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禍福はあざなえる縄とよく似ている3 少女

 ぱちぱちと鍋の下の焚き火の枝がはぜる。


 ここは寺院の礼拝の間、異形の神像に囲まれ多々良はレスキューパックにあった携行食料を鍋の中に放り込んだ。

 雪から溶かしたお湯の中で携行食料はゆっくりと溶け出し辺りにコンソメのよい香りが満ち始める。


 この携行食料、多々良がプラントで生産されていた培養肉と試験用にと速成された野菜を乾燥させ粉末にしたものを混ぜ合わせ作ったオリジナルである。

 舌の肥えた多々良にはいまいち満足とはいかない出来ではあるがミドガンドのパイロット、整備士、軍人たちには好評価で受け入れらえ見事レスキューパックの一角を占めるに至った。

 コロニーの住民にも美味しいと評判で現在品薄の逸品であったりするのだ。


 程よくコンソメが煮立ち同じく放り込んでいた干し肉が柔らかくなり始めた頃を見計らい火から鍋をおろし代わりに小麦粉で練ったナン状のパンを火の直接当たらない箇所に置く。


 ナンがきつね色になったところでスープを器に盛り本日の夕食は始まった。


 コンソメスープとプレーンナン、なんとも質素な食事だが暖かいのこそが現状では何よりのご馳走だ。


 多々良はナンを千切ると口の中に放りスープを啜った。


 ナンがスープの汁気を吸い味に深みが増す。


 ふと視線を感じ振り返ると柱の陰に先程の少女の金の髪がちらちら、時折柱から顔を出しこちらを興味深げに覗いている。

 どうやらコンソメの香りに誘われ居ても立っても居られずにこちらまで来たようだ。


 金の髪の間から覗く翡翠色の瞳は一心にスープを見つめ多々良がナンを咀嚼するのに合わせ口をもぐもぐと動かす。


 しかし柱の陰からは頑なに出ようとはせず、多々良が見ている事に気が付くとはっと柱に身を隠してしまう。

 それでもやはり気になる様で暫くするとまたぴょこんと顔を出して食事風景を熱心に観察し始めるのであった。


 そんな少女の様子に多々良は微笑みを浮かべレスキューパックの中からのもうひとつ新しい器を取り出す。鍋からスープを注ぎ入れ未だ手付かずのナンを添えると少女と多々良が座っていた場所、その中間の距離にそっと置いた。


 多々良は鍋の前まで戻ると少女に向かい。


 「よかったら食べて? あんまり豪華なものじゃないけれど泊めてくれたお礼に」


 と勧めるのであった。


 少女は柱から身を乗り出し何度も器と多々良を見比べる。


 「……いい、の? サクラ、これ、食べちゃっても!?」


 「うん、お礼にだから、食べて貰えたら僕も嬉しいな」


 少女の名はサクラと言うらしい。


 サクラは柱の陰からにょろにょろ(・・・・・・)と這い出すと器の前でかっことぐろ(・・・)を巻き行儀よく座るとスープに口を着けたの。


 「あっつ!!」


 スープの熱に驚き器を落としそうになる。


 「あっ! だ、大丈夫!? ゴメンね、熱いって伝え忘れちゃったね」


 慌てて近寄る多々良にサクラはびくりと身を固くするが、敵意が無いのを、いや、むしろ己が身を案じていてくれるのだと知ると緊張を解いた。


 「アナタ、変、なひと」


 「え!? そうかな? なんで?」


 サクラは少し零れてしまいとぐろにかかってしまったスープを雪で冷やした布で拭く少年にぽつりと呟いた。


 「星の、外からきたひとは、みんな脚が生えてる。むかし、ここに降りた、ひと、僧正様の事、変、って、怖いって、考えていた。

 アナタは、怖いの、ない? サクラ、脚、生えてない。芋虫」


 確かにサクラの腰から下は脚ではなくまるで芋虫の様な長い胴とその左右に生える短い脚部で構成されている。知らぬひとが突然に彼女を目にすればそれは驚き戸惑う、自分たちとのあまりの相違に恐れを抱くかも知れない。


 だが多々良はこの環状銀河に飛ばされて以来、そもそも自分たちと同様の人類などは一度も目にした事がないのだ。


 ティラーニャやエレノアは獣の尾と耳を持った獸人だし、自分たちに近い見た目のミューツにしたって長い尖った耳のエルフだ。


 今更下半身が虫の幼虫な程度では多々良は驚きもしない。「ああ、そーゆー種族も居るのか」と思う程度でしかないのだ。


 「サクラ、僕の耳を見て」


 「………まる、い、」


 サクラの冷たい指がふにふにと多々良の耳朶を興味深げに弄ぶ。


 「うん、円いね。僕は環状銀河で僕とあんちゃん以外こんな耳をしたひとを見たことがないんだ。」


 「サクラの耳、短いけど、三角。アナタの耳、どうして? まるい?」


 「どうしてだろうね? でも僕の住んでいた星のひとはみんなこんな耳をしていたよ。サクラは僕が怖い?」


 答えはサクラが首を横に振る事で為された。


 「アナタ、やさしい。サクラに、暖かい、美味しいものくれた。アナタは、怖い、ひとと違うよ?」


 「そう、ありがとうねサクラ」


 多々良はにっこりと微笑み少女の金の髪を優しく撫でたのであった。




 「タタラ、美味しい。お汁にこの柔らかいの浸けて食べると、すっごく、美味しい! ほら、ふにゃふにゃで、噛むとじわってお汁出てっ!」


 「うん、サクラはナンの美味しい食べ方を発見したね。

 あ、ほら、スープ零れちゃうよ、前にタオルケット掛けて食べようね?」


 「えへへ」


 人見知りであった少女は食事の一件で多々良に漸く慣れてきたようだ。


 慣れてみれば彼女は見た目こそ多々良のひとつふたつ程度だがその幼い口調にまるで小さな妹が出来たかのような気分にさせる。

 ついつい多々良も甲斐甲斐しく世話を焼いてしまうのであった。


 「んくっ!?」


 突然サクラが口を塞ぎ胸を拳で叩き出した。

 どうやら夢中でナンを頬張り過ぎたせいで喉を詰まらせてしまったようだ。


 「あっ!? み、水っ、サクラ、ちょっと待っててね」


 慌てて水筒を差し出そうとした多々良の前にサクラは指を一本突き出した。


 指の先端にくるくると何かが渦を巻く。渦はどんどんその大きさを増しやがてバレーボール程の大きさになる。

 するとサクラはその中に顔を突っ込みバレーボールの中身を飲み始めた。


 「み、水!? これって水なの?」


 果たしてその球は水で形成された水球であった。


 そんな水球は崩れる事もなく宙を浮いているのだ。


 サクラの喉が動く度に球はその大きさを減らし遂には全てがサクラの口の中に消えていった。


 「え? 何、今の? サクラ何したの!?」


 「? みず、飲んだだけ。タタラも欲しいの?」


 と、指を翳せば多々良の目の前に再び水の球が渦を巻き現れる。


 宙に漂うそれを不思議そうに眺め多々良はおもむろに球に指を突っ込んだ。


 パンッ!


 するとどうだろう、今まで何事もなくそこにあった水球は弾け飛び多々良とサクラを水浸しにした。


 「タタラ、ダメ、もっと、やさしく触れないと、精霊、びっくりする」


 「せ、精霊?」


 レスキューパックから取り出したバスタオルでサクラの身体を拭いてやりながら訊ねる。


 「そう、精霊、魔法は精霊の力。精霊おどろかすと予想外の事、起きるから、注意するの」


 「……まほう」


 驚きだ。まるで魔法のようだと思っていたサクラの技は正真正銘の魔法であったのだ。これは多々良にとっては目の前の少女の下半身云々よりもずっと大きな衝撃を与えた。


 「凄いっ!」


 感動のあまり多々良はサクラの手を握る。


 「ぴゃっ!?」


 突然の事態にサクラは驚きに目を円くした。


 「すごいよ!!サクラさん」


 「げろしゃぶ」


 意味不明な言葉はどうやら照れているらしい。

 その証拠に芋虫状の脚がぱたぱたとのたくっている。


 「サクラ、すごい?」


 「うん、すごいよ。エルフのミュー姉ちゃんだって魔法なんか使えなかったのに」


 「えへへへ、サクラ、すごい、タタラにすごいって、ほめられちゃった」


 脚から始まり遂には身体中をくねらせ喜ぶサクラであった。




 「タタラは、お兄さん、いっしょに、この星界、きたの?」


 「うん、スナークの最後の時空転移ってのに巻き込まれてね、月影ってガルガンティスにあんちゃんとミュー姉ちゃんとおやびんと乗ってて、こっちの宇宙に放り出されたんだ」


 食事が終わり後片付けを終えてもサクラは多々良の側を離れたがらずずっとくっついていた。


 ふたりは石の神像の台座に身を預けお喋りに興じた。


 「さみしい?」


 「うん?」


 「さみしい? 前にいたところ、タタラみたいなまるい耳のひとたち、いっぱいいたんでしょ!? なのに今はお兄さんとふたりだけ、さみしい、ない?」


 どうやらサクラは随分とひとの心を見透す術に長けているようだ。ここに辿り着いた際の多々良の心情を察知し漠然と感じていた寂寥感を読み取っていたらしい。


 「優しいね、サクラは。でも大丈夫だよ、今はミュー姉ちゃんも居るしティラーニャやエレノア、先生や整備長さんが居るからね。

 そりゃぁあっちのみんなと会えないのは寂しく感じるけど会えなくなるのは初めての事じゃないから……」


 何か昔の辛い別れを思い出したのか、寂しそうに微笑む多々良にサクラは抱き付いた。


 「サクラも、いる。タタラに、サクラは、さみしい思いさせない!」


 何処か必死な様子のサクラ、ふと思い出せばこの星に墜ちて以来出会った相手はこの少女と山羊くらいだ。サクラもまた孤独の中でひとり寂しさに耐えつつ生きてきたのかも知れない。


 ぎゅっと自分の腰に両腕を回す少女の背中をぽんぽんと優しく叩きながら多々良はサクラの励ましに感謝の言葉を告げた。


 「ありがとうサクラ、君のおかげで寂しいのはどっかに行っちゃったよ」


 「うん、さみしいは、どっかいった。今はさみしい、ない。たのしい。サクラもタタラといっしょは、とってもたのしい」


 吹雪が寺院の外を吹き荒れる。その音を微かに聞きながら何時しかふたりはひとつの毛布にくるまって眠りに引き込まれていった。

 


 

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