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禍福はあざなえる縄とよく似ている7 星渡る船

 月影を得てからの旅路は快適であった。


 スラスターを節約する為に徒歩で、深い谷や高い絶壁が阻んだ場合のみ空を跳んだがそれでも百キロの道程を凡そ五時間程で走破し、日が山間に陰る時分には目的地へと辿り着いていた。


 全高一五メートルを誇る月影であっても見上げる程の巨大な半球のドーム、それを囲む様に寺院の尖塔が建っている。

 

 「ここも寺院なんだ……」


 多々良は入り口に佇む精緻な蛇の石像を月影のモニター越しに眺めながら呟く。


 「入ろう、ツキカゲ、入れるとこ、あっち、あるから」


 「あっちって……」


 サクラの指が指し示す方角には巨大な門扉が口を開き多々良の到来を待ち受けていた。


 まるで自分たちが訪れるのを待ちかねていた様な用意周到さだ。

 僧正が某かの術を用いて遠方から操作でもしているのであろうか?


 多々良は月影を門の向こう側へと進めた。


 月影が潜ると門は閉じられ微かな震動と機械音が響く。


 「なにっ!?」


 警戒感を露にする多々良にサクラは口を開く。


 「しょうこうき、地下にツキカゲ、はこんでいるの、星船、この下にあるから」


 言われてみればなるほど、エレベーター特有の浮遊感を身体が感じる。


 昇降機の真ん中に佇む事暫し、浮遊感は終わり下に押し付けるような感覚の後に正面の壁が左右に開いた。


 「タタラ、みて、あれが……」


 「……星船」


 鈍くそれでいて鋭い、それが多々良の星船に対する第一印象だった。

 全高一〇〇程の四角い箱、下部にバーニアは見えず深いスリットその佇まいはビルの様でもありそれでいてどことなく寺院の神聖な雰囲気すらも帯びている。


 「乗ろう」


 サクラが促すが入り口らしき扉は見当たらない。ガルガンティス用どころはひと用のハッチもだ。


 「だいじょうぶ」


 その事をサクラに伝えると彼女は自信満々に答え指の先でくるりと宙に輪を描いた。


 輪はその場で仄かに光り輪の中に複雑な紋様が走る。


 するとどうだろう、箱のスリット部分が音もなく広がりガルガンティスが余裕で入れる程の入り口が開いた。


 内部はガルガンティスの巨体が軽々と入れそうな空間が広がっていた。

 多々良は月影の腰を屈ませハッチを開く。

 途端にコクピット内部に長く使われていない場所特有の埃っぽい空気が入ってくる。


 「ぷはっ、ずいぶん使われていなかったっぽいけど大丈夫なのかな?」


 格納庫らしき空間に立ち壁の一角のパネルの表面を撫でれば手に埃が付着する。

 この星船、いや、この寺院自体が永いことひとの手が入らず放置され続けていたようだ。


 ぼうっと壁面のスリットが光り月影が入ってきた入り口が閉まる。


 僅かに震動が始まり床に壁面同様も光の幾何学的紋様が浮かぶ。


 「あっち、かんきょうって、矢印ある」


 サクラが山羊の背に乗り多々良に方角を指し示す。

 多々良には理解出来ないが幾何学紋様はこの惑星の文字であるらしい。


 サクラの案内に従い回廊を歩けば、両側の壁には精緻な蛇に纏わる壁画が施されている。

 どうやらアマタタカハラの創世、そして終焉に関わる神話の様だ。


 「あんちゃんがここに居たら喜んで調べるんだろうな」


 多々良の兄、鉄人は根っからの理系機械工学人だが、古代史や神話なども趣味の範囲で嗜んでいる。

 「○ー」を年間購読する程度にだが。


 ある時などは、南米に仕事に行きお土産にと多々良に石の仮面などと言った怪しげな物を持ち帰ってきた事もあった。

 またある時はアメリカのマサチューセッツでとある大学を訪ねた折り、そこの教授と名乗る男性より不可思議な古書を譲られ持ち帰って来たこともあった。

 その古書は表面を奇妙な革で装丁されており、夜な夜な「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるた」だのとページの隙間から呟きが聞こえ煩いので石の仮面と共に押し入れ深くに閉まっておいた。


 ともあれ、壁面を眺めながら歩くその間も微震動は続き一向に止む気配を見せない。

 先程同様に扉に向かいサクラが印を切るとゆっくりと扉は観音開きに開いた。

 

 「うわっ!!?」


 多々良はその部屋を目にした途端に驚きの声を発した。


 それはそうだ、地上にずっと留まって居ると思っていたのに部屋の向こう側、硝子越しに見えたのは漆黒の真空であったのだから。


 多々良たちが気付かないうちに星船は大気圏を脱し宇宙へと旅立っていたのだった。


 「そんなっ、まだ地上には僧正様が居るのにっ!?」


 多々良は硝子に張り付き眼下に見えるアマタタカハラを見下ろした。

 白い惑星は恒星の光を反射し輝きつつどんどんと距離を離してゆく。


 多々良は星船を手にいれたその脚で寺院へと戻り僧正を再び説得する腹積もりでいたのだが……


 「タタラ、僧正様、アマタタカハラ、どれだけ言われたって、離れない。僧正様の、好きに、させたげて」


 「でもサクラ、それじゃぁ僧正様はっ……」


 多々良の反駁にサクラはこくりと頷く。

 サクラとて理解しているのだ、この惑星に居れば遠からず星と共に消えるのだと。


 それでもサクラは僧正の意思を尊重する。


「僧正様、この星を愛してる、サクラだって好き、雪ばっかりでずっとお外出れなかったけど、それでも好きだった。アマタタカハラは滅びる、アマタタカハラはきっと悲しんでる、だから、僧正様、アマタタカハラ、慰める為、地上に残らなきゃいけなかった。

 タタラ、僧正様の気持ち、わかってあげて」


 サクラは多々良の服の端をぎゅっと握り遠ざかる故郷からじっと目を離さずに懇願した。

 その瞳は僧正との離別を想ってか涙で潤み口調もまた、苦し気であった。


 多々良ははっとした、今、この場で一番辛いのは誰あろうサクラの筈だ、僧正は彼女に育てられたのだ、養父とも言うべき僧正を失う彼女の心境に比べれば多々良が感じる喪失感などは些細なものでしかない。


 多々良はその場でしゃがみ目の前の孤独な少女を強く抱き締めた。


 「サクラ、そうだね、一番悲しいのは君なんだもんね、ごめん、サクラの気持ちも考えず……」


 「サクラは、いいの、僧正様がいなくても、タタラがいるから、サクラには、タタラがいるんだから」


 サクラもまたタタラに強くすがり嗚咽を漏らした。


 山羊もこの同胞を慰める様にそっと頬に流れる涙を舌で舐め取るのであった。


 白く美しい終焉の星はやがてどんどんと遠ざかり他の星々に紛れていった。




 サクラが漸く落ち着きを取り戻した頃、不意に硝子の向こうの星空の一角が揺らめく。


 「多々良のお友だち? なにか、くる」


 サクラのひと言に多々良と山羊も硝子に顔を寄せる。


 「救援が来たのかも知れない」そんな希望に満ちた多々良の表情は星の狭間を駆ける人型を目にした瞬間、険しくなった。


 「違うっ! ミドガンドのガルガンティスじゃないっ、あれはスナークだっ!!」


 そう、それは多々良の言葉通りスナークであった。


 両腕、両脚を有し背にスラスターを背負いその姿はまるでガルガンティスそっくりであったが、黒地に黄色い線が幾つもはしるどこか昆虫然とした外観はまごうことなく環状銀河の知性種生命体に仇なすスナークであったのだ。


 「サクラッ、山羊さんとここにいてっ、僕は月影で……」


 身を翻し月影のある格納庫へと向かおうとした多々良であったが時既に遅く、スナークは背のスラスターから延びる炎の羽を羽ばたかせ一気に星船へと接近した。


 がしりと四本の腕で星船を掴むと多々良たちの居る艦橋の硝子を覗き込む。


 スナークの何処か仮面を連想させる頭部の一対の複眼が艦内の多々良たちを捉える。


 刹那、身体がひどくゆっくりとしか動かない事を多々良は自覚した。

 時間が引き伸ばされる。普段より鈍重に感じる動きの中でふたりは無事かと見れば、やはり山羊もまたスナークの術中にありスロー再生の様にサクラを庇おうとする動きの途中であった。

 サクラはと言えば。


 気丈にもスナークと相対しまっすぐに視線を外の敵性体へと向けている。

 その身体は微かに震えている。どうやら彼女だけはスナークの不可思議な術を免れている様子だ。


 サクラはスナークと硝子越しに何かを話していた。


 しかし会話の内容はおそろしく速く甲高い音で成され多々良には僅かしか理解出来ない。


 「ーーーーは、ーーーーをみはなーーーーーの側ーーーーか? それーーーーーーーぞ」


 「タター、ーーーのーーたーーーーーー、ーーーなら、ーーーう、せいーー、ーーーーーい」


 「魔ーーー精ーーのーーーーーなさーーーーーーだ、それーーーもーーーーーーーだーーー?」


 「ーー、サクー、ーーーー、ーーーーから、まーーなんてーーーい」

 

 「よーーー、ーーまにーーーー覚悟ーーーーー、ーーーよ、アマターーラーーーーーーよ、己ーーーをーーーーー、ーーーー我らーーもな」


 不意に奇妙な感覚が途切れ時間が通常に流れ出す。


 多々良はすぐさま目の前の少女の腕を掴み背に庇いスナークと対峙する。

 山羊もまた、多々良同様一歩を踏み出し後ろ足で立ち上がると勢いを乗せた頭突きを硝子越しにスナークへと食らわせた。


 ガァァン!


 硝子と山羊の角が衝突し硝子は割れずともビリビリと震える。


 やがてスナークは四本の腕を星船より離し何処へともなく飛び去った。


 「ふぅ」


 多々良が緊張を解くとサクラの安否を改めて確認する。


 「サクラ、大丈夫だった? 何か変なことされなかった!?」


 多々良の質問にサクラは頷きを返すが、何処か心此処に在らずといった様子だ。


 「サクラ?」


 サクラは暫く己れの手をじっと見詰め、次にその指先でおもむろに印を刻んだ。


 「ちょっ、ダメだっサク…………」


 多々良も食事を作る際に何度か見、記憶にある印紋だ、そう、それは炎を呼ぶ魔法。


 ゴウッ!


 「うわああぁぁぁ~~ーーーーッッ!!?」


 何もない空間から現れた火焔が天井をちろちろと焦がす。多々良と山羊は彼女の奇行に焦りをみせるがあっという間に炎は消え去りちりちりと熱を持った空気だけがその名残をとどめる。


 「……よかった」


 サクラは多々良たちの焦りも気にかけずほっと息を吐いた。


 「まだ、魔法つかえる、精霊、まだ、サクラにちから、かしてくれる」


 その後、サクラは屋内で危険な魔法を使用したと初めて多々良に怒られたのであった。


 


 

 


 


 

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