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戦いは星々の狭間で16 召喚 

 その部屋に入った瞬間ガニガスは濃厚な樹の香りに鼻をひくつかせた。


 周囲の壁は腰の高さまで木製であり部屋の四方に配された柱もまた滑らかな木柱、天井を仰げばそこにも木の梁が格子状に組み合わされている。

 そして正面、そこにはしっとりと落ち着いた色合いのどっしりと重たげな執務机が目をひいた。無論これもまた高級そうな木の机であった。


 「どうした中尉、その様に入り口で留まっていては扉が閉められん。あまりフェーリッヒを困らせてやってくれるな」


 含み笑いを伴ったそんな声が机の向こう側からガニガスに掛けられた。


 ガニガスははっと己れの失態に気が付いた。何をやっているのだ!? 部屋の雰囲気に気圧されここへと呼ばれるに至った理由を失念していたなど…… 口喧しい他人の挙げ足を取ることに歓びを見出だす上官の前ならば即座に失脚へと繋がる行いだ。

 部屋に呼ばれたのならばその主が居るのは当然ではないか、しかもその主は悪名も高いヴァンプの首魁、ウィルミンの血統なのだ。

 しっかりしろ、ガニガス・ガクートス、貴様の背には愛しい妻子と信頼する部下たちの命運が掛かっているのだ。


 ガニガスは自身を叱咤し歩を進め彼我の距離が数メートル縮んだところで立ち止まり見事な敬礼を上官に示した。


 「し、失礼いたしました閣下、この様な素晴らしい建築初めて目にしたもので少々圧倒され己れを失っておりました。

 ウィルミン思想体第108

大隊ガルガンティス隊隊長ガニガス・ガクートス中尉只今環状銀河西域ミドガンド支援の任を完了し栄えある閣下の召喚に応じ推参つかまつりました。閣下の御尊顔を拝謁する栄誉に浴しこの矮小なる身は只々歓びにうち震えるばかりでございます。

 先のご無礼は何卒御寛恕を」


 目の前の見事な軍服の少年もその敬礼に応じ彼を労った。


 「いや、中尉、突然の呼び出し済まなかったな、君も君の細君にも悪いことをしてしまった。まぁ、君も疲れているだろう? 掛けたまえ。酒は好きかね?」


 「はっ、失礼いたします閣下」


 ガニガスはナハツェーラの求めに応じ目の前のソファーに腰を降ろす。無用な遠慮は目の前の男の好意に泥を塗る。ソファーは尻の下で柔らかく沈んだ。微笑みと共に差し出された華奢なグラスをありがたく押し包みガニガスは口を付けた。


 「ッッ!!?」


 透明な液体を口に含みころころと転がし次いで喉に流し込むとはっとガニガスはナハツェーラの顔を見詰めた。


 ナハツェーラはイタズラが成功したようなにやりとひとの悪い笑みをその(かんばせ)に張り付け口を開く。


 「純米大吟醸太極上諸白、リョウツェンだ、君が酒好きと耳にしていたのでね、用意させた」


 「お気に召してくれた様でなによりだ」と続けるナハツェーラ、笑うとその幼さが一層顕著になった。


 「は、閣下、一介の軍人でしかない小官にこの様な厚遇誠に畏れ多くあります」


 礼を告げるガニガスにナハツェーラは対面のソファーに身を沈めつつ鷹揚に頷く。


 「うん、喜んでくれたのならばそれでいいさ、君には本当に無理を言ってしまったからな、その償いとなるならば酒位は何でもないさ、帰りにもう三、四本用意させよう。部下にも振る舞ってやるといい」


 リョウツェンをそんなにっ!?


 ガニガスは驚愕した。リョウツェンと言えば伝説の高級酒だ、希少な事は無論だがその値段だって尋常じゃない。それをぽんと下賜する理由にガニガスは恐れを抱いた。

 一体自分は何をやらされるのだろう!? ともすれば一生太陽の下(コロニー生活が中心の環状銀河ではこれは比喩でしかない)で過ごせない汚れ仕事を強いられるのか!? 或いは愛する家族にも会えぬ過酷な戦場を転々とさせられるのか!?


 何時しかガニガスの杯を持つ手は震え美しい透明の美酒は波紋を描いていた。


 「いやいや、そう警戒しないでくれ中尉、君には件のガルガンティス、『ツキカゲ』について聞きたいと思っただけでしかないんだ。それ以上もそれ以下も僕は望まないよ。

 なんと言っても直接矛を交わした勇士の話は通信による形式重視の報告の百聞に勝るだろうからね。

 ほら、中尉、手が止まっているぞ? 気楽に思ったままを述べて欲しい。例えボクがその情報で気分を害そうとも君を罰しはしないと約束しよう。

 さぁ、聴かせてくれ。君が目にした異星界のガルガンティスの話を」


 「………そ、それでは閣下、話させていただきます。そもそも初めてかのガルガンティス、ツキカゲを小官が目にしたのは………………」


 ガニガスは語った。自分が目にしたあの鬼神の如き異形のガルガンティスの猛威を。数多の戦場を渡り歩いたガニガスの隊の猛者全員が「もう戦場では合間見えたくはない」と顔を青ざめさせたあの狂気の様を。


 ナハツェーラはその話に嬉しそうに耳を傾けた。


 巡洋艦に長刀を振り上げた段に至っては手を叩き敵の勇気を誉め称えさえした。


 「………ふぅむ、それでパイロットは未だ年端もいかぬ少年だと!?」


 「は、閣下。彼はそう、見た目で言えば閣下より少しばかり年嵩の………あ、いえ、失礼を」


 「いいや、かまわないよ中尉。好きでこの姿をしているのさ、気にせず続けて欲しい。尤もボクと年齢まで同じだとしたら彼は随分と年配の御仁になってしまうがね」


 「はぁ、いえ、彼『クロサワ・タタラ』は見た目相応の年齢でしょう。帰国の際ミドガンド防衛隊の副官の好意で一度顔を合わす機会がございました。その時の印象で言えば快活で無邪気、彼の怒りを買わぬ限りは人畜無害であると判断いたしました。

 閣下の様に……その、老獪な面はありませんでしたので……」 


 次に興味を持ったのはガルガンティス『月影』のパイロット黒沢多々良、彼の人間性に関してだった。


 ナハツェーラはソファーから身を乗り出して質問をぶつける。


 「しかし一度その箍が外れればその様はまるで吹き荒れる暴風の如し、古の魔神、禍神もかくやといった狂気を宿すと?」


 「如何にもです、閣下。発端は我が上官の……その、不用意な一言でございました。身内を貶められ彼はその身を憤怒に焦がし頑丈な扉を蹴破ったのです。そして言ったのです。『今姉に悪罵の口をきいたのは誰だ』と、その声は心胆寒からしめる恐ろしさに満ちたものでありました。

 そして件の相手を見つけると彼はまるで散歩にでも出掛けるが如き運歩で指令の側まで赴きおもむろに右手を振ったのであります。歯が飛びました。次いで鼻が折れ瞼の皮が切り裂かれ………そこからはもう地獄でありました。指令は助命の嘆願も声には出せず只殴られ続けられる肉塊と成り果てたのでございます。

 彼の姉が制止の声をかけねば指令は遠からず命を落としていたでしょう」


 ガニガスは語り終えた。ふぅ、と息を継いだところでナハツェーラは感極まったとばかりに手のひらを大きく叩いた。


 「いや、いやいやいやいや。素晴らしい! 誠に見事な少年だ。脱帽だ、狂気に淫すると揶揄される我らヴァンプにしてもそこまでの情熱を以て害敵を屈服させる事が出来ようか!? 

 このナハツェーラ、いたく感激した! ガニガス・ガクートス、貴殿には感謝しよう。やはり体験者の生の声は聴いてみるものだな、貴重な話を聞けた」


 ガニガスは自らが誤膠なく語った事が目の前の少年を満足させた事に安堵を覚えるのであった。


 


 ガニガスが退室した書斎でナハツェーラはくつくつとひとり含み笑いを響かせていた。


 件の少年黒沢多々良、当初関心を持った謎のガルガンティスよりもずっと興味をそそられた。

 

 優しげな性格の中に狂おしい愛情を有する少年。なんともアンバランスで歪んでいる。まるで善性のヴァンプの様な少年だ。


 いつの日かまみえてみたい。まみえてその純粋な明るい皮を剥ぎ取り狂気に取り付かれた様を眺めてみたい。


 そんな想像をするとナハツェーラの心はうきうきと高鳴った。

 

 キィ


 扉が開き彼の参謀団を束ねる男が姿を現した。どうやらガニガスを無事送り届け帰還したのであろう。


 「閣下、その様に笑っておいででは他の者が怯えます。どうぞお控えなさいますよう」


 ナハツェーラ付きの参謀長フェーリッヒ・ダガーラ・クラブマンはダンピールで在りながらナハツェーラに怯えず口を利く貴重な男だ。

 ナハツェーラもそんな彼の性格と才能を愛し右腕へと取り立てた。


 「ふん、お前以外ここにはいないだろうが、怯える者など何処にも居なかろう」


 「わたくしが居ります」


 ナハツェーラは特別の冗談を聴いたとだかりに爆笑した。


 「そうか、氷の心を持つお前にして今のボクに怯えるか!? そうかそうか」


 「それほどにかの『クロサワ・タタラ』なる異星からの来訪者はお気に召したので?」


 「それはもうな、過去数十年こんなにも心踊った事など久しく無かったよフェーリッヒ」


 「それは何より。ところで閣下、ミドガンドより帰還した隊の処遇、如何いたしましょう?」


 「うん? 先程のライカンの率いる隊だな? 長期休暇でもくれてやれ。他の地域も配備に怠りはないのだろう!? ならば精々英気を養わせておけばいいさ、いざと言う時には奴らが真っ先に死地に赴くんだからな」


 「………ではなく、ガニガス中尉の上官である男の処遇です」


 ナハツェーラは眉をしかめる。だがそれは不快だとかそういった雰囲気ではなく彼の思考の範囲外にある対象を記憶の底から引き揚げる作業に没頭しているからであった。

 しかし一向に思い出せず仕方無しナハツェーラは遂に手を上げ降参を示した。


 「………判らん、全然思い出せん、誰だ? ボクの愛しい彼に突っ掛かって返り討ちにあったのは中尉の話の中で記憶しているが……派遣隊の指揮官ならば何処かのヴァンプなのだろうが……ボクが任命したのか!?」


 ナハツェーラは無才を嫌う。いや、嫌いもするがそもそもそんな者に興味も持たず忘却の彼方へとその者を追いやる。故にその問いをある程度予想していたのかフェーリッヒはとあるヴァンプの名家の名を告げる。ついでに彼の『愛しい彼』とやらが未だナハツェーラを愛しくも何とも思っていない、どころか知りもしないのも教えたがそれは黙殺された。

 

 「ああ!」


 ナハツェーラは額をぴしゃりと叩いた。


 「あそこの次男坊か! いや、あんまりに無能なので本軍に障りのないミドガンドへと送ったのだったな。そうかそうか思い出した思い出した! 思い出したとも!」


 一頻り記憶の欠落を補えた事を大袈裟すぎる仕種で表現するとナハツェーラは「はぁ」とさも悼々しそうにフェーリッヒに告げた。


 「かの者には残念な事であった。次男とは言え御家再興に尽力していたものを、あの様な不幸な事故に巻き込まれてしまうとはな、参謀長、ボクからもかの家に弔辞を送っておいてくれ


 フェーリッヒはその四つの切れ長の目を更に細めて頷いた。


 「承りました。ところで閣下、ひとつお伺いしたき事項がございます。かの次男、事故と仰いましたが何の事故でございましょう?」


 「何のだと!? 決まっているじゃないか君ィ、自動車事故だよ」


 それを聞き敬礼をし立ち去ろうとしたフェーリッヒをナハツェーラは呼び止めた。


 「参謀長、くれぐれも弔辞は事故後(・・・)に送るように。間違っても事故前に送りなどしてはいかんぞ?」


 


 それより二時間後、本部への報告を終えたミドガンド派遣隊指令を乗せた車が突如対向車線に飛び出し対向車に次々とぶつかった。

 横転した車内から発見されたは指令は上半身をぐちゃぐちゃに潰され事切れていた。






少々中途半端な感もありますがこれにてこの章は終了。余話を挟んで次の章となります。

しばらく書き貯めようかと思いますので投稿が止まりますがご了承ください。

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