10 冒険者ギルド
やってまいりましたは、異世界物の定番冒険者ギルド。
街の一等地にあるにしては、ギルドの中は安酒場といった雰囲気だった。
昼間から酒を飲んでる、飲んだくれたちがいる。
もっともただの飲んだくれでなく、相当に鍛えられた体付きに、厳つい顔の男ばかり。街の外でモンスター相手に戦う職業だけあって、戦闘力が高いのだろう。
しかし昼間から飲んでるとか、この人たち大丈夫なのかねぇー。
いろんな意味で。
「おいおい、ここはガキが来るところじゃえねぞ」
そして開口一番、僕たちを見つけた酔っ払いに、そんなことを言われた。
「……」
僕は無言で、隣にいるリゼを見る。
僕に見られたリゼは、絶を見る。
絶はヤヌーシャを見る。
ヤヌーシャだけは、ポリポリと本日もポッキー大魔神ぶりを発揮していた。
周囲のことなどお構いなし、興味なしだ。
「おまえら全員だよ!」
そして酔っ払いに突っ込まれてしまった。
「いやー、これでも僕15なんですけど。確かこの国の成人って、13からでしたよね?」
「15だぁー?嘘つくな」
「いやいや、本当に15だから」
「面白いことを言うガキだな。だが、年齢を詐称しても、ギルドに入ることはできないからな」
……この酔っ払い、マジで僕のことをガキ扱いしてやがる。
言っておくが、僕は13歳未満のガキではない!
「誰が年齢詐称だ!」
「おうおう、元気に吠えるな。家に帰って、ママのミルクでも飲んでなよ、ガハハハハッ」
口の悪い飲兵衛が。
ムカつくんだけど。
いくら常日頃から穏健な僕だって、ついつい眼光が剣呑になって睨んでしまうよ。
「からかうのはいいが、そこまでにしてもらおうか」
と、そこで僕たちに続いて、コンラットさんとカリンお姉さんがギルドに入ってきた。
「……騎士が、なんでギルドにやってくるんだ?」
「もしかして、ガキのお守か?」
「そういやあのガキ、身なりがかなりいいな。貴族のボンボンなのは間違いねえぞ」
コンラットさんの登場で何を勘違いしたのか、僕の事を貴族のお坊ちゃんと思い始める酔っ払いたち。
ただし僕は貴族でなく、魔界の王族なので、貴族よりもっと偉いけど。
とはいえ、中世社会において身分の差は、相当重い意味を持つ。
それまで僕を笑っていた酔っ払いたちの態度が変化して、ぷいと顔を逸らして僕たちから視線を外した。
態度に「お貴族様には関わりたくねえ。桑原桑原」なんて出ている。
でも、飲兵衛たちが黙ったので、これでよしとしよう。
「勇者様、この者たちの事は気になさらないでください。所詮学のない、ただの荒くれ者。関わるだけ無駄です」
うわー、当人たちがいる前で、コンラットさんが冒険者たちを扱き下ろしてるよー。
見た目で爽やか系かと思ってたら、意外と辛辣だった。
だけど王宮勤めの騎士という身分ゆえか、コンラットさんの言葉に対して、反論しようとする冒険者は1人もいなかった。
世の中、偉い身分の人には逆らっちゃダメ。
日本だって、警察官相手にわざわざ絡んでいくような人はいない。
この世界での騎士は、日本の警察官より立場的にもっと上なので、酔っ払いたちの態度がこんな風になっても仕方なかった。
とりあえず、酔っ払いたちとのやり取りはこれでお終い。
コンラットさん先導で、僕たちはギルドの受付に行く。
「騎士様が、このような場所に何の用で?」
そこには、禿頭で強面のおじさんがいた。
「勇者様、こちらが我が国のギルドマスターになります。マスター、こちらはこの度異世界より召喚された、勇者様とその御一行だ」
互いの紹介をするコンラットさん。
しかしマスターだけど、とても堅気の人間に見えない。
ここにいる冒険者たちは強面が多いけど、そんな連中がまるで"ゆるキャラ"に見えてしまうくらいの物騒さ。
山賊王とか、海賊王とか呼ばれた方が、納得できる顔付をしている。間違っても、平の山賊や海賊でない、ドスの利いた貫禄があった。
「勇者だぁー?」
そして山賊王、おっと違えた。マスターは、ものすごく胡散臭そうなものを見る目になった。
「どうも、シオンと言います」
でも、そんな相手に僕はにこやかスマイルで挨拶。
日本人よろしく、外面のいいエンジェルスマイルだよー。
「……この"女連中"が勇者とその一行だと!?」
「おい待て、僕は男だ!」
「……」
このギルドマスター、目が腐ってるのか!
今、僕まで女扱いしたよな!
リゼ、絶、ヤヌーシャは分かる。女だから。
しかし、僕はどこからどう見ての男なのに、なぜ女と勘違いする!?
しかも、沈黙が滅茶苦茶長い。
「おいおい、あの子男なんだって?」
「えっ、嘘だろう。あんな美人なのに!」
「肌なんて、雪の様に白いし。スベスベしてそうなのに」
……ノウッ!
マスターだけでなく、背後にいる酔っ払いたちからも、そんなセリフが聞こえてきた。
待て待て待て!
ここに来た時、あんたら僕のことを坊ちゃん扱いしたのに、どうしてそういうことになる!
「お前ら節穴か、俺は最初からあの坊ちゃんが男だと気づいてたぞ」
「俺もだ。何しろ胸がなかったからな」
「マジかよ!?」
ああ、なるほど。
僕が男だと気付いてる連中と、勘違いしたままの連中に分かれてたのね。
……ここの飲兵衛ども、マジでムカつく。
いくら温厚で、外っ面をよくしている僕でも、さすがに我慢の限度があるんだけど?
額に青筋が浮かんでしまう。
「まあまあ、勘違いされるのはいつもの事じゃないですか、シオン様」
「い、いつもじゃないって!」
「ホホホホホッ」
そしてあろうことに、リゼからもそんな風に言われてしまった。
Noー!
僕は男で、15歳。
いつも勘違いされてばかりじゃないんだから!
しかし性別を間違える奴は、年齢を間違える奴より、さらにムカつくー!
「ドウドウ、シオン」
「絶、僕は馬じゃないよ」
絶まで、僕の扱いが雑になってる。
「シオン、ポッキーでも食べたら」
「モガッ」
そしてヤヌーシャから、無理やり口にポッキーを突っ込まれた。
「ヤヌーシャ、そのポッキーはさっきまであなたが齧っていたものでは……」
「涎付き間接キス。ブイッ」
「クッ、抜け駆けしたわね!」
「ヤヌーシャちゃんのバカー!」
女の子3人で、どんどんカオスな方向へ突き進んでいく。
「ポリポリポリ、甘いもの食べたら、少しは気分が落ち着いたや」
ふうっ。
リゼたちがうるさくなっているけど、僕の方は少し冷静になることが出来た。
「やかましい、ここは託児所じゃねえんだぞ、ガキども!」
「あんたこそ黙ってなさい。ハゲ親父!」
おっと、マスターまで巻き込んで、リゼたちの喧嘩がエスカレートしてしまった。
まったく、皆子供じゃないのに、何をやかましく喧嘩してるんだろう。
「騎士殿、ガキどもをとっととここから連れ出してくれ!」
「私は任務で来たのであって……」
「ギルトマスター、そこの"ヘボ騎士"でなく、話すなら私に話しなさい。文句なら、わたくしが直接聞いてあげるから」
「アアンッ?」
火に油が注がれ、さらにおまけで薪までくべられて、言い争いがエスカレートしていく。
山賊王マスターがドスの利いた顔になるけど、リゼは全く動揺することがない。
「いいぞー、嬢ちゃん。年の割に堂々としてるじゃないか。そのままマスターを言い負かしちまえ」
「マスター、怒るのはいいけど、女子供相手に拳に訴えるなよ!」
「兄ちゃん、あんたヘボ騎士呼ばわりされてるのか。ガハハ、言い様だな」
あーあ、リゼどころか、外野にいた飲兵衛たちまでヤジを飛ばしだした。
もはや、収集がつかなくなってるよ。
この後、リゼたち3人と、ギルドマスターを中心に激しい口論が繰り広げられた。
僕は手の出しようがないと思って、壁際まで退避。一連の出来事を見守る。
そしてコンラットさんが、リゼたちを何とかなだめようとしている。
「もうやめましょう、リゼ様。頼みますから、これ以上マスターを挑発しないで!」
さらにカリンお姉さんも止めに入る。
「この、クソ女。ガキだと思って甘く見てれば!」
「ホホホ、蛮人は拳を振るえばいいと思ってるから、度し難いですわね。オーッ、ホホホホホッ」
マスターの剣呑な顔に、カリンお姉さんは半泣きになっているけど、リゼはどこ吹く風。
マスターはリゼに挑発されて、顔がゆでだこみたいに赤くなっていた。
「たこ焼き食べたいな」
(コクコク)
禿げてる上にあまりに綺麗な赤色だったので、ついそんなことを口にしてしまった。
そしていつの間にか騒ぎの中から抜け出したヤヌーシャが、僕の隣で頷いていた。
「僕も日本に戻って、たこ焼き食べたいなー」
訂正。
絶も僕の傍にきて、一連のやり取りを見守る側になっていた。
さっきお昼を食べたばかりだけど、この世界の飯ってこれでもかってくらいマズいから、そんなことを思うんだろう。
なお、この後リゼ相手にギルドマスターは言い負かされてしまい、ガクリとうな垂れてしまった。
さすがはリゼ。見た目は幼女姿でも、年の功でマスターを言い負かしてしまった。
……おっと、いけない。
心の中で思ってただけなのに、リゼにいつもの笑顔で睨まれてしまった!
人生経験が豊かなリゼ相手では、強面が売りのマスター程度では、勝てないよねぇー。
そしてリゼの実年齢だけど、僕は今回も黙秘を貫かせてもらう。
リゼの目だけが笑ってない笑顔が、怖いんだー。
こんなトンデモ劇があった。
「……それで、結局あんたたちは何しに来たんだ?」
リゼに、言葉でボロ負けに言い負かされてしまったマスター。
それでも何とか立ち直って、改めて僕たちがやってきた理由を尋ねた。
おお、あの状態から復活するとは、意外と精神が強いのかもしれない。
僕だったら、あの場所から泣いて逃げ出したくなるほど、マスターはボロボロに言い負かされたのに。
「勇者様たちを、ギルドに登録してもらいたい。ギルドの依頼を通して、街の外での戦闘経験を積んでもらいたいのだ」
散々カオスになっていたけど、ヘボ騎士……おっと、ついリゼの口の悪さが僕にまで移りかけてた。
コンラットさんは、当初の目的を忘れてはいなかった。
「勇者ねえ。こんなガキどもを戦わせるとか、この国は大丈夫なのかねぇ?」
「マスター、勇者様は国王陛下のご命令によって召喚されたのだ。あまり口が過ぎると……」
「おお、怖え怖え。あまり睨まないでくれよな」
相変わらず、僕たちの事をただの子供としか思ってないマスター。
コンラットさんは権力を背景に脅しているけど、マスターは言葉の割に、口の刃を曲げて楽しそうにしていた。
コンラットさんの脅しなんて、全く気にしてないね。
「ホホホッ」
「……」
だけどリゼが笑うと、途端にマスターの顔が引きつった。
「マスター、もう一度わたくしと"お話し"をしますの?」
「……勘弁してくれ」
リゼの"笑顔の説得"に、マスターが力なく肩を落とす。
なんというか、マスターから物凄い哀愁が漂っている。
先ほどリゼと口論していた時、
「伝説級の、誰でも毛が生えると言われる毛生え薬を試したのに、それでも毛が生えなかったハゲですものね。オホホホホッ」
なんてことを、言われたからだろう。
『なぜリゼがそんなことを知っているのか?
そして伝説級の毛生え薬って何なの!?』
って、突っ込みどころがあるけど、その辺は気にしないでおこう。
とにかく、マスターはリゼによって、心に深い傷を負わされていた。
「ゴホン。マスター、登録を」
「分かった。この紙にとっとと名前を書いてくれ」
結局マスターは哀愁漂うまま、僕たちのギルド登録を受け付けてくれた。
「そうです。最初から素直にしていれば、泣かずに済んだのですよ」
「泣いてなんかねえよ!」
「心の中で泣いてるくせに」
「グッ」
ああ、リゼがマスターの心の傷に、塩をグリグリと捻じ込んでいく。
リゼって、マジで怖い。
性格悪すぎるよ!
そんなことがありつつ、僕たちはマスターから渡された用紙に必要な情報を書き込み、それからほどなくして、ギルド員としての登録が完了した。
「ほら、これがギルド証だ。なくすんじゃねえぞ」
マスターに渡されたのは、僕たちの名前が刻まれた鉄のプレート。
鉄の鎖がついていて、プレートを首から吊るせるようになっていた。
「冒険者ギルドって、血を採って魔法道具に垂らしたり、ステータスを申告したりしなくていいんですか?」
「はあっ、なんで血を採らなきゃなんねえんだ?血なんて吸血鬼でもなきゃ、採らないだろ。それにステータスの申告なんて、するだけ無駄だ。俺は凄いんだぞって勘違いしてる馬鹿が、勝手に自分のステータス以上の数値を書いてるからな。そんなことがいつもあるから、ステータスの自己申告なんて無意味だ。それより依頼をちゃんとこなして、それでギルドの信用を得る方が、ステータスよりも重要だろう」
血による登録はなし。
ギルド証もただのプレートで、僕たちのステータスや所持しているスキルが、リアルタイムで表示される。なんてこともないそうだ。
「お約束っぽくないけど、まあ現実的かな?」
夢はないけど、ギルドにとって大事なのは、ステータスの高さより依頼をしっかりこなしてくれること。
マスターの言うことは、もっともだった。
「だがな、お前らみたいなガキが、勇者とか言われておだてられてるようだが、間違っても強いモンスターと戦って死ぬなよ。寝覚めが悪いからな」
見た目は山賊王だったけど、案外マスターはいい人のようだった。
「あら、わたくしの事も心配してくださるのですね」
「ふん、女子供に死んでほしいと思うほど、俺はバカな大人じゃないからな」
言い負かされたリゼ相手にも、そう言ってみせるマスター。
もっとも当人は照れてるようで、顔はそっぽを向いていた。
山賊王マスターは、ツンデレおじさんだった。




