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禍福はあざなえる縄とよく似ている5 僧正

 翌朝、多々良は眩しい光の中で目を覚ました。


 窓から注ぐ朝日は雪の白を反射させ部屋を明るく照らす。


 多々良は目を擦り立ち上がると大きく延びをした。どうにも長時間動けずに居たせいか各所がバキバキと凝っている。


 「あれ? そういえば……」


 眠りに落ちるまでずっと身体に巻き付けられていたサクラの脚が今はもう無い。


 どころかサクラの姿すらも部屋には無くどうにもがらんと寂しげな空間に多々良はもの寂しさすら覚えた。


 「……嫌われちゃったかな?」


 ぽりぽりと頭を掻く多々良のそんな声はおどけている様で何処か寂し気だ。やはりあれほどになついてくれた相手から拒絶されるのはなんとも辛い。


 嫌われては居ても多々良はサクラを嫌ってはいないのだ。

 彼女には恩もある、礼代わりとまでは言わないが少しでもサクラの気持ちが上向きになってくれればと多々良は籠の昨日使わなかった野菜を手に取り朝食の用意を始めるのであった。


 朝食用にと蒸しあげた野菜と肉を鍋から出し手製のドレッシングをかけたところでサクラが調理室へと顔を出した。


 一晩中泣いたのか赤く腫れぼったい目をしてとぼとぼと元気のない彼女に出来るだけ普段通りに声を掛ける。


 「おはようサクラ、朝ご飯もう少しだから待っててね」


 「………………」

 

 返事を期待し少し待つがサクラはじっと下を向いたまま黙って立っている。


 無理に会話を強要しても意味はない。と多々良は再び台所に向かった。


 「………僧正さま」


 ぽつりと多々良の背に言葉が投げ掛けられる。


 「僧正さま、タタラに、会いたいって。あって、お話し、したいって」


 どうやらサクラはずっと眠っていると言う僧正様に会いに行っていたようだ。そしてその僧正様は多々良の面会を希望していると言う。


 「すぐに行く? ご飯食べてからでも大丈夫かな?」


 「………………ん!」


 サクラはこくりと頷き椅子に腰を降ろした。

 多々良は出来上がった温野菜のサラダと麦粥をサクラと自分の前に置くと手を合わせ食事を開始した。




 多々良の目の前に鎮座していたのは巨大な繭であった。


 四方八方、壁、柱、床を問わず糸が走り空間の丁度真ん中に浮いた状態で繭は固定されている。


 「御初にお目に掛かる異星からの稀人、先ずは謝罪を、同胞の娘が随分と我が儘を致したようで、拙僧に泣き付いてきおったのでちょいと小言とお尻を叩いてやった。どうかそれで赦してくだされ」


 嗄れた、しかし知性溢れる声は繭の中から聞こえてきた。

 果たして如何にして繭が少女の尻を叩くのだろう? そんな疑問を抱きつつも多々良は両手を合わせ頭を下げた。


 「初めまして僧正様、僕は黒沢多々良です。サクラには沢山助けられたんです、哀しませてしまったのも僕が帰るって言ったからで……どうか彼女を責めないでやってください」


 「左様か、御立派な心根の御仁じゃ。ご当人がそう仰るのであれば拙僧はもう何も言わぬよ。これ、サクラ、そんなところへ隠れてなど居らず出て来なさい」


 そう僧正が告げるとサクラは柱の陰からするりと現れ多々良の隣に立ち脚をにゅるりと巻き付けた。

 しかし先日とは違った力みのない柔らかな巻き付き方。


 「ほう、御仁、随分とサクラに懐かれたご様子、この娘は人見知りの激しい子なのじゃがな、いや、重畳、重畳」


 可々と鳴り渡る僧正の笑い声。サクラは少し頬を赤く染め俯いた。


 「さて、御仁、客人たる貴公にわざわざここまで脚をお運び願ったのは拙僧から貴公にお願い申し上げたき件がございましたからじゃ」


 「お願い? 僕にですか?」


 「如何にも、実を言えば昨日一昨日と貴公の振る舞いは逐一視させて頂いていた。覗き見紛いの無礼、赦してくだされ。

 さて、それで貴公への願いなのじゃが………そうさな、それにはまずこの星、アマタタカハラの現状をお話しせねばなるまいの、少し長くなるが宜しいか?」


 僧正の問いに多々良は頷きで応じた。

 自分への願い、それが一体どの様なものなのかは判らない。だがこの寺院、それにサクラには本当に感謝しているのだ。その恩を返す機会が与えられると言うのならば多々良に否やはない。


 「…………この星はとても古い星でな、既に惑星としての寿命を終えておるのじゃ。

 外を見れば判ろうが異常な吹雪が星全体を覆い既に生態系も崩れ掛けておる。

 我ら僧が魂を削りマナを星に分け与えておるお陰でまだ平気じゃが、マナが尽きれば吹雪はより深刻になり生き物も暮らせない惑星と成るじゃろう」


 惑星(ほし)を食い荒らし終焉を告げる。そんな相手に多々良はひとつ思い当たる節があった。


 「スナークの仕業でしょうか?」


 スナークが原因だとするならば月影で倒しさえすればもしかしたらこの異常気象も終わるかも知れない。僧正の願いとはスナークの討伐かとあたりを付け尋ねてみた。


 「否、否、スナークではないよ。若い御仁、年寄りの話といったものは長くすぐには本題が見えんものじゃ、そう急性に結論を急ぐでない」


 「すみません、話の腰を折って」


 「いや、失敬。拙僧もつい説教染みた事を言ってしもうた。ふむ、どうにも若い御仁と話すと心浮かれてしまいいかんな。

 では、改めて続けよう。

 原因はスナークではない、ここまでは話したかの?

 あれ(スナーク)は未だ若い生命力に満ちた星に憑く、このような年寄りの星なんぞには目もくれんよ。

 あれは一種の抗生物質の様なものじゃからな」


 「は?」


 「話を戻すぞ。

 まぁ、この星は単なる寿命じゃよ、星のマナが枯渇し生命体の存続に適した環境を維持出来なくなる。なんと言っても星の環境なるは繊細なものじゃからな、気温が数度上がるだけでも生命体の活動には致命的な異常現象が起こったりもする。

 それでじゃ、この星に住む民は我ら僧を残し既に星を発ち宇宙(そら)に住み処を移したのじゃが、その後にサクラが産まれたのじゃ。

 本来ならば彼女は民と共に星船で卵の状態で脱出していた筈なのじゃが、この子の親は僧籍にあって星を出るのを拒んでな、星船が発った後にサクラの卵が産まれたのじゃ」


 「それじゃぁ、サクラの親御さんはこの寺院に?」


 言ってから思い出した、サクラはひとりだと。ならばおそらくはもう彼女の両親は……


 「うむ、暫くはこの寺院に留まり暮らしていたのじゃが、ある日外に狩りに出た折りに不運にも雪崩に巻き込まれてな………」


 きゅっと多々良の服を掴むサクラの頭をそっと多々良は撫でた。


 「おかげでサクラは親の温もりも知らず拙僧の様な繭玉に育てられたのじゃ、何とも不憫な事じゃがな」


 それで当初多々良を警戒していたのだ。殆んどひとと触れ合った経験のない彼女には他者は恐れるべき異物でしか無かったのだ。


 「幾度かこの地を訪れた客人も居はした、だがサクラも警戒感を露にしていたし、性根こそ悪くは無かったが愛しい我らの吾子を預けるには足りんかったのじゃ」


 「……預ける、ですか」


 「そうじゃよ、お若い御仁よ、この様な幼子を星と運命を共にさせようなどとはとんでもない話じゃ。サクラには未来がある。その未来を、可能性を預けられる相手を拙僧たちはずっと待っていたのじゃ」


 願いとやらがだんだんと多々良にも見えてきた。


 「異星からの来訪者にしてスナークを狩る勇士、クロサワ・タタラ殿に伏してお願い申し上げる。どうか我らが最後の子、サクラ・サク・ハルノヒをこの終わりの星より連れ去ってはくれんじゃろうか!?」


 その言葉こそが僧正の願いであった。


 


 僧正は多々良に願う。

 たったひとり星に残った少女を新天地へと拐い未来を繋げてくれと。


 「僧正様はどうするんですか? そのままじゃ宇宙には昇れません、貴方だって生きてる。なのに僕に見捨てろと!?」


 多々良はサクラを助けるだけでは飽きたらなかった、僧正をも救いたい。そう思ったのだ。

 しかし返ってきたのは拒絶の言葉。


 「御仁、拙僧は永く生きた。既に繭玉に身を隠さずともそう永くは生きられん定めなのじゃ」


 「でもっ」


 「聴きなさい、お若い異邦者よ、我ら僧はこの星に全てを捧げておる、今更趣旨替えなど憚られる。この星と最期を共にし看取る者も必要じゃろうて」


 「………でも」


 「我らは一度この星を出で遥か星の彼方を住み処とした時期がある。

 しかしな、コロニーでの暮らしは我らには辛いものであった。民の皆が母星に戻ることを願い結局はこのアマタタカハラに戻ってここで死んでいったのじゃ。

 それくらいは愛しているのじゃよ、我らキャニオンクローラーをその懐で育み進化を見守ってくれ続けたこのアマタタカハラと言う惑星を。

 御仁、貴公の様なお若い方にはまだ理解出来ないかも知れぬがな」


 環状銀河連合体を抜けたのもそれが理由であったのだろう。


 しかしそれならばサクラもまた……


 「そうじゃな、この幼子にとっても宇宙(そら)での日々は辛いものであろう。我らキャニオンクローラーは土を愛で大気を慕う生命体、他の宇宙(そら)に適合していった種ほどに上手くは生きられんかも知れぬ。

 だがな、それでもいつかは我らも星を出る覚悟がまた必要な運命だったのかも知らん、そしてサクラがその運命の担い手なのじゃ」


 「…………………」


 多々良は答えられなかった。出来る事ならばと言った軽い覚悟は既に何処かに吹き飛んだ。出来る出来ないではない、出来なければ多々良を救ってくれたこの人見知りで無邪気な少女はこの星にひとりぼっちのまま星と共に消えて行くのだ。

 

 しかし宇宙に連れ出しても彼女は辛い日々を送るかも知れない。


 多々良は悩んだ。答えなど既に出ていると言うのに悩んでいた。

 

 「僧正様、サクラ、タタラに、ついてっていいの?」


 懊悩する多々良の横からサクラが僧正に問い掛ける。


 「そうじゃよ、サクラはこの御仁と共に宇宙(そら)へと昇るのじゃ」


 「ホントッ!? サクラ、ずっと、タタラと一緒にいていいのっ!? お別れしなくって、かなしい思いしなくっていいの!?」


 サクラは無邪気に多々良と居られる事を喜んだ。

 多々良の両手を握りくるくると多々良を中心に回り喜びを露にした。


 「じゃあ、じゃあ、タタラ、サクラの、リンガになるのっ!?」


 「リ、リンガ?」


 「これこれ、気が早い娘じゃ、御仁はともかくもサクラ、お前さんには契りなど早かろう」


 サクラの言う言葉の意味が判らず戸惑う多々良、そんなふたりに僧正はフォローを入れるがそれもまた意味不明だ。


 「早くなんかないもんっ、サクラ、すぐにタタラの、ヨニになったげる! タタラ、サクラのリンガ! 卵いっぱい産もうねっ、サクラ、たくさん、たくさん、がんばるよっ!」


 きゅっと多々良の腕を掴みサクラは抱き着いてくる。その身体に不相応な程に発達した胸部が柔らかく腕に押し付けられつぶれた。


 『契り』『産む』『卵(?)』この単語から推測するにどうやら××(ちょめちょめ)な話題の様でありそれは多々良が最も苦手とする分野であった。


 「えぇ、え、えええぇぇぇ~~ーーーーーーーーーーッッ!!?」


 多々良の発した驚愕の悲鳴は繭玉の鎮座する室内いっぱいに木霊したのであった。

 

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