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戦いは星々の狭間で8 演習 (前編)

 演習はミドガンド基地から数百キロ離れた真空の宇宙(そら)を舞台に行われる。


 ブラスターの威力を最小にまで落としブレードをなまくらに替えたとしてもやはり起こりうる事故というものはあるのだから当然の処置と言えよう。


 多々良は高速艦の格納庫で月影の点検に四苦八苦していた。

 

 生来機械の苦手な多々良、このような精密機械となれば尚更に訳が判らない。鉄人製作のアンチョコ片手にボタンを押しスイッチを弄るもうんともすんとも言わない巨大な相棒に最早涙目だ。


 「あんちゃぁ~ーーん、助けてよぅ」


 普段ならば弟の為ならと直ぐ様駆け付ける兄も今は自分が乗るガルガンティスに手一杯、エレノアを操縦席に乗せレクチャーの真っ最中であった。


 「ちょっと、アンタ何泣いてんのよ、そこ退いて」


 そこへ現れたのは狼ムスメ、赤毛の少女ティラーニャだった。


 「なによ? 起動設定も出来ないの!? 会議室じゃあんなに傍若無人だったのに意外に情けないのね」


 悪態を衝きつつもさっさと多々良の脇から設定を始める。


 するとコクピット内部に明かりが灯り正面モニターに『welcome to TUKIKAGE』と文字が浮かび上がる。


 「あ、動いたっ! ありがとう……ええ、と」


 「ティラーニャよ、ティラーニャ・ソノン、前に紹介したはずなんだけど」


 「うぅ、ゴメン、ティラーニャさん」


 「ティラーニャでいいわ」


 「え!?」


 「ティラーニャよっ、さん(・・)は要らないって言ってるのよ!」


 どうにもこの少年に対してはぶっきらぼうになってしまう。怒ったふりをしながら内心でティラーニャは頭を抱え自分の不器用さに墺悩していた。


 「うん、ありがとうね、ティラーニャ」


 パァァと輝くような少年の穢れない笑顔にティラーニャは頬を火照らせ。


 「べ、別にお礼なんて……これくらいはガルガンティスのパイロットなら誰でも出来る事だし……」


 どうしても素直に礼の言葉を受けられず再び頭を抱えるのであった。


 「それじゃぁ僕も覚えなきゃかなぁ? あんちゃんには『月影はお前のガルガンティスだ、整備はやってやるがそれ以外はお前が面倒を見てやれ』って言われたし」


 「そうね、それなら覚えた方がいいかも知れないわね。それにしてもこのガルガンティス、『ツキカゲ』って言うのね、珍しいデザインをしてるわ、貴方の星のガルガンティスはみんなこんな感じなの!?」


 少女の問いに少年は首を横に振る。


 「ううん、そもそもガルガンティスは僕たちの世界には無いんだ。戦車や戦闘機が主流で巨大ロボットなんてアニメや漫画の中であるだけだよ。

 これはあんちゃんがミュー姉ちゃんのガルガンティスを……」


 そこまで言い多々良は慌てて口を手で覆いティラーニャを窺う。

 

 ティラーニャは自分がミューツを『姉』と呼ぶのを嫌っているのを思い出したのだ。


 しかしティラーニャの表情に変化はない、むしろ彼女は言う。


 「私に気を使う必要なんてないわ、貴方が隊長を大事に想っているのは判っているつもりだもの、むしろあの時は私に非があったわ、ごめんなさいタタラ」


 無表情で謝罪を述べるティラーニャ、しかしその正直な尻尾はやっと謝る事が出来た嬉しさにぶんぶんと大きく振られていた。


 『準備はいいか多々良!? 演習宙域に到着したそうだ、すぐに出発する。オマエもコクピットを閉じろ!」


 月影の前をティ・アンプルが通り過ぎ中から兄、鉄人の声がした。


 「うん、こっちも大丈夫。ティラーニャが手伝ってくれたんだ」


 元気に返事をする弟、多々良、その脇ではティラーニャがまた頬を赤くしていた。


 「ティラーニャ、大丈夫? 風邪? あんまり無理はしないでね?」


 「だ、大丈夫よっ、それよりもアンタは自分の心配でもしていなさいっ」


 どうにも多々良の優しさに触れると自分はおかしくなってしまう。本日何度目か判らない自省の念に駆られながらもティラーニャは言うべき言葉を告げる。


 「相手はウィルミンのライカンスロープとあの馬鹿コウモリの指揮する巡洋艦よ、無理だと思ったらさっさと降伏なさい。

 貴方が怪我でもしたらおね……隊長も悲しむでしょうしね」


 「ありがとうティラーニャ、でも負けないよ! ミュー姉ちゃんを馬鹿にした奴らなんかに負けてやるもんか!」


 静かに闘志を燃やす多々良、その盲目なまでの一途さを向けた相手にティラーニャは少し嫉妬を覚えた。


 『おい、多々良ッ! 行くぞっ!』


 鉄人の叱咤に慌てて多々良はコクピットを閉じる。


 「あっ! タタラッ」


 ティラーニャはハッチの向こうに消えて行く多々良に名残惜しそうな声を掛ける。


 「ありがとう、見ててよ! しっかり勝って帰ってくるから」


 最後にティラーニャが目にしたのは親指を上に握り拳を作るタタラの笑顔であった。


 月影はティ・アンプルを追い星々の狭間に消えて行った。

 それを見詰め少女は呟いた。


 「頑張ってよね、タタラ」




 暗闇の中、二機のガルガンティスが漂う。その向こう数十キロ先にはウィルミンのガルガンティス隊が展開している筈だ。

 二対二〇+巡洋艦、圧倒的に不利だ。それでもガルガンティスの中の三人に気負いは見られなかった。


 「タタラ、ティラと仲直り出来たみたいでよかったにゃん」


 「うん、最初はちょっと苦手かなって思ったけど話してみたらいい娘だったよ。僕がミュー姉ちゃんを『ミュー姉ちゃん』って呼ぶのも許してくれたし謝ってもくれた、ティラーニャさんって呼んだら『さんはいらない』だって」


 「ふうん、ティラは真面目で口うるさい印象でずっとねちねちいびってくるタイプだと思っていたからちょっと意外だにゃん」


 「あはは、ひどいなぁエレノアは、ティラーニャはそんな悪い人じゃないよ」


 「おーおーのろけだにゃん」


 「のろけって?」


 「なんでもないにゃーん」


 「おふたりさん、お喋りは切り上げろ、開始前に作戦の最終確認だ。多々良、()のものは?」


 「ちゃんと整備長のおじさんに貰ってきたよ。ホラ」


 月影がティ・アンプルに背負った小型の箱を見せる。


 「よし、小型の箱とは言えども多少は出力に影響する、そのつもりで動けよ。それに中身は精密機械だ、相手の弾がかすらないよう注意しろ。

 次に猫ムスメ」


 「ブリーフィングはバッチリだにゃん。あちしはタタラを無視して飛び去ればいいんだにゃん!?」


 「上出来だ。設定その他は俺がやる。オマエは俺の言う方向に引き金を引けばいいだけだ」


 「楽な仕事だにゃん。タタラ、報酬はスイス銀行にだにゃん」


 「あはははは」


 「……くだらない冗談覚えやがって」


 多々良の笑い声が響く中、突如モニターに女性の姿が映る。多々良も何度か目にしたそれはミドガンドの指令の姿であった。


 指令は告げる。


 『これよりウィルミン思想体所属ミドガンド派遣部隊対黒沢兄弟の演習を始める。ルール等は先の約定の通りだがくれぐれも過剰な追撃は控えるよう厳命する。

 なお判定はこちらの判定官の判断を遵守し撃墜された機体はこちらで演習終了まで行動を制限させてもらうのでそのつもりで、巡洋艦も同様だ。

 それでは演習開始ッ!』


 始まりの合図と共に各機がスラスターから青い炎を吹かし彼我の距離を縮める。


 多々良の乗る月影のモニターにも相手のガルガンティスの姿が映りそれはどんどんと大きくなって行く。




 そしてそれはウィルミンのガルガンティスにとっても同様であった。


 ガニガスは自らの駆るガルガンティスの機内でうんざりとした表情で演習の開始を告げる通信を聞いていた。


 隊の雰囲気は険悪だった。多くのパイロットが突然休暇を取り消され召集命令を受けた。すわ一大事!? と駆けつけてみればなんの事はない、素人の乗るガルガンティス二機と演習をやれと言われたのだ。

 しかも機体は整備もそこそこ、武装の補給を受けただけのガルガンティス、中には四肢の欠けた機体すら存在する。

 これで気分を害さない奴がいたらそいつは神か仏か只のあほうかと言ったところだ。


 

 「お前たち、相手が二機、しかも素人だとはいえくれぐれも油断だけはしてくれるなよ? 手順通り包囲殲滅で行くぞ。二番機はアンリ、カロン、両機を連れ先行、発見次第各機に位置のデータを送れ。五番機から十番機は散開、バディ(二機連携)で先行機の敵機発見の報を受診次第位置データを参照に包囲だ。十一から十五は巡洋艦の護衛、リーダーは俺が執る。

 それでは……戦闘開始!」


 『了解!』


 『五番リチャード了解した! 隊長、休暇の追加申請、よろしく頼むぜ!?』


 『おう、こっちもだ。もうちょっとであの色っぽいリザードムスメをベットに連れ込めるって所で呼び出されたんだからな、彼女の機嫌もとらなきゃなんねぇ』


 『バカ、ジーンオメェありゃからかわれてただけだよ。どうにも童貞はがっつき過ぎてていけねぇ』


 『どどど、童貞ちゃうわっ!』


 「お前たちっ! 気を引き締めろっ!!」


 『了解ッ!』


 どうにも士気が緩い。仕方のない事だとは言えこの調子を実戦まで引き摺れば隊に損害も出る。


 あの少年に非はないがここは獲物となってもらい部下の鬱憤を発散させる生け贄としよう。


 そうガニガスが決断をした時、先行の部隊から敵機発見の一報が届く。


 『こちら二番機アナム、敵機を肉眼で捉えた。………って、ありゃぁ…………うわっ、うわぁぁぁっ!!』


 二番機は一報を告げると何故だか取り乱した。アナムは部下からの信頼も厚い隊のナンバー2、冷静さが売りのライカンだ、そんな奴がいったい何を目にすればあれほどに取り乱すのか!?


 「落ち着け二番機! どうした!? 何があった!? 報告しろっ」


 『や、ややや、ヤツだっ!! 敵はヤツだっ!! 赤黒い異形のガルガンティス、つ、つ、ツキカゲだぁぁぁぁッッ!!!』


 そこからは大混乱だった。先の戦いで死傷者は出なかったもののあの異形のガルガンティスは大隊を前に一歩も退くことなく大立回りを演じた。

 こちらの機を上回る機動で次々にガルガンティスを行動不能に陥れ遂には彼らの拠り所、巡洋艦にまで肉薄したのだ。

 あの時ミドガンドのガルガンティスの制止の声が少しでも遅ければ彼らは帰還の手段を失いミドガンド基地の高速艦に頼るしか手の無い漂流者となっていただろう。

 遠く基地を離れた宙域での母艦の消失はガルガンティスにとって致命的なのだ。


 それ故にあの未知なる巨人はライカンスロープのパイロットたちに拭い難いトラウマを刻み付けた。


 単機で大隊を相手取るなど、ましてや巡洋艦を屠るなどそれは英雄譚のお伽噺であり各国が対スナーク(少なくとも表向きは)にと鎬を削る新鋭機開発はそう甘いモノではないのだ。

 最新鋭のガルガンティスと言えども古参の機体が収集した膨大な実戦データを参考に造り上げたものであり過去のガルガンティスを性能面で上回ったとしてもそれは数パーセント。


 それがどうだ、あのガルガンティス、『月影』は数値上では従来の機体の数十パーセント……いや、数値や理論値ではない。実際に彼らは体験したのだ。

 その俊敏な機動を、その恐ろしい破壊力を。


 実際に月影を初めて目にする、先の救助作戦時その場に居合わせなかったパイロットもログは見せた。

 彼らは一様にログの再生が終わると大きく溜め息を吐き言ったのだ。


 「コイツとだけは戦場でまみえたくはないな」


 と。


 その悪夢が今再び彼らに牙を剥き襲い掛かってくる。


 「各機押し包めっ! 僚機(バディ)に奴が接近したら守るんだっ! 隊列は乱すなよっ! 十一から十五も戦線に加われっ俺も出るっ!!」


 死守すべき母艦を放置し全ガルガンティスを投入するなど狂気の沙汰だ。それでもガニガスは決断した。隊を分散させては勝機はない、母艦に護衛を着けないなどマイナス判定だがこれは演習だ、巡洋艦を破壊されても帰還は叶う。

 ならば少しでも勝算を上げようとガニガスは決断した。



 「しかし………あの少年がパイロットだったとはな、今思えばヒントは無数にあった。俺もヤキがまわったか」


 全く抜けていた。ミドガンドの隊長ミューツ・リュー・ミリュノフは漂流時機内に民間人がふたりと言っていた。なのにその情報も忘れ会議室で目にした乱入者は彼女のこちらでの家族だと断じてしまっていたのだ。

 

 『クソッ、くるなくるなくるなぁぁ~~ーーーーーッッ!!』


 一機のガルガンティスが高速で迫る月影に取り乱し銃口を向けブラスターを照射する。


 照準も適当な盲射ちだ。数条の光の線が月影の脇を掠める。


 「馬鹿が、あんなんじゃ当たる弾も当たら………おおっ!??」


 適当に放たれたブラスターの一撃が月影の装甲に直撃した。月影は大きくのけ反りくるくると舞う。

 月影の装備の一部か、腰の小型の箱の口が衝撃で開き中からぱらぱらと部品が宙に散らばった。


 「あたっ……ただと!?」


 信じられないものを目にした。先の戦闘であの機動を武器にブラスターの嵐を潜り抜けてきた月影が錯乱一歩手前の盲射ちに直撃したのだ。

 当たり所が悪かったのか月影は見るも無惨な機動でよたよたと追撃を避ける。


 『ははっ、当たるっ、当たるぞっ! あのバケモノに俺のブラスターが当たるんだっ!!』


 『ブレードもだ、コイツ避けやがらねぇっ! スラスターでもヤられたかよっ!?』


 『クソッ、堅ェなぁ、これだけ当たってんのに大破しやがらねぇ』


 『続けろっ! ダメージは確実に負ってるぞっ! 見ろっ、右のスラスターの火が完全に落ちやがった!!』


 『おいっ、コイツ逃げようとしているぞ!?』


 『追えっ! ここまで来て逃がしなんかするかよっ!』


 自らの心に恐怖を刻んだ異形のガルガンティスの無様な有り様にウィルミンのパイロットたちは夢中で獲物をなぶった。

 それは最早戦闘などではなく演習の名を借りた私刑に等しかった。


 度重なるダメージに月影は遂に彼らに背を向けた。残ったスラスターの火も弱々しく戦場を離脱しようとする。


 しかしガニガス率いる大隊は熟練の猛者揃いここで手を抜く程に甘くはない。ライカンスロープの群れで獲物を狩る本能も剥き出しにして月影を追い掛ける。


 『逃げるんじゃねぇぞコラァ!』


 『チッ、避けやがった、まだ動けるんかこのヤロウ』


 『ガハハッ、テメェの腕が悪いだけだろうこのヘタクソッ! 見てろよ、次で墜としてやるっ!』


 『ぶっは、何が「次で」だ、全然掠りもしねぇじゃねぇか。ヘタクソってのはオメェのことだよっ』


 『ち、違うっ! アイツ直前に避けやがった』


 『おいおい、腕だって腕! 訓練サボってオンナの尻ばっか追いかけてっからそうなるんだ。ミナサァ~ーーン、あのオジチャンみたいになっちゃダメでちゅよぉ~~ーー!?』


 『ハァ~ーーイちぇんちぇーボクチン気を付けまぁ~ーーちゅ、この間毛ジラミ貰ったオジチャンみたいにはなりまちぇ~ーーーん』


 『ブッ!ブハハッ、ライナスオメェマジか!? アレか!? ここに来る前熱をあげてたあのバイタか!?』


 『ロドリクテメェ~ーーー……』


 『ガハハハハッ! ライナスサイコーだわ! 毛ジラミとか……ひーっ、オメェ俺たちを笑い死にさせる気かよ!? け、毛ジラミッ、ガハッ、ガハハハハッ!』


 『ゲハッ、ゲヒヒ、やめろっ息っできねっ、ゲホッ、ゲホッ』


 既に隊は乱痴気騒ぎの様相を呈している。月影に対しての恐怖が解け抑制されていた感情が爆発した結果ライカンスロープたちは躁状態で獲物を追うことに熱中した。


 「馬鹿どもが……」


 ガニガスは統率の執れなくなった彼らに苦々しい思いを感じる。最早有能な戦闘集団の姿は欠片もない、それは泣き叫ぶオンナを欲望も露に追い掛ける無頼の群の様であった。


 「……それにしても」


 ガニガスはこちらに背を向けて情けなくも逃走を図る月影の後ろ姿に目を向ける。


 先程のライナスの一撃、完全に直撃コースだった。当たれば大破判定のブラスターを月影は避けた。外れたのではない、確実に避けた(・・・)のだ。

 もしや不調は偽装で実は我々に対して油断を誘っている?


 「いいや、まさかな」


 ガニガスはふと浮かんだ不安を首を振って脳裏から追い出す。

 大破はせずとも月影は確実にブラスターの光条をその身に受けている。ダメージは確実に累積されているのだ。早晩あの機体は餓えたオオカミどもに食い千切られる事だろう。


 ガニガスはそう結論を下し部下の後を追った。


 しかしガニガスが今少し注意深く月影を観察していれば気付いただろう。月影の装甲には少しの焦げ跡しかない事を。

 殺傷能力を極限まで落としたブラスターと言えど当たれば装甲に焦げ跡位は残る、人体に直接当てれば対象者は全身を黒焦げにし息絶える位の威力はあるものだ。

 しかし月影は弱々しくもその機体は演習開始直後とそう変わらない真新しさ。


 ガニガス・ガクートスが己れの失態に歯軋りをするには今暫くの時間が必要だった。











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