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戦いは星々の狭間で10 酒杯

 ミドガンド防衛基地の最深部、そこに基地指令ラトゥーレ・ディーラ・ミリュノフの執務室はあった。


 現在そこでは部屋の主が演習の総評に頭を悩ませていた。


 酷い、余りにも酷すぎる。


 一体誰が予測したであろう? 最後は敵と味方が手を取り合ってラジオ談義に華を咲かせて、ヴァンプの失言で暴走したパイロットが超至近距離での大口径ブラスターを射出、幸いにも放たれたブラスターは威力を最小に絞った演習用のであったおかげで現実の被害は艦橋の外壁が少し焦げた位で済んだが判定の上では敵味方巻き込んでの総員全滅。

 因みに死者はゼロ、重傷者一名。


 ラトゥーレは丸眼鏡を外し疲れた目頭を揉んだ。


 先ず最初に着目したのは異形のガルガンティス『月影』の存在。


 製作者黒沢鉄人は出力は精々既存のガルガンティスを数パーセントを上回る程度だと言ったがあれの何処が数パーセントなのだ!? ウィルミン思想体の最新鋭ベル・クアールだってあのような異常な軌道を描けば直ぐ様フレームから歪みスクラップ工場行きだ。

 その上鉄人は言った。「コイツはあくまでもミューツの持ってきたマシュールを参考に造り上げた試作機だ、完全オリジナルならこんなもんじゃないぜ」と。


 ここは環状銀河、スナークと言う謎の厄災に晒されひととひとが争う戦争は表向き無いものの国同士の非常に繊細な駆け引きというものがありそれは殊に軍事力の面で顕著だ。

 あのガルガンティス、月影はともすればその各国の軍事的バランスを壊してしまう強さを秘めている。


 次いであの月影の製作者、黒沢鉄人。

 彼もまた危険だ。否、危険度で言うならば未知のガルガンティスよりもずっと上だろう。何故ならば彼が居れば月影は量産すら叶うのだから。

 

 それにあの戦略眼、戦場全てを見透し敵すらも手の上で転がすような先見性。

 さらにその思考を実現させる大胆な行動力。


 先の演習で黒沢多々良に持たせた小箱、中にはぎっしりと小型の観測機を放り込んであり、ダメージを負うふりをしてそれを演習宙域にばら蒔かせた。

 観測機で敵機の距離を計りそのデータを元に敵機の場所を割り出す。かくしてティ・アンプルは肉眼で捉えられない距離の敵機撃墜に成功した。それも百発百中でだ。


 それに巡洋艦中枢頭脳に対して成された干渉、鉄人はそれを『ハッキング』と呼んだ。


 たった一通のメールを受信しそれを開いた瞬間密かにメールに添えられていたウイルスが一斉に増殖を始める。ある程度の量に達するとウイルスは巡洋艦の頭脳中枢に干渉し偽りの情報を艦内部の軍人たちに流すよう仕向ける。

 例えばそう、演習用の非殺傷レーザーを殺傷用に見せ掛け着弾箇所を大破、死傷者が実際に出たかの様にモニターに表示させる。

 更には実際に電力の供給をストップさせ非常電源に切り替えさせる。


 この報告を目にした時、ラトゥーレは震えた。情報の偽装、それがどれ程に恐ろしいものかを悟ったのだ。

 ともすればコロニーの頭脳中枢に浸入し自爆、酸素の供給停止、或いは姿勢制御スラスターを用いて恒星や他の敵対するコロニーに突っ込ませる事すらも出来るのだ。

 用いるのは武器を針ネズミの様に装備させた一個師団ではなくたったひとつのちっぽけな携帯電子頭脳で。


 ラトゥーレは首を振る。彼女には手も足も出ない領域だ、彼の良心が健やかであることを願うしかない。


 そして彼、黒沢鉄人の良心こと黒沢多々良。


 明るく快活な彼に対してはそう憂慮する事はない……………と思っていた。彼が姉と慕うミューツに対する暴言を聞き咎めるまでは。

 普段温厚なだけに感情を爆発させるとその振れ幅は大きい、ヴァンプに対して怯みもせずに殴り掛かったのだ。あの暗い怒りを思うと今もおぞけが彼女の身を震わせる。

 彼は『家族』と言ったものに異常な執着を見せる。『兄』『姉』に危害が及べば彼は周囲を省みる事なく唯一心に怒れる鬼神と化すだろう。

 そして佇むのだ、独り全てを破壊し尽くした荒野に。


 もしかしたら黒沢多々良、彼こそが一番の憂慮事項なのかも知れない。

 

 黒沢兄弟、彼らはこのちっぽけな基地が抱えるには余りにも危険な存在だ。姪の悲しむ顔は見たくはないが、ある程度の謝礼を添えて追い出す事も視野に入れ慎重に行動せねばならない。

 彼女にはこの基地とコロニーを護る責任がある。時には非情に徹する事も求められるのだ。


 ラトゥーレは重厚な椅子を軋ませて立ち上がる。疲れた、今日はここまでにしよう。そう思い脇の棚からガラスの瓶を取り出す。

 中の琥珀の液体がゆっくりと揺れた。


 「ラトゥーレ、まだ職務中か!?」


 ノックの音と共に顔を出したのは古い顔馴染み、今は基地の医務室で医師業に従事する通称『先生』だった。

 

 「いいえ、もう終わるところだったわ。寝る前にコレをちょっとね」


 手にした瓶を医師に向け掲げると彼は少しだけ顔をしかめ。


 「酒か、程々にしておけよ? 長命のエルフとて肝硬変は見逃してはくれんのだからな」


 いつものお説教だ。一体何年繰り返せば気が済むのだろう。ラトゥーレは微笑みを浮かべもうひとつグラスを用意する。

 文句はいっても彼も酒は嫌いな質ではない、酒量は減ったが昔はここにドワーフの整備士も交え三人でぐでんぐでんになるまで痛飲したものだ。

 歳を経て大人の飲み方を覚えた今でも時おりこうしてグラスを酌み交わす。


 とっとっとっ


 と小さな口から琥珀がグラスに流れ出る。ラトゥーレはこの酒と空気が瓶のなかで位置を入れ換える音が好きだ。

 昔はこの音が聴きたくて杯を重ねたのかも知れない。


 「それで? 先生殿はいったいどの様な御用で乙女の部屋をお訪ねになられたのかしら?」


 ラトゥーレが軽口で医師がここへ訪ねて来たその真意を探る。


 「むぅ、判るか」


 「それはね、何十年の付き合いだと思っているのよ!? それに、伊達で指令なんてやってる訳じゃないのよ? 何か話したい事があって来たんでしょ? いいわ、言ってみなさいよ」


 ラトゥーレが促すが医師は答えずグラスに注がれた酒を煽る。


 「っかぁっ! 強いな、何時もこんなに強い酒を飲んでいるのか!?」


 「貴方が弱くなっただけでしょう? わたしは昔っからこれ一本よ、 テネの『ジャスパー・ニュートン』、貴方も知っている筈でしょう!?」


 「そうだったな、しかしテネも失われて久しい、コイツは天然物だろう? 何処で手に入れた!?」


 「それは秘密、いい女には秘密が多い。言ったのは誰だったかしら?」


 「さぁな、忘れたよ。古い歌の歌詞だったな? いや、誰かの小説か何かの一文だったかも知れん。どちらにしろ言った奴ももう死んでるさ」


 「そう、ともあれジャスパーももう残り少ないわ、在庫が消えればもう口には出来ない銘酒よ。精々味わって飲んでちょうだい」


 そう医師に伝えラトゥーレもグラスの酒を喉に流し込む。


 氷も加えずロックで常温だ。それがジャスパーを長年口にし、味わい続けた彼女が発見したジャスパー・ニュートンの一番の美味い飲み方だった。

 ジャスパー特有のほんのりとした心踊るような芳香を最も感じられる飲み方なのだ。


 グラスをテーブルに置くと医師がことりと脇に小さな皿を置いた。


 「ツマミを持ってきた。酒ばかりでは本当に身体を壊してしまうぞ、少しは何か口に入れろ」


 「……これは?」


 ラトゥーレは差し出された皿かそこに盛られた緑色の物体のひとつを摘まみあげ目の前に翳す。


 不可思議な形状をしている。三日月型に反り返りその中をぽこぽこと丸い瘤が連なっている。表面には起毛があり白く掛かっている粒は塩であろうか。医師はそれを『ツマミ』と言ったがとてもではないが食品には思えない。

 どこか未開の惑星の昆虫かなにかの卵と言われた方がはるかに納得できる形をしている。


 「あの少年はそれを『枝豆』と言っていた。あちら(・・・)の作物の一種だそうだ。調理法を教えて貰い自分で茹でてみた。あちらの酒飲みはこれを好んで食すのだという」


 「…………作物」


 ラトゥーレは眉をしかめた。彼女もここの住民の例に漏れず野菜嫌いだ。身体に有益な事は認めるがこの美味い酒に野菜を合わせるのは如何なものだろう!?


 「そう嫌な顔をするな、わたしも味見がてら一粒口にしたが美味かったぞ。酒飲みがこれを好むと言う話も頷ける程の味だ」


彼はひとを担いでその様を笑うような性格ではない。ならばこの作物は本当に美味いのだろうか!? 

 

 ラトゥーレは決心した。


 「これはこのまま食べていいものなの!? 食べ方が判らないのだけど……」


 「ああ、いや、失念していた。皮は食べられん、皮を剥き中の身を食べるんだ。どれ、貸してみろ」


 戸惑うラトゥーレに代わり医師は枝豆の鞘を剥き中身を皿の上に転がしてやった。ふたつに割られ中身の無くなった鞘はもうひとつ持参した空の皿へと捨てる。


 ラトゥーレは鞘が取り去られさらに小さくなった豆の一粒を摘まむ。


 艶々と瑞々しい表面は輝きを帯び、まるで碧の宝石か何かの様だ。これ程に生命力に満ち溢れた作物を彼女は見たことが無かった。


 恐る恐るラトゥーレは碧の粒を口へと放り込む。歯で噛み砕くと少しの抵抗の後、枝豆は割れ崩れた。


 「ッッ!!?」


 ラトゥーレは目を丸くし口許を押さえる。その表情に医師は確信しにんまりと笑う。


 「どうだ、美味いだろう」


 「何よこれ!? こんなに美味しいもの初めて食べたわよ!? これがあの野菜だって言うの!? 信じられないわ」


 立場上お偉いさん方との会食で贅を尽くした美食にも慣れた彼女の言葉だ、嘘は無いだろう。医師はゆっくりと頷いた。


 「そうだ、これが惑星の地表で水と栄養素、恒星の光を存分に与えられ作られた野菜本来が持つ味だ! コロニーの片隅で無機的にプラントで造られる紛い物には出せん生命の味なのだ!」


 「………そう、そう言う事なのね。 貴方、コロニーでこれを生産しようとする魂胆なのね!? それでわたしにも協力させようと……」


 「ご明察だ。異星界からあの少年が持ち込んだこの野菜たちこそが今のコロニーの人々に活気を与えるとわたしは確信したのだ。

 ラトゥーレ、友として頼む、コロニーの長老たちにこれの量産を頼んで見てはくれないか」


 医師はグラスを置き長年の友を前に深々と真摯に頭をさげた。


 頭をあげると驚いた事に皿に盛られていたはずの枝豆は消えていた。


 「ほうれ、むぎゅむぎゅ、こんらに美味しいやはいらら、もぐ、わたしも否はないわ、もぎゅもぎゅ、次の古老会議で取り上げて、もぎゅ、みる、んくっみるわ!」


 「ちょ、ラトゥーレッ! お前ひとりでっ!? わたしの分はっ!?? わたしだってまだひとくちしか………あぁ」


 「ちょっと、いい年寄りが何よ情けない、食べ物のひとつやふたつで泣かないで欲しいわ」


 「はぁぁ!? 年寄りって言ったらお前だって同い年だろうがぁ! 自分ばっか老けるの遅いからって調子に乗るなよ!? 銀髪で隠しちゃいるが気付いてるんだぞ!? その髪半分以上白髪だってな。バーカバーカ、ババアバーカ、白髪ババアバーカ!」


 「バッ!? ババア!? 言ったわね耄碌ジジイがっ! 四〇過ぎるまで独身でわたしがアンを紹介しなけりゃ一生独り身だったくせしてっ。知ってるのよ? アンタ、アンに自分の事『てんてー』って呼ばせていたそうじゃない!? てんてー、ババアとか言ってお口悪いんだぁ、ラトゥーレ泣いちゃうもんっ」


 「何で知ってるっ!? お、お前だって会う男会う男どいつにもコナ掛けて付き合い始めた途端に『何か初めの印象と違う』ってすぐにフラれて結局この歳まで独身じゃないかっ! 六〇過ぎのババアが『もん』とか気色悪いわっ!! ぅおえぇぇ~ーーーッッ!」


 「ここで吐かないでよ汚いわね。ボケ老人の介護ならアンにやって貰いなさいよっ! はい、てんてー、おちめ替えまちゅよ~ーーってね」


 「わたしの脳はボケておらんっ! 貴様の方こそさっさと後進に道を譲って日がな一日外の星でも眺めておれっ!」


 「それこそこっちの科白よっ! あんたが引退しないから若い医者が基地に来ないのよっ!! いいわ、わたしが直々に介護施設へ放り込んであげる。アンにはあたしから言っておくわ『お宅のご主人は使い物になりません、恐らくあっちもしなしなでしょう、御愁傷様です』ってね」


 「わたしはまだビンビンじゃぁぁぁ~~ーーーーッッ!!! 妻だって喜んでくれとるわいっ!」


 「はぁぁっ!? 女友達にそーゆー話普通するぅ? 下ネタ振られても困るんですけどぉ!?」


 「よく言うわいっ、先に言い出したのはお前じゃろう、カマトトぶりおってこの腐れビッチがっ!!」


 「ビッチじゃないわよっ! 失礼ねっ」


 「ビッチビッチビ~~~ーーーッチぃ。 下半身に毛羽毛現飼ってるビッチさんこんにちは、おや、変な臭いしますよ? 下半身の洗浄は入念にね」


 「アンタ見たことないやろが~~ーーーーッッ!!!」


 醜い年寄りの罵り合いは深夜まで続いた。

 



 翌日、黒沢兄弟のミドガンド無期限逗留がラトゥーレの口から告げられた。彼女は多々良の手を握り真剣な口調で言った。


 「枝豆、是非とも生産してちょうだい」


 多々良はその真剣な口調に何度も頷きを返した。


 その傍らには医師の姿もあったが、何故か基地指令との間にぴりぴりとした険悪な雰囲気を醸し出していたのであった。

 

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