交戦
道端は既に死体で溢れていた。血だまりに沈む手足。焦げた肉の臭い。ごみのように棄てられた人間。ほとんどがスラムの住民だった。
『あなた方はスラムの治安を破り平和を脅かす異端者です。我々は屈することはありません。悪に立ち向かい、テロリストの殲滅を約束しましょう』
ヘリから響く不快な嘘。まだ生きている人間は武器を構え、必死に逃げ道を探していた。抵抗し、撃ち抜かれ。避難経路を誘導し、焼かれ。
「自警団は何をやってるんだ! こいつらは一体なんなんだよ!」
「ママ! ママ!? どこにいるの!?」
「敵が多すぎる! 企業の犬共が――――!」
逃げ惑う背に放たれる機銃の音。全てを脳裏に刻み込んだうえで、ソラは依然としてアクセルを握り続けた。
大きく息を吸って、吐いて。自分でも理解ができないくらい冷静さを保つことができた。だが、バイクが先に限界を訴えた。
紫紺の輝きによって強引な加速を行った車体はブスブスと黒煙をあげて減速していく。
「こんなところで…………!」
同時、眼前で砂塵が舞い上がった。トタンの屋根が砕けて、重々しい地響きと共に深紅のボディーアーマーで全身を覆った敵が目の前に降り立つ。――二名。
ソラが咄嗟に銃を構えるよりも、敵の銃口が向かうよりも疾く、赤い軌跡が閃いた。刀風がソラの頬を過ぎる。
【肉の剣】が無造作に投げ放たれ分厚い装甲ごと【肉の剣】の刃が血肉を抉る。黒い影を残してレイルが地を蹴った。剣を引き抜いて、剣先をもう一人に突き向ける。
「叫べ」
『一回分だぜェエエエエ!』
パン、と。空間が消し飛んだ。残響が戦慄く。空間を消し飛ばす一撃は血肉の一片さえ残しはしなかった。
「急ぐぞ。こっちだ。絶対に離れるな」
「っ……うん」
返り血に濡れた冷たい、硬い手を掴んだ。強く引っ張られて、人混みとゴミ溜めのなかを強引に進んでいく。血と瓦礫に覆われた地面を強く蹴って、すぐ隣で崩れていく建物を無視した。泣き叫ぶ子供、頭上で飛び交う爆撃の軌跡。無視した。走り続けた。
リーミニ達のいる廃墟ビルにまで近づいたが、周囲の惨劇が報復の冷徹さを知らしめた。立ち込める死臭。燃え上がる人間、建物。瓦礫に埋もれた半身。何もかもを無慈悲なまでに五感が刻みつける。
嗚咽が込み上げてソラは目を見開いた。瞳が潤む。レイルは表情を変えることもできないまま辺りを一瞥した。握られた手が僅かに痛む。
「非戦闘員はただちに二十六市へ避難しろ! 敵が来たぞ!」
スラムの自警団とフェンリル人体工房の兵士は既に交戦状態にあった。鳴り止まない銃声。戦力差はあまりに歴然としている。
敵は強力な武装に物を言わせて肉薄し、一人ずつ強引に斬り伏せていく。ただただスラムの地面が血を吸っていた。
「……クソが」
レイルは悪態を零した。自警団の一人に引導を渡そうとする敵に向け、ワイヤーを撃ち放つ。首を捉え、巻き上げた。そのまま【肉の剣】で刺し貫く。鋭い血飛沫が舞った。
「【黒機】……!」
助けられた自警団は縋るように異名を口にした。だがすぐに憤りを帯びた眼差しで睨み据える。
「お前……仕事をしくじったのか?」
「放棄した」
「なんでそんな非合理な――!」
自警団の言葉は弾丸によって途切れた。吹き飛ぶ脳漿。血と臓器。半身のない体が崩れ落ちるように倒れる。
「お前達を見ると……反吐が出る」
銃声を辿りレイルは疾駆した。即座に敵兵に肉薄し頭部を鷲掴む。衝撃のまま敵の身体を地面に叩きつけ、胴部を踏み抜いた。銃声以上に重く物々しい不協和音が轟く。
「……俺には人間と缶人の違いが分からなくなりそうだ」
ソラは何もできないままジッと見届けた。黒い装甲、コートが赤く染め上げられていく。
「レイル!!」
荒々しく名前を呼んだ。離された手を握り直す。血でぬめりけを帯びていた。構わなかった。介する事なくジッと睨み、見上げる。
「私は――――気にしないから。早く、二人を探そう。助けよう? レイルが助けた人なんでしょ! だから……早く!」
廃墟のビルまで駆け込んだ。薄暗く狭い廊下も夥しい数の死体に埋め尽くされていた。ゴミに混ざり、ドブ臭さと血の臭いが嗅覚を劈く。
「これ……死体、ほとんどが敵のだ」
「自警団の隊長格だろう。彼らは全員異界道具で武装している」
ソラは一つ一つ気配の色を確かめた。紫紺の瞳が生気のない眼を、破けた臓物を見下ろしていく。そして【色彩音】は微弱な色が漏れていた。
「あの人まだ生きてる!」
駆け寄った。ソラが抱き起そうとすると、自警団と思しき中年はその手を拒みレイルを見上げた。怒ることもなく笑いかける。
「はは、は。会えるとは、思わなかった。……報復は、まだ終わっていなかったか。……この子が契約を破棄した理由か? 」
男はふらつきながら立ち上がった。茜に染まる異界道具の剣を杖の代わりにして。いくつもの銃創から痛々しく血が滲んでいく。
「…………すまない」
表情のない顔部装甲が点滅した。怒りや殺意を向けられるほうが何倍もマシだった。
「謝る、ことはない。こういうときのために我々が、いるのだから。……それに、黒機の依頼を仲介することで、それなりに儲けてた、から。……だから、構うことはない。それ、よりも。貴様の同居人が、まだ上に」
「…………!」
レイルは無言のまま頷くと同時に階段を駆け上がった。ソラは僅かに戸惑い、立ち止まり、黒い背中と重症の自警団を交互に見つめたが。
すぐにレイルの後を追った。手を握り締め、息が果てていても華奢な脚に力を込め続けた。




