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戦いは星々の狭間で13 ご機嫌な狼(前編)

 『ライカンスロープ

 

 環状銀河トゥランティシ星系惑星トゥランティシを原産とする知性種生命体。


 古来より群単位での集団生活を行いリーダーを中心に狩猟を糧としてきた種族である。


 惑星トゥランティシ北方に生活の拠点を持つヴァンプとは幾度も矛を交え永くヴァンプの奴隷とされ使役されていた不遇の歴史を持つ。


 特徴としては頭頂に三角形の耳を持ち臀部に長い尾を有する。体色は地方、血族によって様々であるが一般的な環状銀河知性種の肌、髪である。


 幼体は人の形を執らず獣形をしており長じて体毛が薄くなり3~4年程で人形に転じる。なお、耳と尾はそのままである。


 性格は明朗快活、単純を好み策謀を嫌う。


 力が強く俊敏さに長け戦場では勇猛で聞こえる民である。


 月に一度の頻度で《あの日》と呼ばれる変化をする。

 なお変化の周期は月齢に起因すると考えられているが現在は調査中である。

 変化した際は感情の起伏が大きくなりさらに人形を執ることが困難となり獣形となる。

 無論発声器官もそれに準ずる為、狼の吠え声にしか聴こえなくなる。しかし脳に変化はない、本能に強く引かれるがその知能は人のままであることをライカンスロープと共に行動する際は心に留めておくべきであろう。



      ーリン・ミン・メイ書房刊、ムツォーゴロ著、あなたの知らない楽しい環状銀河知性種生命体ー』




 黒沢多々良、彼は今戸惑いの中にいた。


 彼は共にガルガンティスを駆る仲間、ティラーニャ・ソノンが体調不良と聴きよもや自分のせいでは!? と彼女の部屋を訪ねたのだ。

 しかし扉の向こうに居たのは目的の女性の姿ではなくそれに似た赤い体毛と赤い瞳を持った小さな狼の姿であった。


 「え? あれ? ティラーニャは? 何で犬!? ティラーニャのペットかな!?」


 多々良はティラーニャが出ると思っていただけにこも予想外の出来事に戸惑っていた。

 しかしそれは相手も同様の様で小さな赤毛の狼は少しでも身を視線から隠そうと頭に掛かる着衣の中に身をすくませていた。


 不意に多々良がしゃがみ込み狼と視線を合わせた。


 「ねぇ、ワンコ……ちゃん? くん? キミの飼い主さんは留守なのかな!?」


 「クゥ、クゥン」


 瞳を覗き込まれあたふたとしながらも彼女は目を反らし小さく鳴いた。


 ふわりと優しく首筋を鋤かれびくりと震えてしまった。


 「あ、ごめんね? 嫌だった? そうだよね知らないひとに触られたらそりゃあびっくりするよね!? 本当にごめんね!?」


 そう告げ慌てて手を放した多々良に彼女は首を振ってぐいぐいと身体を押し付けた。どうやらもっと撫でろと言ってるらしい。

 多々良は苦笑し再び彼女の柔らかな毛の感触を味わった。


 彼女はいつの間にか座り込んだ多々良の膝に頭を載せ指が毛の間をするりと撫でる感触に酔いしれていた。ぱたぱたと振るう尻尾が彼女のご機嫌さを象徴していた。


 「今日はね、キミの御主人のティラーニャに話が有ってきたんだ」


 動物相手だと気負いなく話せるのか多々良は言葉を続けた。


 「僕さ、ティラーニャに酷い事言っちゃったんだ、『横であれこれ口を出すなら君が直接動かしたらいいんだ』って……」


 「クゥン」


 「うん、そう、キミの御主人悲しそうな顔してたんだ、けどその時の僕も腹が立ってたから無視しちゃってさ、謝ろうって、ちゃんと謝って赦して貰おうって思って来たんだ」


 「クゥン、クゥ~ーン」


 「ティラーニャ赦してくれるかな!? もっと仲良くなりたいんだ、嫌われたまんまじゃ寂しいからね」


 「ワフッ、ワゥン!」


 彼女は多々良を勇気づける様に鳴いた。


 「ははっ、ありがとう、キミは優しいんだね。そうだね、キミみたいないい仔の御主人だもの、謝れば赦してくれるよねっ!

 ありがとう! お陰で元気でたっ! ちゃんとティラーニャに頭を下げて謝るよっ!!」


 「ギャフッ!? ワァウン!」


 多々良は彼女の脇に両手を入れると目の高さまで持ち上げそのふわふわな身体をぎゅっと抱き締めた。


 突然の抱擁に腰の砕けた彼女を床に降ろすと多々良は暇乞いを告げるのであった。


 すると彼女は多々良のパンツの裾を咬み行かせまいと抵抗を見せる。どうやらもっとずっと居たいようだ。

 しかしここは女性の私室、しかも本人が不在の部屋で男性が犬と戯れるなど如何なものか!? 


 すると多々良の頭にぴかりと天啓が舞い降りた。なるほど、ここではいけない、ならばここではない場所で遊べばいい。

 幸いにもこの後は予定もない、この仔と遊んで時間を潰しまた再び彼女の部屋に仔を返しがてら訪ねればよい。

 なによりこんなにも悲しそうに引き留める彼女をこのまま部屋に残し去るのも何とも不憫だ。


 「よし!」


 決まれば早速。と多々良は彼女を抱き上げる。


 「それじゃぁ外に遊びにいこうか!? 外……と言っても基地内だけど広い休憩スペース、そこで遊ぼう?」


 彼女は悩んだ。多々良ならばもう仕方がない、見られた上に撫でられたり抱き締められたり、言わば彼は彼女にとって初めての男性となったのだ。

 しかし外はどうだろう? そこには彼女の知り合いも居る。もしこんな姿を見られたら同僚たちはどう思いだろうか!? 嘲笑(わら)われるかも知れない、さげずまれるかも知れない、彼女は悩んだ。今のこの無上の歓びと今後の彼女の評価。

 いったいどちらが重いのだろうか!?




 「ワゥン! キャン!」


 「そんなに急いだら誰かにぶつかっちゃうよ!」


 「キャウンッ、ワゥン~ーーン」

 

 「あはは、気を付けてね!」


 選んだのは前者であった。


 後になって笑われてもいい、さげずまれてもいい、今目の前にある至福のひとときを心行くまで堪能しなければいったいひとは何の為に生きていると言うのだろうか!?

 彼女はそう断じたのだ。


 休憩スペースには最近多々良の助言で人工の芝が植えられ何とも心地好い空間を演出しており、基地の職員にも人気のスポットとなっていた。


 彼女はそんな広い休憩スペースを思う存分に駆ける。

 只の走る事がこんなにも楽しいことだとはついぞ知らなかった。

 

 駆けるだけ駆け反対側の壁へと辿り着くとティラーニャはくるりと反転し彼女をにこにこと眺める多々良の元まで一目散に駆け彼目掛け一気にダイブ、慌てて胸の前でキャッチした多々良と共に芝生にティラーニャは転がる。


 「あはははっ、キミは案外お転婆なんだね、うわっぷ! あはははははっ」


 高揚した気持ちのまま彼女は多々良の顔をぺろぺろと舐めるのだった。


 無邪気にはしゃぐティラーニャと多々良に「意外、あのティラーニャが………」などと目を円くする知り合いの姿もあったが今の彼女にはどうでもいい事、周りの目も気にせず彼女は無心に戯れに興じた。


 そんな彼女たちを見つめる目の中にひとつ、鋭い視線があった。

 休憩スペースに所々配置されたテーブルの上、おそらくは一等人工太陽の日が当たるその場所で彼は彼の家族と獣人が変化したであろう仔狼の戯れを目を細め眺めていた。


 「あっ! おやびんっ! 暫く見ないと思っていたらこんなとこに居たんだ!?」


 その視線に気付いた多々良がティラーニャの舌を交い潜りおやびんに話掛ける。


 ほうぼうで驚きのどよめきがさんざめく。


 「ウソッ!? あの男の子、あの方(・・・)にお声を掛けたわ!? なんて羨ましい」


 「閣下(・・)の知り合いなのかしら!? 確か異星界から来た子よね?」


 「まぁ、なんて不遜な、閣下(・・)の御尊名を敬称もなくお呼びになるだなんて……」


 ざわざわと煩い外野におやびんが鋭い一瞥をくれると彼女たちはしんと黙り込んだ。


 どうやらおやびんはこの基地である種の地位を築いた様である。


 おやびんは周囲を見回しすわぶきひとつない事を確認すると「グァアミ"ユァ」と満足そうに鳴いた。


 そんなおやびんと周囲を気にすることなく多々良はティラーニャを抱いたままおやびんの元へと歩み寄った。


 「彼は僕の家族のひとり(?)、おやびんだよ、とっても頼りになる猫なんだ」


 そう紹介されてもティラーニャはその巨大な外観と尋常ではない目付きに怯え多々良の胸に顔を埋めたまま震えることしか出来なかった。


 「キュッ、キュゥゥ~ーーン」《ひいっ、怖いっ! これが猫!? 猫型獣人の原型になった!? 怖いっ怖すぎるっ! おっきいし危ない目してるし、何でタタラはフツーに話し掛けられるのよ!? あ! 家族って言ってたわね、家族!? やだっ、私ったら初デートでタタラに家族に紹介されちゃった! どーしよ!? ご挨拶くらいちゃんとしなきゃ躾のなってない娘だと思われちゃう。ちゃんと挨拶挨拶……でも怖い~ーーーーーーーッッ!!》


 「ちょ、どうしたの!? 怯えてるの!? 大丈夫だよ、おやびんは見た目はおっきくて怖いけど本当は優しい猫だから」


 怯えるティラーニャとそれに戸惑う多々良を見かねたのかおやびんは尻尾でテーブルをひとつ叩くと鳴いた。


 「ニ"ギャ!」《娘、その様に怯えずともよい、我は何もせぬ、そうそなたがそこな我の家族へ危害を及ばさぬ限りに於いてはな。

 むしろそなたには感謝さえしておるのだ。我が家族はこのところあの巨大なからくり(・・・・)に傾倒し時には寝食すら怠る有り様であった。

 そなたとの戯れはあやつにもよい気分転換となったであろうよ。

 実に重畳。」


 「クウ~ーーン」《し、失礼しました。私はティラーニャと申します。タタラとは……その………お付き合いを……………………………………………………してはいませんが、親しくさせていただいております。どうぞお見知りおきを」


 言葉を交わす二匹を周囲が羨望と嫉妬の目で見る。


 「ニ"ギャルルル!」《ふ、そうか、我が家族は未だ幼く恋も満足に知りはせぬ。このような場所に女性(にょしょう)を連れてきた事すら驚きであったが……》


 「ワオッ!?」《そうなんですか!? 私てっきりミューツお姉様とデートはよくしているものだとばかり思っていましたが!?》


 「ミュギャウッ!」《ふむ、あの我が新しい家族の娘か。あの娘を我が家族は『姉』と慕っておる。まぁ淡い本人すらも自覚の無い蕾の様なものよ。

 そなたがあやつに妬心を抱くのは構わぬが重々心得ておくがよいぞ、嫉妬に狂い我が家族を傷付ければその際は我の爪がそなたに向く事を、あの娘もまた我の家族のひとりなのだからな》


 「クゥン、ワォン!」《そ、そうですか。覚えておきます。ですが私はお姉様にも負けたくはないんですっ!》


 「ミ"ギャヲォォ~ーーー!!」《くっくっくっ、気の強い娘よ。気に入ったぞ娘! その心意気誠に見事である! 我を前にして啖呵を切るとはなっ!》


 おやびんはひと声高らかに鳴くと優雅にテーブルより飛び降り立ち去ろうとする。


 「ワンッ!?」《あの、どちらへ!?》


 「ギミ"ギャフッ!」《なに、そなたの純粋さは我の穢れた心には眩し過ぎる、娘よ、今は存分に春を楽しむがよい、やがてそうも言ってられなくなる》


 「ワフッ?」《それはどう言った……?》


 「ニ"ギャッ!!」《宇宙(そら)が慟哭しておる。深い深淵がな……………》


 それだけを告げおやびんは姿を消した。


 ふとおやびんが座っていた場所を見るとそこには拳大の柔らかな珠が置かれていた。


 多々良はおもむろにそれを手に取ると。


 「それっ!」


 めいいっぱいに放った。


 ティラーニャは夢中になってそのゴムボールを追い掛け始めた。先程のおやびんが最後に漏らした意味深な言葉は既に彼女の脳裏から抜け落ちていた。


 

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