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禍福はあざなえる縄とよく似ている12 ミドガンド帰還

 その日のミドガンド指令ラティーナは朝から不運に見舞われていた。


 宿直の兵に叩き起こされ艦船の格納区画へと向かってみればそこにミューツの姿はなく、デボラが報告を行った。

 

 曰くスナークとの交戦時、タタラが最寄りの連合非加盟惑星へと落下、救出の為に外交担当部署を探すも発見は叶わず該当惑星軌道上を航行中にウィルミン思想体所属とおぼしきガルガンティスの中隊の襲撃を受ける。

 その際ガルガンティスの半数が中破以上のダメージを負いアマタタカハラ宙域での待機が不可能と判断、月影、及びそのパイロット黒沢多々良の救出を一時諦め帰還したのだ。

 さらにウィルミンのガルガンティスとの交戦時、彼女たちの隊長であるミューツの搭乗したガルガンティス、マシュール35式が致命傷を受け行動不能となった所を相手方のガルガンティスに鹵獲されミューツごと連れ去られてしまったと言う。


 デボラは報告を終えると疲労の残る身体でミューツ救出の為の部隊の派遣を具申してきた。


 デボラはラティーナすら驚く程の事務能力を発揮し、ミドガンド宙域に残る隊の編成を終えるとティラーニャ、エレノア、その他数名の隊員を率い休息もそこそこに基地を経ったのである。


 その中には既にミドガンド基地の兵器開発の主導を担っている黒沢鉄人の姿もあった。


 鉄人は押し留めようとする整備長を始めとする人々の手を振りほどくと言い放った。


 「家族の危機に指をくわえて見てるだけなんてゴメンだねっ。俺は黒沢家の家長なんだ、俺の家族に手ぇ出した馬鹿にゃぁキッツいお仕置きをしてやらなきゃならんからな」


 それでもお前が居なきゃ開発も整備も滞ると抱き着く様に行く手を阻む整備長に長身を生かし鉄人は渾身の頭突きを喰らわせた。

 頑強なドワーフを一撃で昏倒せしめ鉄人は振り返る事もなく高速艦へと乗り込んでいったのであった。


 そして高速艦がウィルミンへと向け飛び立ってより数日後、周囲の警戒にあたっていたガルガンティスより通信が入る。

 『所属不明の大型戦艦がミドガンド基地へと向かって高速で接近中』と。

 

 通信士は顔を青ざめさせさらに警戒にあたっていたガルガンティスのパイロットの私信を口にした。


 「どうやら『竜』のようなんです。ミューツ隊長もデボラ副官も不在なのにこんな……」


 竜。それは理不尽極まりない暴力の権化だ。

 今でこそ竜族は環状銀河のいち宙域を治める知性種生命体として環状銀河の治安の一角を担っているが、それでも時折道理の通じぬ血気盛んな若い竜が他の宙域をさ迷い力試しとばかりに他国の戦闘艦に挑んでくる事がある。

 そして大抵の場合、竜はひとしきり蹂躙し満足すると意気揚々引き上げて往くのだ。

 後に残るのは残骸と化した艦船とガルガンティスの山。

 

 傍迷惑さではヴァンプの上をゆくのが竜と言う存在なのだ。


 「くっ、ミューツもデボラも居ないこんな時にっ…………迎撃隊は出たのかっ!? くれぐれも相手を刺激するような言動は慎むよう伝えろ、出来るだけ穏便に事を荒立てずお引き取り願う様にするんだ」


 「そんな無茶な……」


 通信士は泣きそうな声をあげる。

 ラティーナも判ってはいるのだ、自分の命令が如何に困難で無茶なものであるのかは。無茶だろうが何だろうがm部下に命じなければならない。

 全く因果な商売だ、基地の総指揮官などと言う職務は。

 また酒量が増えるのだろうな、とラティーナはひとり部下に気付かれぬよう溜め息を吐いた。


 「ガ、ガルガンティス隊目標艦に接触、交渉を開始した模様です……………………………………は? はぁぁっ!? ………何よもう、驚かさないでよぅ~~ーーーーーーー……………」


 緊張の面持ちで事の成り行きを見守っていた通信士が突然に大声で叫び安堵の表情と共にコンソールパネルに突っ伏した。


 「んんっ、ごほん」


 ラティーナのわざとらしい咳払いで律すると通信士は未だ職務中であることを思い出し背筋をしゃんと伸ばし報告した。


 「し失礼しましたっ、正体不明の艦は竜族のアオ・メイシャンと名乗っております」


 「アオ・メイシャン………東域を統べる敖家の者か、厄介な……」


 『メイシャン』なる名は聞き覚えはないが東海竜王の眷族のひとりらしい、王族の出となれば無下な対応は出来ない。

 細心の注意を払い対応をせねば東域との関係が悪化する恐れもある。


 「……それでですね、あちらの艦にその、我ら(ミドガンド)の客人であるクロサワ・タタラ氏が同乗しており直接指令と話がしたいと申しておりまして」


 「…………回線を開いて頂戴」


 クロサワタタラ? 彼は惑星アマタタカハラの地上に居る筈だ、それが何故竜王の親族の戦艦に乗ってやって来る!? 

 

 疑問ばかりがラティーナの脳内を駆け巡るがそれを表に出さず彼女は通信士に命じた。


 すると正面のモニターが切り替わり戦艦メイシャンの艦橋内部の映像が映し出される。


 「うっ………タタラくん、暫く見ない間に随分とその……け、毛深くなったのね」


 でかでかとモニターの正面に現れたのは顔中が真っ白な毛に覆われた嘗ての少年を知る彼女からすればいっそ無惨とも思えるような変わり果てた姿。

 顎の下には長い髭を蓄えその眼は感情の読み取りが難しい横長い瞳へとなってしまっていた。さらには頭頂に一対のぐねりと曲がった角すらもある。

 ラティーナには想像がつかないほどに過酷なアマタタカハラでの日々は少年の容貌を面影すらも残らない程に変えてしまった様だ。

 果たして彼を弟と呼び溺愛する姪が帰ってきたらどう説明したらよいのだろうか? 彼女はこの異貌を前にしても今までと変わらぬ愛情を彼に対し注いでやれるのだろうか!?


 『いえ、ラティーナさん、僕はこっちです』


 毛むくじゃらのクロサワ・タタラ(仮)を押しやり画面に現れたのはまごうことなく黒沢家次男黒沢多々良そのひとであった。


 『すみません、カメラの位置が判らなかったもので』


 「そう、無事な姿を見ることが出来て何よりだわ。それでなんだけど、ミューツの事はデボラから……」


 『はい、デボラさんの出したメールポットで確認しました、これより僕はこのままウィルミンに向かいます。構いませんね、ラティーナさん』


 「ええ、本当ならばこっち(ミドガンド)に残ってミューツとデボラの抜けた穴を補ってくれるとありがたいのだけど、貴方には無理な相談よね」


 苦笑する指令に多々良は黙礼で返した。


 「あら!?」


 『ラティーナさん、なにか?』


 「いえ、いいの、何でもないわ」


 ラティーナはもっと多々良が怒り狂っていると思っていたのだ。

 

 以前、ヴァンプの指令がミューツに暴言を吐いた時の多々良の怒りは尋常ではなかった。

 あの場にいた誰もが彼を恐れその憤怒の矛先が自らに向かないよう畏れ戦いていた。そう、まるで無力な小鳥が抗うなど思いもせぬ嵐を身をすくませじっと過ぎ去るのを待つかの様に。


 黒沢多々良の怒りは遥か太古の未だ生命が自然の脅威に抵抗するなど想像も出来なかった時代の天災をラティーナに思い起こさせた。


 だと言うのにどうだろう、今の多々良はその表情こそ些か固くはあるが落ち着いておりラティーナとの会話にも応じている。

 それはよい徴候なのだろう、怒りは時に実力以上の能力を発揮させる。だが、それは歪な力だ、理性を伴わない暴力は自らを、そして周囲の味方をも傷付けるものなのだから。


 おそらくは彼の暴走を押し留めているのはモニターの向こう、多々良の後ろに控えるふたりの少女が原因なのだろう、さすがに年下の前ではかの鬼神も自重を知るのだろう。

 

 ふたりの少女はアマタタカハラの脱出者と件の戦艦の片割れ、竜族の公主であろうか。アマタタカハラの少女は人見知りの気があるのか多々良の陰に隠れつつもこちらをちらちらと気にしている。対して竜族の公主はこちらを一切気にもせずに先程の白い獣と戯れている。

 何とも自由な気風だが、そもそもにして多々良は軍属ではない、その緩さが彼女たちにも合っているのだろう。通信中の多々良はそれを気にも留めずラティーナに話し掛ける。


 『それでラティーナさん、僕はサクラ………… アマタタカハラの僧正様から託された彼女ですが、この子とヤギさんを降ろしたらすぐにデボラさんたちの後を追います』


 「そう、今は時間がないことでもあるし、事情は無事ミューツを取り戻してからに……」


 『ええっ!? タタラ、サクラ、置いて、いっちゃうの!? ヤダッ、サクラ、タタラ、一緒に、タタラのおねーさん、助けにいくのっ! サクラ、まほう、使えるよ。タタラの役、きっと、たつよ!』


 ラティーナと多々良の通信にサクラが割り込んでくる。

 知人の居ないミドガンドに置いていかれるのが不安なのだろうか。


 「おい、クロサワの弟が帰ってきたとは本当かっ!? あいつのアニキが置いてったモン、渡さなきゃならん。ちょっとワシにも話をさせろっ!」


 「タタラくんは無事だったのだな!? ラティーナ、わたしにも話させてくれっ!」


 さらに滅多に指令室になど現れない整備長と医師まで顔を出し現場は混沌とした様相を呈し始めた。


 「ちょっとあんたたち、今はまだ警戒体制中でしょう、非戦闘員は…………」


 『いえ、ラティーナさん、僕も先生にお願いしたいこともあります。少し時間をください』


 好き勝手にモニターの向こうの少年に話し掛け始めた友人たちをこめかみに青筋を浮かべつつ部屋から追い出そうとするラティーナを多々良は止めた。


 「うむ、わたしに何の用かね!? 生憎とわたしはこのふたりと違い戦いに関しては全くの素人だ、ここに押し掛けたのも君の身を案じて以外の理由などないのだが」


 『先生、この艦の後部にアマタタカハラの船が係留されてます。その船の管理を僕が居ない間先生にお願いしたいんです』


 「ふむ、それは構わんがそう言った事ならばラティーナの方がやはり適任なのではないかね? ヤツはここの指揮官でもあるし船舶の停泊許可も彼女の仕事だ」


 医師は首を傾げる。多々良の願いならば聞くにやぶさかではないが今言った仕事はやはりラティーナの職務なのだ。


 『それは勿論わかってます、だけどその船に積まれているのはアマタタカハラの食材なんです。あの星は吹雪で環境が激変するまで僕の星と同様のやり方で農業を行っていたみたいで先生の望む作物が大量に船の食料庫に保管されていました。

 さらに調味料などもミドガンドに無いものが沢山あったんで先生にその目録作りや解析なんかをお願い出来たらと……』


 「なるほどな、そう言った事であるならばラティーナには任せられんな、ラティーナときたら荷に枝豆でもあった日には仕事もほっぽりだして試食と称して酒瓶片手にあるだけ食べ尽くしてしまうやも知れんからな」


 医師のその言葉に多々良はこの場の雰囲気を和ます為の彼なりの冗句なのだろうと思い笑うのだが、医師の隣のラティーナはあながち冗談でもないのか気まずそうに視線を逸らしていた。


 「話は済んだか、ではワシの番でよかろうな」


 医師とのやり取りに一区切りついたのを見計らい今度は整備長が医師を押し退ける様にモニターの前に出てきた。

 ドワーフの厳めしい整備長は整備場にちょくちょく顔を出す鉄人とは親しい間柄だが、多々良は初日に出会い挨拶を交わした以外の交流は殆ど無い。

 

 「おい、弟、鉄人のヤツ、余程慌てていたのかせっかく開発した兵器を置いていってしもうた、生憎とミリュノフの嬢ちゃんが拐われたって報せが入ったんでな、ヤツときたら完成直前で手前の仕事ほっぽり出して行っちまったんだ。代わりにワシらででっち上げたんじゃが、ウィルミンの馬鹿どもとドンパチやるんじゃろう? 奴らの度肝を抜けること請け合いの新兵器じゃ、持っていって役立ててくれ。

 モノは既にそちらの竜戦艦の元まで運ばせてある。格納庫を開いてくれればすぐにでも搬入させるぞ」


 『ご主人様のお兄様が開発した新兵器ですの!? ならばヒメも興味があります。是非ヒメに取り付けてくださらないかしら!?』


 サクラに引き続き今度はメイシャンが口を挟んできた。どうやら技工の匠であるドワーフが自信満々で戦場へと送り出す新兵器に関心があるようだ。

 自分の艦に取り付けるよう多々良にねだり始めた。


 『取り付けにどれぐらいの時間がかかりますか? 出来れば僕たちはすぐにでもデボラさんたちを追いたいんですけど……』


 「なに、そう時間はかからんさ、パーツはそれほど多くはない。そうさな、小一時間もあれば竜の嬢ちゃんに扱いの説明までしてやれるじゃろうて」


 小一時間、それだけあれば星船を医師に引き渡しも出来る。何より現在メイシャンの武装は主砲である『乙女ブレス』のみで何とも扱いが限定されるのだ。

 よりエネルギーロスの少ない制圧のみでなく牽制にも使用できる兵装があれば戦艦の活用にも幅が広がろう。


 メイシャンはうきうきと軽やかなステップを踏み艦橋より出ていった。

 どうやら直接武装の設置に立ち合い説明を受けるのであろう。


 「鉄人にはお前さんの方から説明をしてくれよ。ワシが無断で貸与したなんぞと恨まれでもしたらたまらんからな」


 整備長の言葉に多々良は頷きで返した。



 ミドガンドでの停泊からきっかり一時間、当面の食料と資材、月影の長刀のストックを積み込み戦艦が出航を始める。

 結局サクラたちは誰ひとり艦を降りようとはしなかった。サクラも山羊も突然に今までと違う環境に置かれれば不安にもなるであろう、ならば少々危険でも親しい者と共に居るべきだ。それに竜族の戦艦の内部であればそうは危険もあるまいとラティーナが多々良を諭した結果である。


 連絡艇の先導に従い初めはゆっくりと、連絡艇が安全圏まで離れたのを切っ掛けに戦艦は徐々にその速度を上げてゆく。

 まずはデボラたちの乗る高速艦と合流し、それから共にウィルミンへと向かうのだ。


 デボラたちの予定航路は既にラティーナより聞き及んでいる。メイシャンは二日もあれば追い付けるだろうと太鼓判を押した。


 加速の際に感じる僅かな振動をその身に感じながら多々良はひたすらに自らの姉の無事を祈るのであった。




 



 


 

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