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禍福はあざなえる縄とよく似ている6 雪崩

 サクラは一ヶ月以来の晴天だと言った。

 

 しかし晴れてはいても空気は凍るほどに冷たい、息を吸えば肺に冷たい空気が満ち痛みさえ覚える程に。


 そんな雪の山岳地帯を多々良とサクラはひたすらに歩いた。


 目的地は僧正の知る大気圏外航行船、『星船』のドックのある場所だ。

 途中月影を拾いガルガンティスの脚で凡そ数時間、距離にして百キロほど南の盆地にそれはあると言う。


 多々良は僧正から厚手の毛皮を貰い受け、それを幾重も着込み残った毛皮で脚を包みさらにかんじきを履いた重装備で深い雪を掻き分け進む。


 一方のサクラはと言えば普段の胸に巻いた薄布の上に一枚山羊の毛織のセーター、芋虫の脚には毛皮のレッグウォーマーのような筒状の防寒具のみといった軽装、どうやら彼女は寒さに強い性分らしい。


 「タタラ、もうすこし、いったところに、洞穴、そこで休憩する」


 少しずれたサングラスを直しながらサクラは振り返り多々良に告げた。何とも滑稽な見た目だが、雪の反射は並みではない。まともに眼を見開き光を凝視するのは即ち太陽を裸眼で覗くのと同等である。


 極寒の山は雪に埋もれ白い砂漠が輝いている様にも見え蒼い空とのコントラストは涙を誘うほどに美しい。

 だが、見た目とは裏腹にここはひとが住むにはお世辞にも適した土地とは言えない。

 

 多々良は思う、真に清浄な楽土とはひとの侵入を拒絶する場所なのではなかろうか………と。


 


 洞窟内部でサクラは早速とお弁当を広げる。


 僧正にサクラの保護を依頼され代わりに星船の在処を教えられたのは昨日の事、多々良はその日一日を準備に宛て翌日早朝に寺院を出立しここまで到った。

 おそらくは後一時間ほども歩けば月影の姿は見えよう、多々良のこめかみに埋め込まれたインプラントが方位を示している。


 多々良は着ていた毛皮を二枚ほど脱ぐとやっとひと息つけたとサクラの隣に座り込んだ。


 「タタラ、疲れちゃった? もうちょっとで、ガルガンティス、あるとこ、着くんだよね。ごはん、食べて、げんき出そう!?」


 サクラから手渡されたのはナンにハンバーグを挟んだハンバーガー(仮)、昨日一日掛けサクラと一緒に作った弁当だ。

 

 既にサクラは大きめのハンバーガーを両手に持ち美味しそうに咀嚼している。


 多々良は疲労で空腹はあっても食欲の湧かない状態だがここは食べねば体力が続かないとハンバーガーにかぶり付く。

 出来るだけ充分に消化しようとゆっくりと何度も噛んでから嚥下する。


 やはり冷えて肉汁は無いが肉の旨味が疲労感漂う全身に僅かな活力を与えた。


 「うん、美味しい!」


 「おいひいねー、また、ふたりで、作ろうね、ハンバーガー」


 思わず出たひと言にサクラは反応し同意の言葉を発する。


 「サクラはいいの? 僧正様とお別れして僕に付いてきて、あっちは此処とはまた違った意味で生きるのが大変な場所なんだよ?」


 「僧正様は、このアマタタカハラに、殉じようとしているの。でも、サクラは、未来が、あるからって、キャニオンクローラーのいのちは、サクラが、受け継げって。

 サクラはね、タタラがいればいいの、タタラが、一緒に、いてくれたら、どこでもいいの」


 幾度も尋ねた質問だ。

 そして幾度も聴いた答えだ。


 僧正の決断を多々良は厭世的とまでは言わぬまでも未だに納得はしていない。

 この終わる星と最期を共にし、その命運に殉じる。

 耳当たりはいいが多々良には理解出来ない。

 どうして生きようと足掻かないのか? どうして逃げ出さないのか? どうして産まれた星とは言えそこまでの愛を惜しまないのか?

 どうして、どうして、どうしてどうしてどうして。


 『どうして』ばかりが多々良の頭を駆け巡る。


 そんな彼を僧正は笑う。


 「御仁、貴公は未だお若い、年寄りは土地を愛し離れたがらないものなのじゃよ、それはおそらくは他の星系の老人だとて同じじゃろうて。

 さ、こんな余命幾ばくもない偏屈の事など放っておいて貴公は己が道を進むがよい。貴公のこれからの旅路に幸多からんを繭の中から祈ってようぞ」


 結局は説得など無意味な事でしか無かった。

 

 多々良は無力感に苛まれつつ僧正に頭を下げて退室した。

 

 「行こう、月影が待っている」


 ポットのお茶を飲むと多々良は立ち上がる。留まっているとどうしても僧正の事を考えてしまうのだ。


 たった一日、短時間の会合でしかなかったが多々良は僧正の穏和でいてユーモアに溢れた人柄に惹かれていた。親しくなった相手の最期など想像ですらしたくはない。

 

 多々良は再び毛皮を着込むと美しくも酷薄な自然に立ち向かっていった。




 「タタラ、走って」


 雪に半分埋まった月影の姿が岩の間から見え始め「あれが月影だよ」と指を指し振り返った多々良が目にしたのはサクラの普段とは違った真剣な表情。


 サクラは多々良の手を取り今までにない速度で走り出した。


 「ど、どうしたのっ!? そんなに慌てて走ったら転んじゃうよっ」


 抗議にも耳を貸さずサクラはひたすらに月影を目指す。


 「音、きこえるっ」


 「音?」


 「うん、ドドドドって」


 「そ、それって……」


 冬山で聞こえる轟音、それはおそらく………


 「うん、そう」


 多々良の予感は当たっていると言う様にサクラは頷いた。


 「雪崩ッ!??」「イワシッ!!」


 「は?」


 サクラは頷いたのにふたりの口から出た言葉は違っていた。


 そもそも何故にこの山中でイワシ? サクラたちキャニオンクローラーは雪崩の事を『イワシ』と呼ぶのだろうか? 

 

 その答えはすぐに判った。


 谷の上から大量の雪と共にきらきらと光を反射させ落ちてきたのは……


 「(イワシ)!?」  


 だった。


 雪崩に乗って無数のイワシの群れが多々良たちの方へと向かってくる。


 「イワシ、雪崩をおこして、その波にのってくるの、えもの、雪崩に、巻き込んで、窒息死、させる、それで、食べる」


 「そんなイワシ聞いたことないよぉぉ~~ーーーーーっ!??」


 しかし現に多々良たちは襲われている。


 振り向けばすぐ側にギラギラと銀の鱗を反射させギョロリと不気味な魚眼、びっしりと細かな歯が並んだ口を剥き出し体長二十センチ程のイワシたちが獲物を狩らんと襲い掛かって来ているのだ。


 多々良は少し遅れ始めたサクラの胴を小脇に抱き抱えひたすらに脚を動かした。


 「ぴゃっ!? 抱っこ、サクラ、お姫様みたい」


 てれてれと火照る頬を両手で挟み身をくねらすサクラは意外と余裕綽々なのか?


 そもそも今の状態はお姫様と言うよりも村娘を拐う山賊のそれだ。


 月影へと必死の思いで辿り着き、ハッチを塞いでいた雪を掻き分けコクピットを開く。

 放り込むようにサクラを内部へと押し込むと多々良は自らも操縦座席に収まり起動手順を素早く行う。


 微かな震動と共にコクピット内部に光が灯り月影は背を預けていた岩棚に手を突いて立ち上がる。


 ハッチを閉める余裕などはない、すぐさま襲い来る雪崩から退避しようとスラスターを噴かすが一向に肩と腿に据え付けられたノズルからは蒼白い炎は出てこない。


 「しまった、起動直後はエンジン暖まってないからスラスター使えないんだった」


 それは兄、鉄人からもよくよく戒められていたガルガンティスに関する注意事項。スラスターはブラスター同様内部の荷電を必要とする。

 よってガルガンティスのエンジンに相当する箇所が充分に動き始めなければ荷電は叶わずスラスターは使用出来ない。


 しょうがなし、多々良はレバーを引き月影の膝をたわませ跳躍する。岩壁を足場に三角跳び、雪崩の後ろへと着地した。


 跳躍が低すぎたのか開いたハッチから雪と共に数匹のイワシが飛び込んで来る。

 サクラは床でぴちぴちと跳ねるイワシの尾ヒレを摘まむと。


 「えへへ、今日の、ごはん、イワシ食べようね、多々良」


 と嬉しそうに笑った。



 

 イワシ雪崩は月影のいた岩棚に激突し止まった。雪の上でイワシは暫くは跳ねていたがやがて次々と雪の中に潜って行き数分後には只の雪の塊となった。


 「この雪の塊の中に沢山のイワシが居るんだ……」


 多々良もやはり日出る国に育った少年、かの魚井一生氏がノルウェーでシシャモ輸入に尽力したように魚への執念並々ならぬのがこの国の人々の特色だ。


 丸干し、梅煮、唐揚げ、刺身、イワシ団子のつみれ汁、マリネにつみれハンバーグ。

 

 思い起こせば地球を発って以来魚などついぞ口にしていない。

 今多々良の胃袋は魚を求めてやまない魚専用胃袋と化していた。

 

 多々良は雪の中の大量のイワシを捕獲しようと月影の腕を広げ一歩踏み出した。


 「タタラッ、また、くるよっ!!」


 我に返ったのはサクラのひと言であった。持ち前の勘で咄嗟に月影を後退させると直後に岩棚の上から二度目の雪崩が降り注ぐ。

 それは最初のイワシの群れも巻き込み倍以上の質量と速度で月影を飲み込まんと迫り来る。


 「うわぁぁ~~ーーーんっ、丸干しぃぃっ、お刺身ぃぃっ、梅煮ぃぃぃっっ!!」


 未だにイワシへの執着は捨てきれないものの、食べるつもりが食べられるなど洒落にもならない。スラスターの不調な月影をめいっぱいに走らせ多々良は想い焦がれた食材からの逃亡を謀ったのであった。



 月影は疾走(はし)った。降り積もった雪を巻き上げひたすらに疾走(はし)った。


 後ろからは先程の倍以上ものイワシがぱくぱくと口を開き襲って来る。


 捕まればサクラ共にイワシの生餌だ。

 

 黒沢多々良、山でイワシに喰われ命を落とす。享年十六歳。


 おそらくは死亡原因としては最下級に位置するであろう死に方など多々良は御免だった。


 故に逃げた。


 たった一機でスナークを葬り去り、ウィルミンのガルガンティス大隊を相手取り母艦に肉薄し、勇壮なるガルガンティスパイロット、ガニガスらライカンスロープをして『鬼神』とも云わせしめた無双のガルガンティスはたった数十センチにも満たない魚を相手に逃げ出したのだ。


 「!っ あれは………」


 谷間を駆けていた多々良は何かを発見し速度を緩めた。


 「タタラッ、走らないとっ、追い付かれちゃうっ!」


 「うん、でもちょっと待って」


 遂には月影の脚は止まり雪の上に片膝を付いた。


 「タタラッ!」


 サクラの悲痛な叫びにも耳を貸さず多々良は開いていたハッチから身を乗り出す。


 「山羊さんッッ!!」


 そこに見つけたのは吹雪の中で多々良が出会い寺院まで案内をしてくれたあの山羊であった。


 「山羊さん、乗ってっ!」


 山羊は雪崩から逃げていた。

 だがここは深い切通し、両側の岩壁は幾ら登坂が得意な山羊であっても登れるものではない、このままでは遠からず山羊は雪崩に呑まれその一生を終えるであろう事は明白だった。


 「山羊さんっ、お願いだからガルガンティスに乗るんだっ、僕を信じて! 君を助けたいんだっ!!」


 たった一度の会劫だった。それほどに互いを知っている訳ではない、だが多々良は山羊の気紛れであったにせよ吹雪の中救ってくれた事を忘れてなどいない。

 それは僧正を見捨ててしまった多々良の贖罪であり代償行為あったのかも知れない。

 それでも目の前で尽きようとする命を放っておくことなど多々良は出来なかった。


 「ベェェ」


 目の前に突如現れた巨人に山羊は迷った。

 うろうろとその場で足踏みし何度も多々良とその後ろの雪崩を見比べる。


 「お願いっ、僕に恩を返すチャンスを……」


 山羊はその横長の瞳でじっと多々良を見る。


 「タタラッ、もう、余裕ないっ、すぐそこに雪崩っ」


 「ベエェッ」


 次の瞬間、山羊は後ろ脚で雪を蹴り上げ器用に月影の突起部を足掛かりにコクピットハッチまで駆け登った。


 「ベエベエ」


 「わぷっ、よしっ! ハッチ閉めるよっ!!」


 「ぴゃっ、ヤギさん、オシリ、サクラのかお、おしつけちゃ、ダメッ!」


 ハッチが閉まると同時に月影はその巨体を大量のイワシの群に呑み込まれた。


 白い津波は月影をその内部に呑み込んだままにさらに谷間を流れる。


 ぶわりと雪崩の一角が膨れ上がる。


 ドッと雪と鱗の銀が弾け宙にキラキラと舞う中、異形のガルガンティスがスラスターから蒼い熱を放出し現れた。


 月影はそのまま谷の先の剣状の山の尖端へと辿り着き背の担架から最後の長刀を抜き放ち。


 「やああぁぁぁぁッッ!!」


 多々良の烈迫の気合いと共に一気呵成に薙いだ。

 

 ギャリンッ!!


 耳障りな音をあげ火花が散る。


 長刀は無理に硬い山を斬ったせいか根元からへし折れ眼下の雪の中へと落ち消えて行った。


 数瞬の間を置きゆっくりと山の尖端が傾いだ。


 山の欠片は斜面を転がり衝撃に崩れる岩をも巻き込んで谷底へと落ちて行く。


 ズズンッ!  


 遂には谷の底へと到り狭い切通しをその巨体で以て塞ぐ。


 雪崩は突如出現したダムに行く手を阻まれ大きく雪とイワシをまき上げて止まった。


 「………すごい」


 サクラがガルガンティスの膂力に驚きの呟きを発する。


 そんなサクラに多々良は振り向きにっこりと笑った。


 「さぁ、これでイワシは取り放題だ、今日はイワシ料理のオンパレードだよ。サクラは何が食べたい?」


 「ベェェ」


 山羊が呆れたかの様にひと声鳴いた。

 


 

 

 

 

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