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禍福はあざなえる縄とよく似ている16 回廊 

 「こ、これがウィルミン思想体」


 「いいえ、違うわ、これは回廊、ウィルミン領へ向かう近道よ」


 「あれ!?」


 多々良が感慨深げに呟いたそれをティラーニャがいともあっさりとぶった斬る。


 今、多々良たちの目の前には巨大な水の塊がたゆたっている。

 その質量は単一の惑星にも匹敵しまさに液状況の惑星とも言えよう物体であった。

 しかしその存在は何処かしら稀薄でありとろとろと音もなく波打つ様は言い様のない不安を掻き立てる存在であった。

 現在艦の主であるメイシャンは突入準備、その軌道計算の為に珍しく忙しくしている。

 どうやらこの突入、一歩間違えると見も知らぬ未開の星域へと送られてしまったりもっと最悪の場合ならば圧壊の危険すらも伴う非常にシビアな航法らしいのだ。


 エレノアは周囲の警戒と称しティ・アンプルのコクピットで待機中であるが、その実昼寝の真っ最中である事はこの場の誰もが承知している。

 そしてティラーニャは待機の時間を使いスキップ機関を初めて目にするであろう多々良と鉄人にその来歴と有用性を説明している最中であった。


 「回廊ってのはね、私たち知性種生命体がこの宇宙に侵出するずっと以前に原種と呼ばれた種族が造り上げた(ゲート)の事なのよ」


 「門?」


 「そう、門よ。ねぇタタラ、私たちの住んでいるミドガンドとウィルミンのある環状銀河西域中枢部、いったいどれぐらいの距離が離れていると思う?」


 ティラーニャの問いに多々良は腕を掴み小首を傾げる。かつて習った銀河系の常識で考えれば地球と太陽との距離は光の速さで八分少々であった。

 詳しい距離などは多々良は記憶には無かったが一億四九六〇〇〇〇キロ、気が遠くなるような距離にありながらも太陽は地球上の生命を育む源となったのだ。

 果して地球と太陽との距離を遥かに凌駕するであろう彼我の距離、それを現実的に想像する事など凡そ地球上の一島国に育った多々良に出来よう筈もない。


 「ええ…と、五百キロ……くらい?」


 「そんな訳ないでしょ、それじゃぁミドガンドコロニーの隣の防衛基地にだって辿り着けないわよ。

 …そうね、ミドガンドからウィルミンまでなら大体一〇〇〇光年くらいだったかしら。光年ってのは光の速さで移動して二千年掛かるって意味よ」


 「いや、光年ってのは知っているけどさ、それって結局何キロ離れてるの? 光の速さで距離を言われてもイマイチピンとこないんだもん」


 「え……そ、それは……ええ……と、光の速さって秒速三〇万キロだったから、時速で…………一〇億、八〇〇〇万キロ、千年だと……えぇ~ーー……」


 「九四六〇兆キロだわな、まぁ地球に居る限りは非常識以外の何者でもない桁だ、滅法遠い位に考えときゃいいさ」


 「あ、うん」


 得意気に多々良にウィルミンまでの道程を説明していた筈が何時の間にやらしどろもどろで暗算に勤しんでいたティラーニャをフォローするように鉄人が近寄って来た。

 先程までメイシャンの半身である戦艦『スイートメイシャン』各部に取り付けた武装のチェックをしていた鉄人であったが、やはり彼も学究の徒、この目の前にそびえる未知の技術に興味は尽きない様子である。


 「それでオオカミ娘。この『回廊』ってシロモノはその滅法遠い距離を一足飛びにしてくれる古代人からの素敵なプレゼントって認識でいいんだよな」


 「プレゼントって、ええ、あながち間違いじゃないんだけれど」


 鉄人は艦橋の大画面モニターにでかでかと映し出される水面を顎に手をやりしげしげと見詰める。


 「ふぅむ、単純に空間を切って繋げてるのかそれとも対岸に対象をそっくりそのまま再生させているのかさすがの俺も完全には理解が及ばん……ともあれ大した技術だ。古代種族って奴らはこんな並外れた科学技術を有していながらに何故消えちまったんだろうなぁ」


 「わからないわ。古代種族は私たちがまだ惑星の上にしか居られなかったずっと昔に存在して私たちがスナークの脅威に曝されやむを得ず宇宙に侵出してきた頃には既に居なかったのだから。

 私たち知性種生命体よりも遥かに上位の知性種族だとは言われているけど……」


 「もしやそれぞれの星域に存在している知性種の進化を促進させ文明を作り出させたのも彼らだと?」


 知性種生命体よりも以前に星々を股に掛けられる技術があるのならばそれもまた考えられる。

 否、幾ら居住可能惑星が数多にある環状銀河であろうともこの様に銀河全域に渡りほぼ同時期に知性種が現れるのは何とも不自然だ。ティラーニャの言う古代種族とやらが生命の進化に介入していたと考える方が妥当だろう。


 その証左があるのだろう。ティラーニャは首を縦に振り肯定を示した。


 「そうね、最初の知性種、原種が自らを模して他の知性種生命体を創り出したって伝承は多いし、原種を創世の神と崇める種族も多いわね」


 「ふぅん、なんかスゴいんだね。こっち(環状銀河)の人たちはあんまり宗教的なモノに興味が無いんだとおもってた。

 そういや、サクラの居た惑星には寺院や僧正様がいたね。仏像みたいなのが並んでいたけど、なんか下半身が蛇だったりしたよ。もしかして原種ってそーいった種族だったりするんかな?」


 「蛇? いえ、どうかしらね。世間一般では私たち獣種やお姉様の様な無難な姿形をしていたと伝わっている事が多いけれど……」


 「各知性種生命体が宇宙に侵出する以前、未だ惑星上から離れられない、それぞれの種族と情報の交換はおろか自分達の星に他の知性種が居るかも定かではない時代からか? そりゃたいしたもんだ……っと、うん? どうしたオオカミ娘、そんなに俺と多々良の顔じっとみて?」


 鉄人が気が付いた様に話の中途からティラーニャはなにかしら思い出した事柄があるのか顎に手を添え何やら自らの思考に埋没し始めていた。


 「……黒髪に黒い瞳、巨躯の文明神、少年の姿をした豊穣神…………、二柱の兄弟………いいえ、ありえないわ……でも言い伝えられている姿………」


 ふたりとの会話を打ち切りブツブツと何やら呟くティラーニャ、他者とのコミュニケーションを蔑ろにするなど普段ひとの話など聞こうともせず自由気儘に振る舞おうとするエレノアやメイシャンを叱りつける彼女にしては珍しい事だ。

 

 「ティラ、どうしたの? 具合でも悪くなった?」


 「ひゃっ!!」


 「あいたっ!?」


 心配げにその顔を覗き込んだ多々良、しかし返ってきたのは驚き頬を真っ赤に染めた彼女の悲鳴、そしてそれと共に突き出された両腕であった。

 不意討ちに両の肩を押された多々良は踏ん張る事も叶わず床に尻餅を着く羽目になった。


 「ああっ、ご、ごめんなさいっ。ビックリしちゃって、痛かったでしょう? 本当にごめんなさいね」


 「い、った。ううん、大丈夫」


 慌てて多々良に手を差し出すティラーニャ、尾てい骨を強かに打ったであろうに相手に余計な心配をかけまいと痩せ我慢する弟。そんなふたりのやり取りを何処か微笑ましげに、しかし生来の表情故どうしても意地悪くなってしまうニヤニヤ笑いで眺める鉄人。


 「どうしたオオカミ娘? 俺達とお前さんらの神様がそっくりだったか? まぁ多々良は兎も角俺の事は崇めてくれてもいいぞ。

 そうだな、供物はアルコールを所望しよう。こっちに来て以来断酒の日々だ、御神酒の一献も供えてくれりゃぁ御利益も大幅アップ。恋愛成就も思いのままってヤツだ」


 「~~ーーーー結構ですっ!! テツヒトさんみたいな意地悪なひとが神様な訳ないじゃないですかっ」


 「ううっ、ヒメが珍しくやる気を出してこんなに頑張っているのに皆さんヒメを除け者にしてスッゴく楽しそうにして……」


 そんなグダグダしいやり取りの間にもメイシャンは回廊を無事潜り抜ける軌道を計算し終えスイートメイシャンはその艦首を未知なる水面へと向けるのであった。



 

 

 

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