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禍福はあざなえる縄とよく似ている1 撃墜

 ムカデによく似たスナークがその長い胴をうねらせ月影に襲い掛かる。


 口腔ががぱりと開き中から白い糸状の物質を吐き出した。


 糸はブラスターの様に一直線に目標に向かい月影がスラスターを用いて紙一重でかわすと宇宙(そら)に溶け霧散してしまった。


 糸とは言え侮れない。その威力はガルガンティスの装甲を易々と貫き斬り断つ必殺の糸なのだ。既に四機のガルガンティスがその糸の餌食となり戦闘不能へと追い込まれていた。


 「タタラ! 援護するにゃっ!」


 エレノアのティ・アンプルがスナークの糸の届かない範囲から大口径ブラスターを照射、装甲を焼かれ苦悶するスナークは長く硬い胴体をがむしゃらに振りブラスターの熱から逃れる。

 

 月影に暴れるスナークの尾が迫る。多々良はスナークの頭部を相手に長刀を叩き付けておりそれに気付かない。


 咄嗟にティラーニャのマシュールがブレードを構えそれを盾に月影の背後を護る。

 尾はブレードとぶつかり火花を走らせその軌道を逸らした。


 「ちょっと! エレノアッ! 援護ならもっと的確にしなさいよっ! もうちょっとでタタラが怪我するところだったじゃないっ!!」


 「ゴ、ゴメンにゃ、やっぱり鉄人が後ろに乗ってないと上手くいかないにゃ」


 「そんな事ないよ、エレノアの援護射撃のお陰でスナークは怯んだ、ティラーニャもありがと、このまま一気に畳み掛けようっ!!」


 「にゃ! わかったにゃ」


 「タタラ……りょ、了解ッ!」


 隙を曝したスナークの頭部を月影は二本の長刀を駆使し連撃を浴びせる。装甲は硬いが傷はどんどんとその深さを増しやがてぴしりと細かなヒビが生じた。


 多々良はレバーを捻り月影に双刀を手放させると残った二本のうち一本の長刀を抜き放ち逆手に突き下ろす。


 一本の長刀はその刀身でスナークを深々と穿った。


 しかしまだ息はある。


 月影はまたも長刀を手放し力なく明滅するスナークの複眼を蹴飛ばし離脱。

 通信で背後に控えていた最終戦力の動員を要請する。


 「ミュー姉ちゃんっ!、後はお願いっ!!」


 「お姉ちゃんにお任せですよっ! デボラも準備は……」


 「怠りなどっ、喰らえぇっ!!」


 ミューツ、デボラ、二人の乗ったマシュール二機が横抱きに構えた短めの突撃砲、ポシュッとやや遅めな速度で吐き出されたそれは荷電物質を集束させたブラスターではなく実体弾。

 狙い過たず月影の抉じ開けたスナークの頭部の隙間に吸い込まれそれは内部で破裂した。

 複眼のレンズが吹っ飛び肉片が飛び散る。スナークはびくびくとその長い胴を痙攣させた。


 「よしっ!」


 「やったにゃ!」


 「流石ミューツお姉様、完璧ですね!」


 若手パイロット三人は勝利に歓びの歓声を口にする。


 特にティラーニャは姉貴分のミューツに対し『隊長』と呼ばず幼い頃慣れ親しんだ呼び名で彼女に賛辞を送った。

 

 多々良と共にライカン特有の『あの日』を過ごして以来彼女は何か吹っ切れたかの様に肩の力を抜き始めた。

 その変化は周囲を驚かしたが、堅苦しさが消えよく笑うようになった彼女は周囲に溶け込みやがては今まで以上の能力を発揮した。

 特に多々良とペアを組みエレノアの援護を得た彼女は少数でのスナーク撃破をもこなすエースとしてミューツ、デボラの白黒の戦姫と実力を二分するミドガンドの守護者としての信頼を勝ち得るに至った。


 「タ、タタラもまぁまぁね、月影の性能を活かしたからの結果でしょうけど……」


 尤も今一番気になる相手にはいまいち素直になれないままのティラーニャではあったのだが。




 スナーク掃討を終え回収と撤退の段取りが始まり一行の気が緩んでいたこの瞬間、事件は起こった。


 最初に異変に気付いたのはスナークを拘束し彼らの母艦である高速艦での牽引準備をしていたデボラであった。


 「うん?」


 既に命尽きさせるがままであったスナークの脚が不意にぴくりと動いた気がしたのだ。


 「おい、このスナー…………ぐあぁっ!?」


 次の瞬間突如スナークが暴れ始めた。己が身に掛けられたワイヤーを引き千切り当たるを幸い辺りのガルガンティスを次々と蹴散らし始めた。


 「デボラッ!?」


 「大丈夫だっ、装甲の上からだからダメージは少ない。しかしコイツ、死んでいなかったのか!?」


 「そんなっ!? ミューツお姉様とデボラお姉様が頭を砕いたのに!?」


 そう、頭は二発の炸薬弾頭でグシャグシャに潰れている。だと言うのにスナークはその様な事などお構い無しといった風で無茶苦茶に暴れるのだ。

 

 何故!?


 誰もが思った疑問に答えたのは多々良のひと言であった。


 「……梯子状神経」


 「はしごじょー……何にゃ!?」


 「梯子状神経だよ。ザリガニや昆虫なんかにみられる神経構造で頭に神経の全ての情報が集約されるひとや脊椎動物と違ってパーツ一個一個に脳がある様な状態なんだ。

 つまりコイツ、首脳は死んだけど副脳が生きててまだ活動してるんだっ!」


 それでも本能で動いているのか明確な殺意ではなく適当な動きでガルガンティスを襲う。

 

 しかしそれがまた厄介だった。

 意思の欠落した行動は予測が立て難い、抵抗するもガルガンティスは力任せの後先考えない一撃に翻弄される。


 「きゃぁぁっ!?」


 遂にはミューツが餌食となった。無軌道に振られたスナークの尾がミューツの搭乗したマシュールの背を強かに打ったのだ。


 スラスターを破壊され破片をバラバラと破片を撒き散らす。幸いミューツの背後に控えていたガルガンティスが彼女を受け止めたがその行為が多々良の怒りに火を着けた。


 「っっのぉ!! 姉ちゃんに何するんだぁぁ~~ーーーー!!?」


 月影は刃零れでボロボロの長刀を振り上げ瀕死のスナークへと斬りかかった。


 ガッ!


 ガッ!


 スナークに馬乗りとなりその装甲の隙間、関節部に長刀を幾度も突き刺す。

 

 ぶちぶちと肉と神経が千切られボロボロの頭部が胴より離れる。

 

 月影は次の関節部へと移動し同じ行動を繰り返した。


 幾ら単純な副脳であってもここまでされれば自らを害する相手を察知する。


 スナークはその長い胴を月影に巻き付けた。


 更にそれだけでは終らない。この災難に逃げ出そうと判断を下した副脳もあった様で尾をくねらせスナークは逃走を謀った。


 月影を抱えたままスナークはミドガンドのガルガンティスたちから距離を取る。


 「タ、タタラッ!? 何処へ行くの!?」


 ティラーニャは慌てて多々良に問うも当の多々良といえば。


 「判んないよっ、前に回ってスナークに訊いてよっ!」


 としか答える術はない。


 多々良とティラーニャ、二人の距離はどんどんと離れて行く。

 ティラーニャは必死に多々良の後を追うがスラスターの推進材は既に底を尽き始めている。


 不意にスナークがその軌道を変えた。


 「くうっ!?」


 下から突き上げられる感覚に多々良の視界が赤く染まる。


 通信機から不明瞭な声、デボラだ。


 「不味いぞタタラ、惑星の重力に捕まった! 今すぐ振りほどけっ、完全に重力圏に入ったらガルガンティスのスラスター程度では抜けられんっ!!」


 多々良はレバーを握りスナークを引き剥がそうとするがいっかなスナークの拘束は固く振りほどけない。


 そんな中、デボラが最終通告を下した。


 「………タタラ、よく聞け、既に脱出限界領域は過ぎた。お前は重力の底に落ちるしか手は無くなった。

 タタラ、鉄人がコクピットの脇に黄色いボタンを設置している筈だ。それを押せ」


 デボラの声に従いコクピット脇を探せばあった。見難い箇所に透明のカバーに覆われた黄色く円いボタンが。


 「あ、あったよ、デボラさん。多分これだ、間違っていないと思うけど……」


 「押せ! 確認の暇はもう無い、運を味方につけろっ!!」


 間違っていればそれは即ち死であると暗にデボラは言っているのだ、しかし既に問答をしている時間の猶予もないのであろう。多々良はデボラの指示に従いカバーごとボタンに拳を叩き付けた。


 すると月影の装甲裏より大量の泡が発生し機体を包み込んだ。


 「デ、デボラさんっ!? 泡がっ、何か泡がいっぱい出てきて……間違ったボタン押しちゃったかな!?」


 「いいや、それで間違いない、正しいボタンだ。泡が機体と外気の間に幾つもの泡の層を作り出し摩擦熱から保護してくれる筈だ。

 これで一応は無事地表へ辿り着けるだろう」


 厳しかったデボラの口調も少し弛み一応の危機を脱した事を多々良は知った。


 「しかしタタラ、オマエが今向かっている惑星は現在環状銀河連合体の加盟惑星では無いのだ」


 「どーゆー事? デボラさん、今はって事は昔は加盟してたの?」


 「ううむ、そう言った細かな事柄はミューツの方が詳しいだろうな、ちょっと待て、今ミューツとも通信を繋げる」


 ザザッっとノイズの後に彼が姉と慕う女性の取り乱した必死の声がスピーカーを通し聞こえてきた。


 「タタラッ、タタラッ、応答してくださいっ! 無事なのですかっ!?」


 スピーカーボリュームいっぱいの大音声が多々良の耳を襲った。


 「ミュー姉ちゃ、音でっか……」


 「お願いっ、返事をしてください! タタラァァ~ーーッ!!」


 「少し冷静になれっ、タタラは無事だ! ティラーニャ、オマエもだ。見えるだろう、月影は重力圏に囚われはしたが既に対処は終えた。泡状被膜がガルガンティスを包めば大気圏突入も問題なく行える。

 それよりもミューツ、この惑星についてタタラに説明してやれ。ワタシではおおよその事柄しか話せんのだ、タタラは暫くこの惑星に留まる事になるんだ知識は持っていても無駄にはならんからな」


 暫く留まる? デボラが不吉な事を言う。しかし多々良は気を取り直しミューツに教えを乞うのだった。


 「ミュー姉ちゃん、僕は大丈夫だから安心してよ、それより暫く留まるってどう言う事? すぐには救助には来れないの?」


 「ああ、タタラ、よかったです。え? ああ、そうですね、すぐにの救助は難しいでしょう、なにしろその惑星は連合体非加盟惑星ですから」


 「それはデボラさんから聞いたけど、それでどうして救助が遅れるの?」


 「はい、タタラ、よく聞いてください。非加盟への戦闘兵器の入搬は禁じられていますから、無断で侵入などをしたら無警告で撃墜されても文句は言えないんです」


 「えぇっ!? だったら僕ヤバイじゃん!? 月影撃墜されちゃうよ! ど。どうしよう!?」


 考えていた以上に危機的状況に自らが陥っている事を知り多々良は焦りの色をみせた。


 「いえ、地上からもスナークとの交戦は確認出来ていた筈です。無警告での撃墜はまず無いでしょう。わたくしたちはこちらの惑星、『アマタタカハラ』の外星担当部署にすぐに連絡を取ります。しかしタタラ、その地は他の惑星との国交を絶ち百数十年が経過しており此方の情報も古いものしかありません、最悪外星との交渉を行う部署は存在していない可能性もあります。

 いいですかタタラ、その場合は月影は投棄し生き残る努力に全力を注ぎなさい。わたくしたちは貴方を絶対に見捨てません、何年掛かろうともタタラをその星から掬い上げてみせますっ! 貴方のお姉ちゃんを信じて待っててくださいっ!」


 「うん、大丈夫だよミュー姉ちゃん、僕はどんな場所だって生きて行けるさ、ミュー姉ちゃんを信じて待ってるよ」


 「それでこそわたくしのかわいい弟です。……と、ティラーニャも何か言いたそうですので通信を代わりますね。タタラ、彼女も随分と心配をしています。安心するよう言葉を掛けてやってください」


 再びノイズが響き通信の相手が変わった。


 「タタラ? 大丈夫なの? 死んでない? 大きな怪我とかして痛い思いしてない?」


 「ティラーニャ? うん、怪我は特にしてないかな、死んでもいないよ。ってか死んじゃってたらティラーニャとこうして話も出来ないしね」


 「……そう」


 暫くの沈黙、スピーカーからはズズッと鼻を啜る様な音だけが響く。


 「ティラーニャ? もしかしてだけど泣いてたり?」


 「バッ、バッカじゃないの!? どうして私が泣いたりなんかしなきゃいけないのよっ、ズッ、グス、アンタが相変わらず無鉄砲で呆れていただけじゃない! またお姉様方に迷惑ばっかり掛けて、すぐに戻って来なさい、私が側で見ていないとアンタは無茶ばっかりするんだからっ」


 「うん、ありがとうティラーニャ、出来るだけ早く戻ってくる様に僕もこっちで頑張ってみるよ」


 普段から憎まれ口をきくティラーニャらしい激励に多々良は微笑みを浮かべた。


 「バッ、バカッ、お礼なんて……」


 「タタラ? そっちがどんなところかあちしは知らないけどタタラならきっと上手くやれるにゃん。早く戻ってきて一緒にトウモロコシ食べるんだにゃ! テツヒトもきっとタタラの為ならがんばるだろうから待っててにゃ」


 「……っと、通信が切れるな。いいかタタラ、そちらの現在の状況は未知数だ。まずは人里を目指せ、月影のコクピットの裏にレスキューパックがある筈だからそれを忘れず持って行けよ? それからそこの知性種はキャニオンクロ…………ザザッ……特し…………な、くれぐ……………ザッ………………く……………ザザザザザザッ」


 デボラの話の途中で通信は途絶えた。この後大気圏での通信が可能になるかは多々良には判らない。

 

 雲の切れ間から地上が見えた。白と黄土の嶮粗な凹凸が連なる山岳地帯の様だ。街の姿は上空からは確認が叶わない。


 スナークが大気との摩擦に耐えきれず月影から胴をするりと離した。


 多々良はひとり未知の惑星へと落下していく。

 



 地表が間近に迫ると月影を包んでいた泡もぽつぽつと破裂しやがて関節部にしがみつく少量を残し消えていった。


 月影はスラスターを噴かし落下速度を落とす。だが重力の底では思う様にはいかず機体は山岳の斜面に着地しそのまま滑り落ちる。


 ズンッ、と岩肌を揺らす振動と共に滑落が止まったのは千メートル近く滑り落ちた山岳の尤も深い谷間の中であった。


 「ふぅ、やっと止まった。ここのところ重力のあるところでなんか月影を動かして無かったから焦っちゃった」


 多々良は額に浮いた汗を拭うと直ぐ様デボラの助言に従いコクピット裏のレスキューパックを手に月影のハッチを開いた。


 「うわっ!?」


 ハッチが開いたお陰で内部に冷たい雪が風に吹きつけられ侵入してくる。

 多々良は吹雪の中苦労しつつも月影から降りた。


 「うっわー、ここは冬なのかな? 上から見えた白いのは雪だったんだ」


 幸いにも強い風のお陰か雪は積もってもすぐに吹き飛ばされ多々良も月影も埋まる事は避けられたがどうにも状況は芳しくない。


 それでもめげる事を知らない少年は背に荷物を背負い意気揚々と歩き出す。


 「レッツ八甲田山!」


 死亡フラグも勇ましく斜面に背を預ける月影をもう一度振り返り多々良は吹雪の中消えていった。



 


 


 




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