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禍福はあざなえる縄とよく似ている2 山羊

 顔を叩く雪に多々良は腕を盾に目を細め黙々と脚を動かし続ける。


 吹き荒れる氷雪は少年の行動を妨げ身体の真までを凍えさせる。


 「あんちゃん、ミュー姉ちゃん、僕は負けないよ。どんな困難だってみんなが待っててくれるなら乗り越えられるさっ」


しかし自然の驚異など彼の熱意を以てすれば何程のものでもない。多々良は進む。只真っ直ぐに愚直に歩みを止めはしない。


 目的地は……………………………………まだ、ない。


 「あ」


 そこで多々良は漸く気が付いた。自分が何処も目指していない事を。


 上空から見た地表はひたすらに山岳が続くだけ、ひとが住まうであろう都市部の直線的な風景などはなかった。っ彼はデボラに言われるがまま月影を放置しレスキューパックを担ぎ歩き続けただけであった。


 「……どうしよう」


 ここに至り彼は漸く人並みに困惑の感情を露にした。

 目的が無ければひとは努力を続けられはしない。今までの疲労が一気に彼の身を圧し多々良は脚を止めた。


 「どうしよう」


 もう一度呟く。


 こんな時、普段なら何気無く弟の側で助言をしてくれる兄の姿は今は無い。両の拳を握り締め己が事の様に真剣に励ましてくれる姉の姿もここには無い。

 今までにない孤独感、寒さによる疲労が多々良を苛み気力を奪う。

 かくんと膝が折れその場に多々良は尻餅をついた。雪のお陰で尻に痛みこそ無いが既に動くことも叶わずその場に蹲り膝を抱く。


 「どうしよう」


 三度目の呟き。


 しかしそれに答えるのは吹雪の激しい風音だけであった。




 どれ程そうして居ただろうか、多々良は微かな生き物の気配に顔をあげた。


 しかし視界は氷雪に阻まれ一向に安定しない。よもや自分の思い過ごしか願望が見せた幻かと顔を再び伏せようとしたところ、何の偶然か一瞬吹雪に切れ間が生じた。


 その隙間に彼は見た。遥か向こうに白い何かが蠢くのを。


 「……だれ?」


 多々良はゆっくりと立ち上がる。彼の上に積もった雪が氷がぱらぱらと落ち地面に辿り着く前に強風に依って飛ばされる。

 僅かに残った体力を燃やし彼は何者かも判らない蠢くそれを目指しもう一度脚を動かし始めた。


 辿り着いた多々良が目にしたのは真っ白な冬毛を纏った頭部でねじくれた角も雄々しい山羊であった。

 

 山羊は多々良に目もくれずひたすらに雪に覆われた岩肌に鼻を突っ込み何かを貪っている。多々良が更に近くに寄って見ればそれは茶色く枯れ果てた雑草であった。

 よくよく目を向ければ白く長い毛に気が付かなかったが山羊は痩せこけていた。四肢も細く筋張り胴はあばらが痛々しくも浮き出ている。

 この様な環境では山羊も餌を満足に取れないのだろう。


 「ベェェ~ーー」


 多々良の接近に漸く顔をあげた山羊は威嚇のつもりなのかひと声鳴いた。


 「あ、食事中ごめん、あの……山羊さん、この近くにひとの住んでいる所ってないかな? 実は僕、道に迷って……いや、迷ってすらないのかな? 出来れば教えて欲しいんだけど………」


 戸惑いつっかえつっかえ話す多々良に山羊は敵意を感じなかったのか再び食事に専念し始めた。


 どうやら多々良がミドガンドで処置されたインプラント内の翻訳機能は動物には適応されていない様だ。


 「……そうだよね、おやびんの声だって鳴き声にしか聴こえないし、ゴメンね、食事の邪魔をしちゃって、僕はもう行くから………じゃあね」


 通じているかもさだかではない別れのあいさつを告げる。


 一応は生き物が住んでいる環境なのは判った。ならばコミュニケーション可能な相手も居る筈だ。


 微かな希望だが無いよりはましだ。


 吹き荒ぶ山脈の細い獣道を多々良は再び歩き始めた。未だ疲労の色は濃い、だが鉄人を、ミューツを、仲間の待つ基地を思い多々良は進むのだった。


 どっ!


 突然背に衝撃を感じ多々良はつんのめり雪の上に手を突いた。


 「えっ!?」


 何事かと自分の背後を振り返り見ればそこには先ほど出会った山羊が仁王立ち、どうやら大きな角の生えたその頭部で多々良の背中を押したようだ。


 「え? え? 何!?」


 突然の事態に対処叶わず只その場で呆然とする多々良に山羊は「ベエエッ」とひと鳴き。膝間突く少年の脇を抜けさっさと岩を登り始める。


 少し進んだところで多々良を振り向きもう一度。


 「ベエエッ」


 まるで多々良に「着いてこないのか?」とでも言っているかの様な仕種。


 「あっ! ありがとうっ!!」


 山羊の意図に気付き歩き出すと山羊もまたひらりひらりと身軽に岩の隙間を縫いながら先導し始めた。




 歩くこと数時間、険しい渓谷の向こう、崖にしがみつく様に建てられたそれは寺院であった。


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、」


 粗い呼吸を繰り返し多々良は漸くに辿り着いた人工的建造物に安渡の溜め息をつく。

 自分で思っていた以上に不安が体力を消耗させまた、急峻な山道が堪えたようだ。


 「山羊さん、ありがとう、助かったよ。本当にありがとうね」


 山羊に感謝を伝えるも既に山羊はくるりと身を翻し遠く激しい吹雪の中に消えてしまっていた。


 多々良はそんな命の恩山羊に黙礼をし目の前の寺院を改めて仰ぐ。


 それは石造りの建物であった。テラスだろうか、正面には広く石タイルが貼られ等間隔に巨大な柱が配されている。梁には精密な彫刻が刻まれ雪で見難いがどうやら蛇が木々の枝を渡り空を目指している様子が描かれている。

 奇妙な形をした卵を割り羽化した蛇が仲間と共に樹を伝い上へ上へと目指す。途中鳥の様な生き物に仲間を喰われつつも蛇はやがて樹の天辺から飛び立ち新天地を目指す物語。

 嘗ては極彩の彩飾が施されていたのであろうが今は色も褪せ異様な寂寥感が漂っている。


 テラスの向こう側には扉はなく広い空間が薄暗く多々良を待ち構える。


 多々良はその空間がまでやって来た。


 どうやら礼拝の為の広間の様だ。左右にはすらりとした半人半蛇の神々の像が幾つも並び正面には一際大きな像が多々良を弊睨していた。

 不思議な事に扉が無いのにここまで雪は吹き込んではこない。どころか暖かいとは言えぬまでも外で居るよりも過ごすには不自由の無い気温だ。


 宗派は違えども威厳に満ちた神の石像は周囲の雰囲気も相俟って自然と敬虔な気持ちを抱かせる。

 多々良は両手のひらを合わせゆっくりと頭をさげる。頭に積もっていた雪がほろりと溶け落ち床を濡らした。


 「すみませ~ーーん、誰かいませんかぁ~~ーーーーっ!?」


 多々良のおとないをいれる声が伽藍の中に響き渡る。


 しん


 しかし闇の中からの返事はない。


 「すぅみぃまぁせぇ~~ーーーーんっ、一晩ン~~ーー、泊めて貰いたいんですけどぉ~~~ーーーーーーーッ」


 すると正面に座した神像の端の奥にぽっと光が灯る。柱の陰からちらりと金色に輝く何かが揺れる。


 「……だ、れ?」


 「あ、居たんだ。あの、僕、この星に墜ちちゃって、それでひとの住んでるところ探してたんだけど吹雪で遭難し掛けてて、出来ればここで休ませて貰いたいんだけど………ダメ? かな?」


 話しているうちに見知らぬ相手を拒絶するような気配を感じ多々良の言葉は尻すぼみになってしまう。


 「………………………………………」


 「あの?」


 「………………………………い」


 「?」


 「………………いい」


 「え!?」


 「泊まって、いっていい」


 「ッ! ありがとうっ!!」


 「ひゃっ!!?」


 なかば断られる事を想定していただけに承諾の言葉は事の外多々良にとってありがたく思わず大声で感謝の言葉を述べた。

 しかしそれは相手を随分と驚かせてしまったようで、ぴょんと跳ねると闇の奥へと姿を消してしまった。


 「っちゃ~ーー、悪いことしちゃったな……」


 消える刹那、多々良が目にしたのは金の髪に覆われた褐色の肌をした少女の姿だった。





 

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