる。
「そいつを引っ張って!」
ソラは叫んだ。得体の知れない力の片鱗を行使しようと、瞳が爛々と輝き出す。紫紺の残光が一条の尾を引いた。
秘めたエネルギーの一片をバイクに循環させていくにつれてエンジンの駆動音は爆音を轟かせる。――加速。加速。加速。最高速度をゆうに超えた。マシンパワーの限界以上の負荷がバイクを紫電を迸らせる。
――加速。襲狼者の跳躍をも越す速度でホイールが回転を続ける。焼き切れる焦げ臭さが横切っていく。風切り音が髪を、コートを強く靡かせる。
「万能のエネルギー! それはどこまで続けられる! 皆置いてかれちまったじゃねえか! ラインフォード商会の奴らが欲しがる理由がよくわかるぜェ」
ワイヤーに引かれ便利屋の身体が宙を舞った。レイルは絡みついた異界道具を引き寄せ、飛来するヴェディルに向けて【肉の剣】の刃先を突きあげる。
「そんな見え見えの攻撃喰らうわけねえだろッ!」
ヴェディルは嘲り、異界道具の鉄線をしならせた。うねる一閃。反動で宙を蹴り込み、剣撃を跳ね避ける。
「なら次からは前を見なさい。犬っころ!」
ソラは小さな手でハンドルを切った。体を、車体を地面スレスレにまで傾け摩擦を轟かす。レイルが腰を掴んでいなかったらソラはとっくに地面とキスしていただろう。
じりじりと散る火花。激しくスライドする後輪。僅かな滞空。強引な急旋回によって生じる慣性がヴェディルを振るい薙ぐ。
「調子に乗りやがっ――――きょぁッ!?」
瓦礫から突き出ていた鉄骨へヴェディルは全身を殴打した。鈍く、打突音が子犬のうめき声と共に鐘のように響く。ワイヤーが脱力するようにするりと解けた。
便利屋の身体が加速の置き去りにされて地面をバウンドした。一瞬にして後方へ消えていく。
「…………死んじゃったかな」
ソラは憂いげにレイルを見上げた。ぐらつく車体。慌てて前を向きなおし、瞳を蛍光させたままアクセルを握り続ける。
「いや、身体補強の刺青を相当彫っていたはずだ。骨折程度だろう」
レイルは嘘をついた。彼が生きているかどうかの判断はつかなかった。常人なら、まず命はないだろう。即死しうる衝撃だった。
「……そっか。ならよかったかも。もう、手なんて汚しちゃってるのに。そう思うの」
「殺さなくて済むのなら殺す必要はない。悪く考えることはないだろう」
「それだけ? 私、すごく頑張ったけど」
ソラは自嘲した。自分は……なんて言って欲しかったのか。そんな自問自答に、ほんの一瞬で答えが出てしまったことがバカみたいで。
「……助けられた。感謝している。だがソラ、頼むから無茶は――」
「レイルにだけ無茶してほしくないの」
――沈黙。気丈な双眸は紫紺に染まりながらも凛としたままだった。レイルは返答に言い淀んでソラの髪を撫でた。
白い髪と、自らの機械仕掛けの黒い手を交互に見つめて、顔部の装甲が青く点滅する。
「俺は慣れている。この手で何度もそういう仕事をしてきた。だがソラ、キミは」
「嘘。慣れてなんかない。表情がなくても、体が機械でも。……レイルは傷ついてるよ」
「なぜそんなことが言える」
自身の語気に苛立ちが籠っていることにレイルは気づけなかった。
「…………やさしいから。……って何言ってんだろ。嗚呼、もう……やっぱり忘れてよ。本当に」
「ああ、……善処はする」
ソラは表情を隠すように半身を屈めた。粗暴な振動と風切り音が荒々しく髪を靡かせる。
「街……見えてきた。早くリーミニ達に――――」
瓦礫通りを抜けて視界が一気に広がっていく。かつての摩天楼。ひしめくように形成されたバラック群。至るところで黒煙が立ち込めていた。上空を飛空するヘリ。無数のドローン。遠くないところで爆炎が上った。
「ッ! レイル、あれって」
「フェンリル人体工房……」
無機質な声。ソラにだけ伝わる震えに人間性が入り混じる。
「急ごう! リーミニ達が!」
勢いを止めることなくアクセルを握り続けた。銃声、悲鳴、怒号。耳障りな音を横切っていく。




