禍福はあざなえる縄とよく似ている4 料理
翌日もまた朝からずっと寺院の外は吹雪いていた。
「雪、止まないね」
「吹雪、ずっとびゅうびゅういってる。びゅうびゅう言わなくなるのは、たまに、青い空がみえる。でも、そーゆー日は、今日よりずっと寒くなる日」
ふたりで寺院のテラスに立ち外を眺めつつ天候を確認する。この中を歩いてここまで辿り着けたとは信じらえ得ないような荒天だ、きっと山羊の道案内が無ければ途中で力尽きていただろう。
「山羊さんはこんな天気だけど大丈夫なのかなぁ……」
「やぎ?」
「僕を此処まで案内してくれたんだ。白くておっきい角が生えた山羊さん」
「しってる、たまに見掛ける。大丈夫、あのやぎは、つよいひと、吹雪なんかへっちゃら」
サクラがそう言うのならばそうなのだろう、実際あの山羊は痩せこけていながらも生命力に溢れ微塵も弱々しさを感じなかった。
多々良が彼の身を案じるなど分不相応と言うものだろう。
「そう、かも知れないね。あの山羊さんなら吹雪なんかに負けないだろうしね」
さて、今日一日やることが無くなってしまった。ならばどうしようと多々良が頭を悩ませているとサクラの腹がきゅぅと小さく鳴った。
「サクラお腹減ったの?」
昼までにはまだ間がある。それでも朝食は軽くふたりで携行食料の残りを分けあっただけで量もそう多くは取らなかった。
「………チョット、いつもはあんまり、ごはん食べないけど、タタラのつくったおいしいごはん、思い出したら、鳴っちゃった」
少し恥ずかしいのか褐色の頬を染めて言う。
ならば少し早めだが昼食を……… と切り出そうとして多々良ははたと気付いた。
レスキューパックの食料は食い繋げば一ヶ月ほどはもつ、しかし昨日の晩にスープとナンだけの質素な食事を夢中で貪るサクラの嬉しそうな顔に思わず多々良は食料をかなりの数供出してしまった。
結果今ある食料はふたりで細々と消費して一週間もつかどうかといった量でしかない。
この先どれくらいここに足留めを食らうかも判らない状況下で多々良は己れの失策に気が付いた。
多々良の食事を思い出しほぅと目を細めるサクラに対して何とも言い難いが無い袖は振れない。多々良は未だうっとりと記憶を反芻する少女に残念なお知らせを告げた。
「サクラ」
「あい?」
「……その、ごはんがね、もう少なくって昨日みたいな料理は作れそうにないんだ」
「メソ!」
恍惚としていた表情が一転、両の頬を挟み蛸の口で顔を青白くさせる。さながら「今日で世界は終わります。エンドオブデイズ」と告げられた大統領の様だ。
「ごはん、もう、食べられない?」
「ううん、まだ有るけど食材がもう少ないんだ。どれだけここに居るか判らないから少しでも節約していかないと……ゴメンね? せっかく楽しみにしてくれていたのに」
謝る多々良にサクラは現状打破の一手を口にした。
「ごはんの、ざいりょう、ある」
「え! ホント!?」
思えばサクラはずっとここに居るのだ。冬籠もりの為の保存食があるのは当然の話である。
「こっち、きて」
サクラは多々良の手を引きにゅろにょろと歩き(?)出した。
着いた先は礼拝堂を抜け僧たちの生活の場を過ぎた食堂と思われる一室、それをさらに過ぎた地下の倉庫であった。
「うわぁ!」
多々良が驚きの声をあげるのも無理はない、その倉庫にはぎっしりと食料が詰め込まれていた。
およそ百人が十年以上は楽に暮らせそうな食料の山、しかも。
「うわっ、カボチャやニンジン、タマネギ、カブ、ナツメグやザクロ、あっ! お肉や干した魚まである……」
多々良もよく知る食材が揃っていた。更にはその奥の空間には保存には向かない葉物野菜が採れたての鮮度そのままで鎮座していた。
「タタラ、こっちも」
興奮する多々良の手を引きサクラが向かった一角には……
「調味料もこんなに………これは………コショウだ! それにお砂糖にお塩、ハーブブイヨンにガラムマサラ、うわっハイ○ーまで……」
無論各種油や酢などの液体調味料も完備されている。
環状銀河に来て以来料理と言えば味気無いクッキー状の栄養食、あるいは倹しい調味料を試行錯誤しでっち上げた旨味の少ないプラント製の野菜や肉のなんちゃって料理が精々で些かフラストレーションを溜め込んでいた多々良は理想的な環境と言えよう。
嬉しそうに周囲を見渡して棚の野菜を手に取る多々良にサクラはにっこりと笑い。
「タタラ、うれしそう。サクラもうれしい。タタラ、これあればごはん作ってくれる?」
「勿論! 美味しい料理が作れるよっ! 期待しててねサクラ」
「やった!」
両手を広げぴょんと跳ねて歓びを表現するサクラ。
「あ、でも……」
「どうしたの? やっぱり、ダメ?」
ひとつ多々良には気になる事があった。
「こんなにいっぱい食材があるのはそれを食べるひともいっぱい居るんだよね? そのひとたちに断ってからでないと……」
そう、ここは多々良の食料庫ではないのだ。まずはここの管理人か所有者に話を通し許可を得るのが筋であろう。
「なら、だいじょうぶ、これ、たべるひとサクラだけ。サクラはタタラにおいしいごはん、作ってほしいの。たくさん使っても、いい」
「え!? サクラひとりの食料庫なの? 他のひとたちは?」
「いない。 僧正さまたちがいるけど、いつも寝てて、ごはんはたべないの、だから、サクラひとり」
この寺院を束ねるであろう僧正はどうやら随分と寝坊助の様だ。或いは修行の一環で断食でもしているのであろうか。
ともかく多々良とサクラは思い思いの食料を選び出しざる一杯になったところで台所へと運んだ。
「さて、サクラくん、本日のお料理は『熱々お肉と野菜たっぷりグラタン』を作ってみましょう」
「ぐらたん、ぐらたん」
何故か妙なテンションで料理番組宜しく解説を始めた多々良、そこにサクラが合いの手を入れる。
「助手のサクラくん、先ずはジャガイモとブロッコリー、タマネギ、ニンジン、にんにく、鶏肉などを切ります。大きさはその都度説明するね。
っと、その前にサクラさん、手は洗いましたか?」
じっと手を見る。
「……洗ってない、サクラの手、汚い」
「Oh! イケマセンサクラさん、ばっちい手ではお料理もばっちくなってお腹が痛くなってしまいます」
「………サクラ、タタラといっしょに、お料理できない? サクラ、タタラ、お手伝い、したい」
サクラの瞳が潤み出す。
軽い気持ちで言ったひと言は予想以上にサクラの繊細な心を傷付けてしまった。
慌てて多々良はフォローを入れる。
「だっ、大丈夫! 水で綺麗に洗えばサクラもお手伝い出来るからっ、さ、一緒に手を洗おうね。この石鹸を使って指の間も忘れずにねっ!?」
手洗い用の水盤で石鹸を使用して丁寧に手を洗う。清潔なタオルで濡れた手を拭えば準備は万端だ。
気を取り直してふたりは並んで調理を開始した。
最初に一口大に切った鶏肉、野菜をフライパン状の鍋で焦げない様慎重に炒める。次いで小麦粉、牛乳を火に掛け泡立ってきたところでバターを投入、塩コショウで味を調える。因みに少しスパイシーさを出したかったので粗い黒胡椒も入れる。
炒めた肉と野菜を耐熱性の皿に盛りそこにソースを掛け回す。その上に細かく砕いたチーズを載せ外に置き凍らせたパセリを皿の上で揉み掛ける。
それをサクラの魔法で火をかけた石窯に入れた。
「はい、これで二十分くらいかな? 待って取り出せば『熱々ポテトグラタン』の完成です!」
「タタラ、はじめは、『熱々お肉と野菜たっぷりグラタン』だった。どうして、名前、ちがくなった?」
「あれ? そ、そうだっけ!? それじゃぁ『熱々お肉とやさ………」
「たのしみー、ぐらたん、ぐらたん、ぐらたんた~ーーん」
「………………………………」
「どうしたの? タタラ、口空いてる」
「い、いや、別に何でもないよ。それよりもサクラ、待ってる間にもう一品作ってみようか?」
「ホントッ!? なにつくる? またサクラも、お手伝いしてもいい!?」
「勿論、今度はそうだね、ミネストローネに挑戦してみようか?」
「みねすと、ろーね?」
小首を傾げるサクラに籠にあったトマトを取り出し多々良は答える。
「昨日サクラが飲んだスープの元を使ったトマトのスープだよ。今度もいっぱいお野菜入れようね」
「やった! サクラあのお汁すきっ!!」
かくしてグラタンが焼き上がるまでの時間を利用しミネストローネも完成し食卓にはほかほかと湯気も美味しそうな二品が並べられた。
更にデザートとして瓜とメロンの中間の様な果実も冷やして添えた。
「おいひいっ!!」
隣の椅子にちょこんと座り夢中で貪るサクラに多々良は微笑みを浮かべスプーンにグラタンを盛る。
口に入れれば熱い旨味が口腔に広がる。肉や野菜もコロニーのプラント物とは一線を画する美味しさだ。
「うん、美味しいね。サクラ、ありがとうね」
感謝の言葉にサクラはスプーンをくわえたままきょとんとする。
「なんで、ありがとう? サクラあんまり、手伝えなかった。グラタンも、ミストローネも、タタラが作ってくれた。サクラが、タタラに、ありがとう、いう」
「ううん、サクラはいっぱいお手伝いしてくれたじゃないか。食材もサクラのものだし、何よりサクラがこうして寺院に居てくれたからこうやって僕も塞がずに笑って居られるんだ。
全部引っ括めてありがとう、サクラ」
「それなら、サクラも、タタラにありがとう。タタラが来るまで、サクラずっとひとりぼっち、タタラが来てくれたから、すごくたのしいの。だから、サクラも、タタラにありがとう」
「そっか」
「そう」
「あはは」
「えへへへ」
びょうびょうと吹き荒ぶ吹雪に閉じ込められたこの寺院でも暖かな食事風景はふたりの心を満たしたのであった。
「ふね?」
「うん、大気圏外……… 宇宙まで行ける船を探しているんだ」
食事が終わり食器を綺麗に片付けた後、ふたりはお湯を沸かしお茶の時間を楽しんでいた。
話題は多々良のこれからについて、どうにもサクラの説明を耳にするとこの周辺、どころかこの星には殆んどひとは居ないらしい。
長く続いた気象の異常によって民はその数を減らしある都市は死に絶えある都市は大気圏外へと生き残る術を求め去っていった。
僅かに残ったのは各地の寺院で星の行く末を見届ける為残った僧正を始めとする眠りに就いた神職の民、そして異常気象が本格化してから唯一産まれた少女、サクラのみであると言う。
最早この惑星上でまともな行政は行われていないらしい。
ならばデボラたちの言う『アマタタカハラの外星交渉担当部署』とやらは存在していない公算が高い。
そしてその情報をどうやらミドガンドの人々は知らない様だ。
残された多々良が宇宙に飛び出し彼の帰りを待っているであろう仲間の元へと戻る手段は自力以外には無くなった。
そこで多々良はサクラにこの惑星に残っている大気圏脱出可能な艦船の在処を問うたのであった。
「そんなの、どうするの?」
「この星から帰るんだ」
「ええっ!!?」
驚きテーブルの下に脚をぶつけるサクラ、衝撃でテーブル上の茶碗が倒れ中のお茶がこぼれサクラの脚に掛かる。
「っ!! サクラッ、火傷しちゃうよっ」
慌てて多々良が芋虫状の脚の濡れた箇所を拭い冷たいタオルでそこを冷やすがサクラは一向に動じない。
どうしたのかと見上げた多々良の目に飛び込んできたのは目も虚ろな少女の呆然とした表情であった。
「サクラ? どうしたの?」
「……………………………」
「サクラ?」
「………………………………………や」
「ん!?」
「タタラが、いなくなっちゃう、イヤ、イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤッ!!」
「えっ!? ちょ、サク……ぐほっ!??」
サクラを宥めようとした多々良は突然何かに腹部を拘束された。
見るとそれはサクラの脚である芋虫が細く伸びたものであった。
「サクラ、離して!」
「イヤイヤイヤイヤッ!! タタラがどっか、サクラおいていっちゃうなんて、イヤッ!!」
落ち着くよう話をしようとしてもサクラは耳を塞ぎ首を振るばかり。しかも多々良を中心にとぐろを巻いた脚はがっちりと多々良を押さえ込み動く事さえ叶わない。
結局多々良の説得はサクラには全く通じずこの状態のまま一日を過ごす破目に陥ったのであった。




