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戦いは星々の狭間で15 ヴァンプ

短くてごめんなさい

 「あるところに凄腕のエースパイロットがいたんだ、そいつはたった一機のガルガンティスで戦艦を墜とすぐらい滅法腕のいい奴で周囲からの信頼も厚い男だったんだがひとつだけ欠点があった。

 それは恋愛の対象がいつも自分よりも年下の少女、まぁ有り体に言やあロリコンだったんだな。でだ、そんなエースパイロット殿、何の因果か異常な性癖を拗らせて何時しか同性に目覚めちまった。

 ある時そいつの士官学校の同期がな、バーでそいつを見掛けたんだ。同期はいい機会だと尋ねた。

 「君はどうしてその様に同性の尻ばかり追っ掛けるようになってしまったのだ!?」

 男は酒の入ったグラスをちびりと傾けると言った。

 「ボウヤだからさ」

 ってね、それだけじゃない、こうも言ったんだ。

 「ところで君も同好の士であるようだ、どうだね? 今宵一晩わたしに付き合ってはみないか? 三分待とう、賢明なる判断を期待する」

それに対し同期の男は断りを入れたんだが男は笑うんだ。

 「似すぎた者同士は相容れんな、いや、どちらが先手か後手かで争い憎み合うと言うことか」

 笑い声はバーに大きく響いた。同期は婚約者がいるのに自分の隠していた性癖をばらされ前髪を弄って誤魔化しつつ呟いたんだ。

 「笑うなよ、客たちが見ている」

 ってな」


 酔った男たちのけたたましい馬鹿笑いが酒瓶の無数に転がるテーブルを中心に爆発する。


 カウンターでひとりちびちびとグラスを傾けていたガニガスにはその話の何処が面白いのかちっとも理解出来なかった。


 それでも彼の部下たちはくだらない馬鹿話に興じ酒を湯水の様に煽ってゆく。


 レミュ級巡洋艦の酒保区画、中でもここはヴァンプなどの高級将校にしか使用を許されない特別なバーだ。

 何故一介のガルガンティス乗りでしかない彼らがそんな場所にたむろってひと瓶給料一ヶ月はするような高級酒を自由にしているのか、それはこの派遣軍最高指導者の男が臥せっているからだ。

 ヴァンプの男はあの悪夢の演習以来表に顔を出さなくなった。

 異形のガルガンティスの影に怯えいたいけな少年の姿に怯え私室に籠りきりだと言う話だ。


 今、この艦の全ては副官であるダンピールが取り仕切っている。

 

 副官は指令に替わりこの艦を掌握するにあたりまずライカンの慰撫に努めた。


 ガニガス率いるライカンスロープのガルガンティスパイロットたちはこの艦の主戦力だ、そんな主戦力をヴァンプは不当に扱い過ぎた。

 頭がヴァンプからダンピールに替ろうとも不満は残っている。いや、ウィルミン全体を敵に回す事に成りかねないヴァンプへの造反よりもその腰巾着への反逆の方が可能性は高いのだ。

 つまりはダンピールはガニガス率いるライカンスロープの巡洋艦乗っ取りを恐れた故に彼らに必要以上の厚待遇を与えた。

 そしてその策は成功した。艦内で共に過ごしたとは言えヴァンプの目を気にしてどこかよそよそしかったダンピールとライカンスロープの関係がこれを機に改善されたのだ。

 無論肩を組んで夜通し飲み明かす断金の関係とは言えずとも互いに挨拶を交わし興味のある事柄について話すくらいの友好が築き上げられた。


 今もテーブルで馬鹿話に興じる部下に混じり阿呆の様にけらけらと笑うダンピールの姿があったし、また、カウンターの隅ではダンピールの女性が熱く語るラジオへの情熱に真剣に耳を傾けるライカンの姿があった。


 ともあれ現在この巡洋艦の雰囲気は嘗て無い程に良好であった。

 しかしそんな中、ガニガスの憂鬱は晴れなかった。理由は先程入った本国からの通信だ。

 その通信を持ってきた通信士のダンピールはガニガスを憐れそうに見た後、こう彼に伝えた。


 「貴官が遠く西域の星をにて遭遇し矛を交わした未知のガルガンティス、閣下はいたくその報にご興味を示され。光栄にも貴官に直接かのガルガンティスに関しての御下問を行うとおっしゃられた。

 ガニガス中尉については帰還後直ちに軍府への出頭を命じる。

                             ーウィルミン思想体軍府参謀本部総参謀長フェーリッヒ・ダガーラ・クラブマンー」


 ガニガスは呆然とした。『閣下』と尊称される人物は幾人かいる。だがかの参謀長が言うのならばそれはウィルミンの名を継ぐあの男に相違あるまい。

 ウィルミン思想軍を束ねる大将、その名をナハツェーラ・ウト・ウィルミンと言う。


 ナハツェーラについての噂には枚挙がいとまがない。

 曰く数百年を生きおぞましき呪術を持って転身を繰り返し若い肉体を維持している。

 曰く夜な夜な貧民窟を徘徊し美少女を生け捕りその血を啜り弄ぶ。(ヴァンプに血潮を興するのは一部のヴァンプを崇拝する奇矯なダンピールの役目である)

 曰くスナークすらも実験対象とし最下等の眷属屍食鬼と混ぜ合わせ不死の軍を編成している。

 曰く古来より伝わるヴァンプの撃退法、日光、流水、胸部への白木の杭による一撃が迷信か否かを自らの肉体で以て試行した。

 曰く一個艦隊を編成しとあるコロニーを強襲、住民全てを捕らえ軍の糧食とした。

 曰くとあるダンピールに向かい「貴殿の慧眼は誠に畏れ入る。唯ふたつの(まなこ)をしてそれならば四つ有れば環状銀河の端々まで見透せようぞ」と彼の額を切り裂きとある賢者の目玉を植え付けた。

 曰く古に消滅した呪術の復活に私財を投じとある呪殺の外法を復活させた。ところが「この様に簡単に死んでしまったら面白くも何ともない」と呪術復活に貢献した研究者を尽く呪い反しの法で屍と変えた。


 ともかくナハツェーラなる男、道徳を唾棄するヴァンプに在っても眉を潜める様な人外なのだ。


 反面軍務に関しては冷徹ではあっても有能、ここまでウィルミンを栄えさせ精強な軍が存在しているのも彼在っての事なのは事実なのだ。


 実のところ彼が真面目に職務を遂行するのはウィルミン思想体が環状銀河全てを征しその栄華の頂点に至った時完膚無き迄に空の彼方からの極光で以て焼き滅ぼしその様を眺めようといった壮大な計画故のものだと邪推する声もあるのだが。

 


 ある時、命知らずの気狂いヴァンプが問うた。


 「貴殿についてお喋り雀どもが噂する事柄、果たして何処までが真実なのか」


と。


 ナハツェーラは艶然と微笑み。


 「ボクはひとりしかいないんだ、そんなにも忙しく立ち回っていたら身体がふたつ在ったとしても足りはしない。精々噂の半分といったところさ。

 そもそも残念な事に貧民窟にボクの嗜好に合う少女などひとりも居なかったしスナークを捕らえたならば屍食鬼などと混ぜるなんてとんでもない。いっそボクの子を孕ませてみたいね」


 と答えたのであった。


 四つ目のダンピールは噂などではなく事実だ。現に彼を補佐する参謀長は額にもう一対の眼が存在しているし、軍の糧食云々もしっかりと航宙記録に記載されている。さらには彼は齢数百を越えているにも関わらず(ヴァンプが長命にしてもこれは破格の数字だ)見た目は少年の姿をしている。また、五十年程昔には『彼』は『彼女』であったと記憶している古い臣もいる。


 ガニガス・ガクートスは歴戦の勇士だが一介の軍人にしか過ぎない。軍の最上部に位置するナハツェーラ・ウト・ウィルミンなど名と顔、それに真偽入り雑じる噂は知ってはいても直接対面したことなど一度たりともない。

 今まで無かったし今後も無いだろうと思っていた。

 それがどうだ? ライカンスロープたる自分が軍の総大将に呼ばれるだと!?


 震えがガニガスの全身を襲う。恐い、恐いのだ。何故かと問われれば理由など無い、しかし理由無き恐怖程恐ろしいものなどないとガニガスは三十余年の人生で初めて知った。


 出来うるならばこのままガルガンティスに目一杯の増槽を付け彼の手が届かない場所まで出奔したい。出来うるならば部下を煽り巡洋艦を奪い帰国などしたくない。


 だが彼には出来ない。国には愛しい妻子が彼の帰りを待ちわびているのだ。入隊したての新米の時分より上官の命は絶対と骨の髄まで叩き込まれた軍人魂が逃亡を忌諱するのだ。


 つまるところ彼は善き夫であり善き父であり善き軍人であったのだ。


 それを捨て安易な道を選ぶのはガニガスがガニガスで無くなった時だけであろう。


 ウィルミン思想体首都トランティス、そこに到着するまでの数週間、彼は苦悩の中で過ごした。




 やがて遠く星の海を旅した(フネ)は母港へと舞い戻った。


 通信士のダンピールが管制の着艦許可を副官に告げる。


 副官は漸く重責から解放されたと張り詰めていた肩の力を抜いた。


 環状銀河の西より帰国した彼らを歓待するひとの群れがドックのガラスの向こうに見えた。

 無論ガニガスの妻と子も涙を流し嬉しげに手を振っている。

 その隣にはフードで姿を隠蔽させた四つ目のダンピール。おそらくはガニガスを迎えに来たのであろう。


 ガニガスはそれを複雑な思いで眺めていたのであった。


 

 


 

 

 

 

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