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禍福はあざなえる縄とよく似ている17 群れ

 「はぐっ、むしゃっ、ずっ、ずずずずずっ、ご主人様、このトウモロコシのポタージュお代わりお願いいたしますわっ」


 「はいはい、でもそんなにいっきに食べたらお腹壊しちゃうよ? もっとゆっくりと食べなよ」


 「むしゃむしゃむしゃ、んんっ、ごくっ、いいえ、いいえ、ひとり回廊を無事潜り抜けるが為に尽くした時間、皆様に仲間外れにされたこの憤り、悲哀は満腹でしか癒されないのですっ。

 あ、サクラお姉様、そちらのザーサイ取っていただけますか!? ええ、それとそのむね肉のトマト煮とガレットとピーマンの肉詰めも、あら、そのソテーも美味しそうですわね。

 あぐっ、んあぐっ、はぐっ。

 ヒメは、ヒメはホンッット~~ーーーに頑張りましたのよっ。耐え難きを耐え忍び難きを忍び、雨の日も風の日も如何なる苦境がこの身を苛めようとも皆様の為に、未だお逢いすること叶わぬミドガンドのミューツ様を悪の手より救い出さんが為にとっ。

 なればこの努力、報われる事こそ世の道理とヒメは思うのですっ! あら、こちらのサラダもなかなかのお味、ドレッシングがゼツミョーですわね」


 「わかったわかった、お前さんを仲間外れにして俺たちだけで楽しんで悪かったよ。 だから好きなだけ喰え、腹がはち切れるまで喰えばいいさ」


 「無論そのつもりですわ、ご心配なく」


 「ちょ、ちょっと、テツヒトさん、無責任な事言わないでくださいっ。メイシャンもそんなに無茶な食べ方したら身体壊すわよっ、もっと味わってゆっくりと食べなさいよ。せっかくタタラが作ってくれたのに……」


 「ティラ、放っておけばいいにゃん。どうせお腹壊しても本人の責任なんだにゃ。

 それよりもそっちの鶏肉の揚げたの美味しかったんだにゃ、タタラ、もう無いのかにゃ?」


 「鶏の唐揚げね、OK、材料あるから作ってくるよ。ちょっと時間かかるけどね」


 「よろしくお願いするんだにゃ。あのカリカリ感、肉汁の滲み出るうま味、クセになりそうなんだにゃぁ」


 「ご主人様っ、ヒメもっ、ヒメにも鶏の唐揚げ、トリカラッ、お代わりお願いしますわっ!!」


 「はいはい」


 ミューツが拐われたウィルミンへと向かう道中、その途方もない距離をショートカットするために設けられた回廊に突入する為の航路はメイシャンのお陰で無事成された。

 しかし彼女がひたすらに脳内……と言うか彼女と繋がった竜戦艦の思考中枢で数式をこねくり回している間にタタラたちが自分をほったらかしにして遊んでいたとメイシャンはヘソを曲げてしまったのだ。

 その償いとしてメイシャンは多々良に大量のご馳走を頼んだのだ。

 多々良にしても丁度手持ち無沙汰だったし食事の時間も近かった訳でそれを了承したのだったが、まさかこれ程に竜族の少女が大食漢であるとは甚だ予想外の事態であった。

 幸いにもサクラの故郷から持ち帰った食材は大量に、それこそこの人数であれば数年は食い繋ぐことの出来る量を持ち込んでいたので食材の確保に困る事は無いのだが……


 「それにしたって食べ過ぎだわ、タタラも無理に作らなくたっていいのよ。あなたさっきからずっと立ったままじゃない。少しは休まないとウィルミンに着いたらへとへとで動けなくなってしまうわ」


「いいんだよ、身体を動かしていた方が気が紛れるからね。部屋でじっとしているとどうしてもミュー姉ちゃんの事考えちゃって不安になるんだ。

 むしろメイシャンには感謝しているくらいだよ」


 「……タタラ」


 ティラーニャは思う。何時からだったろう、誰よりも大切だと慕っていた姉、ミューツが弟と可愛がるそれよりも弟であるタタラが姉、ミューツに向ける想いに深い妬心を抱くようになったのは。

 無論ティラーニャとてミューツの身を案じている。だがそれ以上に目の前の少年が心配なのだ。

 彼は常に自らの身を投げ出すかの様に無茶ばかりする。危険を省みず身内に害が及べば過剰な程に反応しさながら狂犬かと見紛う苛烈さで加害者を追い詰める。

 彼女が今真に怖れているのは何時かその度し難い激情が、自らの身をもを焼き焦がす事態に陥らないかと言う事だ。

 多々良は強い。それはたった一機のガルガンティスでウィルミンのガルガンティス隊を退けた、ライカンスロープのベテランガルガンティス乗りガニガス・ガグートス率いる部隊を一蹴した事で証明されている。

 だが、彼とて完璧ではない。

 スナークに不意打ちを喰らい惑星アマタタカハラに不時着した事もあるし、何より異星界産の月影は兎も角ミドガンド、この銀河で造られたガルガンティスの操縦に関すれば未だ素人に毛が生えた程度にしか習熟はしていないのだ。

 もし月影が手元になくマシュールやティ・アンプルに乗っていたならば? いや、それ以前にガルガンティスが無かったとしたら? 

 そうだとしても彼は身内の危機とあれば単身仇なす者に牙を剥き出すであろう。直情にその腕一本で立ち向かおうとするのであろう。

 ティラーニャの心配は決して杞憂などではない。このスナークとの争いの未だ続く環状銀河ではそうして命を落としていった若者などそう珍しいものでは無いからなのだ。

 現在小康状態を保ってはいるものの、それは決してスナークに対し知性種生命体が優勢であるわけではなく先人達の血で購った対価でありしかも等価とは言えない赤字必至の結果であるのだ。

 

 「そ、そうね、けどミューツお姉様だって仮にも王族の血筋だわ。幾らウィルミンだってそう無体にも扱いはしないわよ。きっと今回の件もミドガンドとして正式に抗議を出せば穏便にお姉様の身柄は引き渡されるわ。

 それよりも私はあなたがまた頭に血を昇らせて馬鹿な真似をしないかが………タタラ? ちょっと、私の話聴いて……タタラ?」」


 己が命をベットするかの様な闘いを続ける多々良を諫めようとするティラーニャ、だが肝心の張本人は彼女の言葉など何処吹く風とあらぬ方角に目を向ける。

 ティラーニャは自分の話を聴いていないのかと少し強めに彼の名を呼ぶがふと気付く。彼は、彼の眼は只ぼんやりと戦艦の一角を見ているのではない。

 何時になく厳しく光るその瞳は壁を抜けその向こう側、知性種生命体たちが回廊と呼ぶ亜空の先を視ているのだと。


 「タタラ、何が在ると言うの!? 此処は回廊の中なのよ。他の艦隊と出会うなんてそれこそ数万分の一の確率なのよ」


 そう、回廊とは時空の狭間だ。

 例え幾隻の艦船が同時刻に往来しようともすれ違うなどそうは無い事なのだ。

 同じ時刻同じ回廊を通過したとしてもそれぞれの艦はそれぞれの回廊を抜けるのが常。時折見知らぬ艦とニアミスする事態も無いことは無いが、それが同じ時代の同じ回廊を使用した艦とは限らない。

 

 それを裏付けるかの様な逸話がある。


 とあるハーフビットの商船が回廊を使用した際に出会った船艦はスナークの襲来から避難した難民船であった。

 商船の主は難民船と交信を行い難民たちの求めに応じ倉庫に積まれていた食料品、生活雑貨類を売った。支払いは後日との契約をしたためて。

 回廊を抜けた後、商船の主は出会った難民船の行方を調べた。そして知ったのだ。

 彼が食料品を売り付けた難民船が向かった先が彼自身が出発した星域である事を。そしてその難民船が数百年前に辿り着き造ったコロニーこそが彼の故郷であった事を。

 詰まるところハーフビットの商人は自身の祖先に食料品を売り付けたのだ。

 そしてその稀有な会合が無ければ彼の祖先は、彼の祖父と祖母であった少年少女は餓えに苦しみ彼の血族は絶えていたであろうと。


 『回廊』内には今も昔も、遠くも近くも関係が無いのだ。全てが()じり渾然一体となった空間。それこそが『回廊』なのだ。

 未だその全てを解明してはいないティラーニャたち知性種生命体はしかし、その有用性は知っている。

 未知なる回廊を利用し遠く離れた星々を繋ぐ文字通り近道としているのだ。


 「メイシャン、外を視たいんだ。モニターに映し出して欲しい」


 「()!? 何をおっしゃっていますの? もぎゅもぎゅ、外など見ても真っ白い闇ばかり。何も見る事など叶わず面白くなどございませんよ? 

 だからこそ回廊を航る際、ヒメたちは計算に計算を重ねて航路を弾き出すのですわ。目視やレーダーに頼らず航行が出来るように。

 そんな事よりもご主人様、こちらの野沢菜のチャーハンお代わりを……」

 

 「メイシャン! モニターだっ!!」


 「メイシャン、私からもお願いするわ。さっきからタタラの様子もおかしいし…… 彼がこんな素振りする時は何かがあるもの。手間かも知れないけれどタタラの言う通りにしてちょうだい」


 「……そこまでおっしゃるのでしたら、ですが無駄骨だったとしてもヒメを責めないでくださいましね。

 それと報酬として野沢菜チャーハンを大盛りで」


 「責めやしないさ、ありがとうメイシャン、野沢菜チャーハンにワカメとじゃがいものお味噌汁も付けるよ」


 多々良とティラーニャ、ふたりに求められれば幾らメイシャンとて食欲を優先と言う訳にもいかずモニターの起動に意識を向けた。

 直ぐにモニターは立ち上がり巨大な画面は起動音を唸らせる。


 「ホラ、この様に回廊の内部は真っ白なのです。レーダーも役に立たず有視界航行も儘ならない。ティラーニャお姉様はご存知だったでしょうに」


 「ええ…… けど」


 メイシャンの言葉に偽りはなくモニターは染みひとつ無い光の奔流を唯映し出すだけだ。

 しかし多々良はじっとモニターを凝視し続ける。まるでそこに見えない何かがあるのを確信しているかの様に。


 「竜ムスメ、カメラの明度を下げるんだ。それからこれから俺の言う可視光線のスペクトルをカット、不可視光もだ」


 「わ、わかりました」


 多々良とティラーニャ、メイシャンのやり取りを見ていた鉄人たちも食事を切り上げモニターも前にやって来た。

 鉄人は暫くモニターを観察した後にメイシャンにカメラに映る色の指定を始める。それによって画面は白からどんどんと薄暗く灰色へとその色合いを変化させ始めた。


 「ベエエ」


 艦内部にわだかまり始めた緊迫感に耐えきれなくなったのか山羊がひと鳴き。しかしそれに応える声は何処からも掛からない。何故ならばそこにいた誰しもがモニターに目を奪われていたからだ。


 「う、嘘でしょう、そんな…… こんなのって……」


 何も映っていない筈の画面に映るべきでないモノが映し出されていた。それは……


「スナーク…… しかも、いっぱい、いる」


 そう、スナークの群れであった。

 竜戦艦の周囲、上にも下にも無数のスナークが漂っているのが確認されたのだ。


 画像処理のお陰でスナークの姿は粗いドットでモニターに表れている。しかしその特色ある異形は見間違え様もない。


 「ひいっ、か、回廊にす、すっ、スナークが…… きっ、きき、危険ですわっ、今すぐ逃げないと……」


 「待てっ」


 全力でこの場を立ち去ろうと戦艦の速度をあげるメイシャン、それを止めさせたのは鉄人であった。


 「ヤツらまだこっちに気が付いていない。恐らくはスナークどもも視界を制限されて俺たちを仲間かなんかだと勘違いしているんだろう。

 迂闊な真似をすれば一斉に襲い掛かって来るやもわからん。ここは落ち着いて速度を維持し続けるんだ」


 「で、でも、いつ、いつばれるか。幾らこの戦艦とは言えどもこの数を相手にしては無事では……い、いいえ、生還すらも」


 「判っている。この回廊を脱け出す瞬間が一番ヤバイ。他のヤツらと違った行動を起こすんだ。気付かれる危険性が最も高いのはそこだな」


 「な、なら、ど、どうしたら……イヤですっ、ヒメ、まだやりたい事だっていっぱいあるのにっ、お師匠様やご主人様、お姉様たちと出会ったばっかりなのにっ。ふえ、ふえ~~ーーーん」


 遂には泣き出したメイシャンの頭を鉄人は優しげに撫でる。ティラーニャ、サクラ、エレノアもまた泣きはしていないもののその顔色は芳しくはない。

 多々良の表情も何時になく厳しい。通常運転なのは状況を理解していない山羊位なものか。 


 「大丈夫だ。俺たちなら上手く切り抜けられるさ。多々良、お前は月影で待機だ。何時でも出られる様にしていろよ。

 狼ムスメ、猫ムスメもだ。それぞれのガルガンティスのところへ行け。ああ、多々良は格納庫のクレーンなんて扱えんな。ムスメども、月影に目一杯ブレードを積み込むのを手伝ってやってくれ。

 そんな不景気な(ツラ)すんな。こんなんピンチでも何でもねぇ、簡単に切り抜けてみせるさ」


 「りょ、了解」


 「判ったにゃ」


 鉄人の指示に従いティラーニャとエレノアも多々良の後を追う様に部屋を飛び出して行った。


 「やれやれ、すまねぇなミューツ、まだ暫く待たせちまいそうだ」


 鉄人は灰色のモニターを見詰め苦い呟きを洩らした。




 

 


 

 


 


 

 

 

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