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禍福はあざなえる縄とよく似ている10 メールポット

 「ふう、御馳走様でございました。たいへん美味しゅうございましたわ」


 メイシャンが食後のお茶をひと口啜り息を吐いた。


 結局一週間は持つだろうと大量に作っておいた杏仁豆腐は僅か小一時間程でサクラ、メイシャン、山羊、三名の腹へと消えていった。


 幸いにもこの船の食料は寺院には及ばずとも大量に保管されている。この調子で毎日消費したとしても一年は持とう。


 しかし多々良には考えがある。食料庫には寺院と同じ様に葉物野菜、根菜、そして穀物、豆類が豊富に、しかも採れたての鮮度で置いてあった。

 この食料をミドガンドに戻った際、医師の協力を仰ぎ量産するのだ。

 

 無論プラントでのクローニングなどではない、土に種子を撒き苗からの育成だ。


 さすれば医師の念願である本物の野菜の提供も現実に近づくであろう。今しがたサクラたちが夢中に食し満足したようにコロニーの住人たちも喜び生きる意欲を取り戻すであろう。


 まぁ、それもこれもミドガンドに到着してからの話だ。


 まずは無事に基地へと辿り着きミューツたちにアマタタカハラよりの撤退の理由を問い質さねばならない。事によればミドガンドがスナークの襲撃を受け救援に向かったのかもしれないし、ならば到着直後に交戦の可能性もあり得る。

 

 「それでご主人様、サクラお姉様、ヒメよりお話がございますの、少しばかりお時間をいただいてもよろしいでしょうか!?」


 「おはなし? うん、サクラ、メーシャンのおはなし、聞くよ。いいよね、タタラ。 ………タタラ?」


 「え? ああ、ごめん、ちょっと考え事してたよ。それでメイシャンから話だっけ?」


 「はい、まずはこれをご覧くださいませ」


 と、メイシャンが懐から取り出したのはひと抱え程の大きさもあるオレンジ色のカプセルであった。所々に傷があり微妙に痛んでいるがその腹の部分には多々良も見覚えのあるマークがしっかりと刻印されていた。


 「……これ、ミドガンド防衛基地の識別マークだ」


 蔓の絡まった楯に恒星の光、そして七本の柱が支える大地はミドガンドの国章だ、『国家』という認識が薄まったコロニー生活の中でもミドガンドの民はこの国章を未だに使用し多々良自身も基地所属のガルガンティスの左肩や艦船の側面に印されているのをよく目にし記憶している。


 「やはりご主人様はご存じの紋章でしたか、生憎とヒメはこういったものに詳しくなく自信がありませなんだのですが、これではっきりとしましたわ。

 これはご主人様に宛てたメールポットですわね」


 「メールポット?」


 聞き慣れない言葉に多々良は首を傾げる。


 「メールポットはその言葉の通りメール、手紙を封じたカプセルですの。

 例えば何らかの事情で通信が行えない場合、このカプセルに言伝てを記憶させたチップを入れ宙域へと放出するのです、メールポットはそのままでしたら空間を漂うのみですが近くに目標とする対象の波形パターンを見付けると備え付けの小型スラスターで接近し対象者に拾わせるのです。

 おそらくはこのポット内にはご主人様への連絡内容が封入された記憶媒体があるのだと予想されます。

 ささ、どうぞ開けてみてくださいませな? 

 あ、因みに開封は個人の認識が必要になりますわ、IDか免許証、保険証……インプラントがあればそれが一番簡単なのですが」


 「免許証? インプラントあるよ、どうしたらいいのかな?」


 「あら、左様でしたか、ではこちらの受信機にインプラントよりパーソナルワードを送信してくださいませな」


 「あ、はいはい、これでいいのかな? ところで気になったんだけど、このメールポット、本来ならアマタタカハラの成層圏にあったんだよね? どうしてメイシャンが持ってるの?」


 「はうっ! そ、それは……」


 「メール、強盗、宇宙海賊の、資金源。メールをね、勝手に回収して、あてさきのひとに法外な額で買い取らせるの。わざわざ、メールポット、だすって事は、重要な内容の事、おおいから、受け取りのひと、おかね、出すことおおい」


 「そうなのっ!? じゃぁ、メイシャンはこのメールポットを僕に売り付けようと……」


 「ち、違いますわっ! ヒメは海賊からメールポットを保護しただけですわっ、お金をせびろうだなんて卑しい気持ちなど露程もございませんっ!」


 多々良とサクラ、そして山羊から向けられる疑惑の眼差しにメイシャンは慌てて否定をする。


 「本音は?」


 「何やら運命を感じましたの、ヒメの目の前にポットが流れて来たとき、これを回収し宛先のお方にお届けすれば大冒険が待っているとの予感がひしひしと…………はっ!」


 促されついポロリと出た本音にメイシャンへ向けられる視線は益々その温度を下げてゆく。


 「メーシャン、それは、いけないこと、ドロボウ、呼ばれてもしかたないこと」


 「も、申し訳ありません。つい好奇心を抑えられず、もうこの様な事はいたしませんわ、ですから何卒お許しくださいませ」


 自分のしたことがどれ程にいけない事であったかを再認識しメイシャンは眼に涙を浮かべ深々と頭をさげた。


 郷里を出奔した事といい、杏仁豆腐ひとつで多々良を主人と仰いだ事といい、どうにもこの少女、いささか思考が短絡的に過ぎるきらいがある。

 考えが幼いのにたったひとりで強力な大型戦艦を有する竜族、これはこれから付き合ってゆくにしても充分に手綱を握っておく必要があるだろう。


 「まぁ、今回は大目にみるよ、メイシャンのお陰で海賊にも奪われなかったみたいだし、こうして無事に僕の手元に来た訳だしね」


 「ご主人様ぁ。 ご主人様の寛大な御心、このアオ・メイシャン感謝の念も絶えませんわっ! やはりご主人様の身許に降ったのは賢明な選択であったのだとヒメは自分の先見の明に末恐ろしさを……」


 「でもね」


 「はひ?」


 「こう言ったトラブルの元となりそうな事は今後慎んでね、ただでさえ僕たちはミドガンドに居候させて貰っている身分なんだ、あんまり問題行動ばかりだと追い出される可能性だってありえるんだから」


 「勿論胆に命じますわっ! 果たして何時ヒメがその様な行いをしたことがあったでありましょうや? 里でもヒメは品行方正な公主と近所でも評判なお子様でありましたから」


 「…………………………………………………」


 「え? 何ですの!? その嘘こけみたいな視線は!?」


 「メーシャン、メールドロボウ、はっかく、すると、種族によるけど、長命種だと六十年以上の懲役、ホントウ、気をつけないと、ダメよ?」


 「ひゃいっ! ヒメは気を付けますっ、これからはもし悪そうな事をする場合には絶対にご主人様にお伺いをたててからにいたしますっ!!」


 「いや、そこはしないって言ってもらいたいんだけどね」


 などとメイシャンに釘を刺し多々良は開け放たれたまま放置されていたメールポットより黒いチップを拾い上げた。

 これこそが多々良へと宛てたメールが保存されている記憶媒体であろう、この世界では情報のやり取りは殆ど紙媒体ではなくこの様な記憶媒体か直接のインプラントへの送信で行われる。

 機械関係の苦手な多々良ではあるが、さすがに覚えないと苦労するので鉄人からこれの扱いは教えられてある。


 「サクラ、この船にこのチップを再生可能な機械ってあるかな?」


 「コンソール、古いけど、たぶん、対応してるのある」


 早速多々良はコンソールに向かいそれらしきスリットを見付けるとそこへチップを押し込んだ。


 すると硝子面の一部がモニターへと変わり画像が写し出された。


 荘厳な音楽、ミドガンドの国章がでかでかとアップされ次いで画面左端から何隻もの艦船が通り過ぎる。一番大きく写し出された艦が通った後には星瞬くミドガンドの宙域が広がっていた。


 それはまるで映画のオープニングの様であり。


 「はぁ、緊急の通信にこの演出は要らないと思うんだけど」


 「あら? そんな事はありませんわ、こういった物は各国とのやり取りでも使用されますの、国威を示す為にも各国はそれぞれ工夫を凝らしてオープニング画面を創っていますわ」


 「あ、はじまった」


 何故かサクラは艦橋の照明を落としメイシャン、山羊と共に床に置いたクッションに身を預け寛ぎ出した。

 完全に映画を観賞するような体勢だ。




 『ーーーーガリ、ガリリッ』


 マイク近くで物を動かしたノイズがスピーカーから漏れ出る。

 なぜこんなにも凝っているのであろう? 音は贅沢にも5.1チャンネルサラウンドであり画面はいつの間にかシネスコサイズになっていた。


 「これは……ちょっと」


 「しっ!」


 さすがにやりすぎだろうと苦言を放とうとした多々良をサクラが鋭く諌めた。

 その間もサクラの目は画面から離れていない。


 『…………う繋がっているのか?』


 聞こえて来たのはデボラの声であった。

 アマタタカハラへと放り出されて数日、まだそれ程に日数は経っていないのに彼女の声は多々良の耳に懐かしく響いた。


 『うん、ああ、始める。そのまま撮っていてくれればいい』


 デボラはカメラ側の隊員と話しているようだ。デボラの屈み込んだ胸元がアップに映り画面がぼやける。

 慌てて露光を調整したのだろう、幾度かの画面の調節が行われ背景の壁へとカメラの視点が合う。


 多々良もそんな彼女の行動にいつか見たモキュメンタリー形式の思い出しサクラの隣へと腰をおろした。


 『さて、このメールポットがクロサワ・タタラに届いてると信じアタシは通信を送る。

 タタラ、この通信を見ていると言うことは無事にアマタタカハラの重力圈から自力で脱する事が出来たのだな、必ず助けると大見得を切った手前申し訳ないが我々の隊はお前が隊を離れた数日後にこの宙域を離れた。

 理由は襲撃だ、アマタタカハラ上空を周回行動していた我々は襲撃を受けたのだ。

 相手はスナークではない、中隊規模のガルガンティスだった。

 黒塗りで識別マークも隠してあったが、あれはウィルミンのベル・クアールだった、装備はかなり特殊なものを使っていたが間違いはなかろう。

 そいつらは我々のガルガンティスを分断し各個撃破してきた、幸いにも死者は出なかったが大半の機体が中破、もしくはそれ以上の被害を被り行動不能へと陥りここでの任務継続は不可能と判断し帰還を決断した。

 基地に戻れば鉄人も居る、修理に時間は掛かるであろうが何とかなるだろうからな』


 息を潜め成り行きに耳を傾けていた多々良は死者無しとのデボラの言葉にほっとする。

 だが、未だに安心出来てはいない、尤も気になっているひと言がデボラの口から発せられていないからだ。


 しかしウィルミンの思惑が判らない、どうしてこの様な環状銀河西域、しかもミドガンドより遥かに遠い辺境にまで訪れ襲撃などを企てたのか?

 しかもベル・クアールと言えばウィルミン思想体の最新鋭ガルガンティスだ、ガニガスたちの様な精鋭にしても乗れない希少機、それを惜し気もなく中隊規模で?


 さらに一番気になっているのは何故隊長ではなく副長がこの報告を行うのか?


 多々良は不安を胸に抱きつつメールの続きを見た。


 『…………でだ、ここからが重要なのだが、いいか? 落ち着いて聴いてくれ、決して激情に駆られて独断専攻的な真似は許さんぞ。これを見たらオマエはミドガンドを目指すのだ、そこに我らが居なくとも指令の指示を仰げ、テツヒトでもいい、ベル・クアールの性能はツキカゲに匹敵する、単機で立ち向かえる程に甘い相手ではないからな。

 いいか?言うぞ。


 ミューツが拐われた(・・・・・・・・・)


 「ッ!!!」


 ガタッ!


 その言葉を耳にした瞬間、多々良の脳は瞬時に沸騰し立ち上がった。


 ミューツがウィルミンに拐われた、それは決して赦されない行為だ。今すぐに何としてもウィルミン思想体の首都、トランティシへと赴きミューツを助け出し都市全てを焼き払い灰塵に化し消し去らなければならない。

 悔い改める(いとま)などは与えない。これほどの愚行に対する報いには練獄の炎すらも生温い、ミューツの無事はウィルミンの全知性種生命体の生命を持ってすら購えないものなのだから。


 激した感情に従い艦橋を飛び出し月影へと向かおうとした多々良、それをサクラがその服を掴んで押し留めた。


 「タタラ、おちついて、まだ、メール、終わっていない。つづき、見てから行動しても、おそくない」


 「ッッ…………はなっ」


 行動を妨げられ怒鳴ろうとした多々良、サクラの彼を見る瞳の奥に恐怖の感情が垣間見えはっとした。

 サクラは見たことが無い程の多々良の怒りに恐れ戦きながらもそれでも彼の身を案じ諌めたのだ。

 そんな少女に多々良は申し訳無さを覚えゆっくりと息を吐いた、同時にその身に宿っていた憤激も少しは落ち着いた、冷静にこれからを考える事が出来る程度にでしかないが。


 「ありがとうサクラ、怖がらせちゃったかな!?」


 「……すこし、でも、今は、タタラ、いつもどうり、安心した」


 「ごめん、身内の事になるとどうもね。メイシャンも驚かせちゃったね」

 

 「……あ、いえ、大丈夫で、ですわ。確かに驚きました。あ、あの、ヒメ、ご主人様の言うことをよく聞いていい子にいたしますから、そ、そ、その、お、怒らないでくださいましね? ほ、本当にいい子にいたしますから………」


 メイシャンは山羊の身体にしっかりと抱き付き震える身体を多々良の視線から隠すようにして蚊の鳴くような小さな声で答えた。

 どうやらメイシャンは先程の多々良の感情の爆発に軽いトラウマすら植え付けられてしまったようだ。


 失敗したな。と多々良は自分の未熟さに頭を掻くのであった。

 

 

 





 


 


 

はい、本当にストック終わりました。

書き貯めしますのでしばらくお時間ください。

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