戦いは星々の狭間で7 会議室
仕事の都合で投稿が一日遅れてしまいました。
本作を楽しみにしている稀有な方がいらっしゃたとしたら申し訳ありませんでした。
しかし作者もこれ程に連投が続けられるとは思っていませんでした。
不定期になる場合もあるでしょうが、今後とも『お伽噺は空のうえで』をよろしくお願いいたします。
ベテランパイロット、ガニガス・ガクートスがまだ士官学校出たての新米だった頃、一度だけ磁気嵐に巻き込まれた事があった。
演習のあったその日、随伴の巡洋艦の故障により隊は宇宙の真っ只中に孤立した。
ガニガスは数機のガルガンティスと共に周囲の警戒を命じられたのだ。
何時しかガニガスは隊を遠く離れひとり何処とも知れぬ真空をさ迷っていた。周囲には巨大な岩石飛ぶ衛生地帯。電波も遮られ母艦との通信も叶わない。
不安の中でガニガスは岩石の迷宮を出口を求めさ迷った。
不意に響く警告のブザー、それは磁気嵐の警報であった。
岩が無茶苦茶に暴れガルガンティスのぎりぎりを掠める。当たれば勿論粉々だ。強力な磁気の乱れは質量のある物体すらも動かすのだ。
磁気によって行動を阻害されたガルガンティスの中、。腕も脚もマトモに動かせない状況にガニガスはひたすらに震えながら唯祈るしかなかった。
少年はそんな恐ろしい回避不能な災害をガニガスに思い出させた。
尤もそれを鉄人が耳にすれば。
「災害ってヤツは善人にも悪党にも関係なく牙を剥いてくる。あのコウモリ野郎は自業自得ってヤツさ、悪党にだけ降りかかる災害をひとは天罰って言うんだ」
と笑っただろうが。
ミドガンド基地の会議室、ガニガス・ガクートスは指令の付き添いとしてここで質疑応答を耳にしていた。
我らが指令ながら聞くに耐えない暴言であった。よりにもよって救助対象であったミドガンド防衛隊長を貶めるなど。
彼女、『ミューツ・リュー・ミリュノフ』はこの基地ではつとに人気のある人物である。
副官である『デボラ・ショウホープ』と並び戦場をガルガンティスで駆る姿は『白と黒の戦姫』などと讃えられ抜群のコンビネーションを魅せるのだ。
そんなミドガンドのエースの片割れを罵ったのだ、その時点で自分も含め無事にこの部屋を出られるなどと甘い考えは捨てた。
だが、これは予想外だった。
突如扉が開け放たれそこにいた少年。
彼の怒り、それはもう底冷えのする様な激しい焔の奔流のようであった。
殴る、殴る、殴る。
ヴァンプに馬乗りにのし掛かりひたすらに拳を撃ち衝ける。
にちゃにちゃとした血糊はヴァンプのものかはたまた少年の拳からのものか? ヴァンプの男に既に抵抗の意思は見えない。
時折聴こえる「ヴォオッ」とか「ォバァッ」とか難語めいた声がその喉から漏れ出るのが未だ息だけはあることを周囲に伝えていた。
辺りに飛び散る血糊を頬に受けガニガスははっと我に返った。
彼の指令は最早瀕死の状態、生命力に定評のあるヴァンプと言えども放置すればそう遠からず絶命に至るだろう。
ガニガスは呆然とするひとの群れから飛び出すとひたすらに拳を繰り出す少年の肩を掴んだ。
「よせ、それ以上続ければ死んでしまう!」
死んでもらっては幾ら犬猿の仲のヴァンプだからとて困るのだ。
なんとなれば彼はガニガスたちの指令なのだ。その指令が戦場ではなくこのような私的な制裁で命を落としたなど何とも体裁が悪い。
さらにはそれをミドガンドの基地内部でなどと、国家間の抗争にまで発展する不祥事だ。
しかし少年はガニガスの制止を無視、邪魔だとその手を振り払いなおも殴り続ける。
ガニガスは少年の肘が身体に当たるのも構わず彼の身体に飛び付く。
「おい、アンタ、関係者だろうこの少年を停めてくれっ!」
彼が助力を訴えたのは壊れたドアに長身を寄り掛からせ腕を組み弟の凶行を眺めている黒沢鉄人。
鉄人は突然呼ばれ驚きの表情でガニガスを見つめた後、視線を多々良に戻した。
「多々良」
尊敬する兄の声に弟は一瞬拳を停めた。
「いいぞ、もっとやれ!」
鉄人の承諾を受け会議室に響く鈍い打撃音は更に激しさを増した。
鉄人自身も目の前の男の暴言にはいい加減腹がたっていたのだ。
ミューツは鉄人にとっても家族の一員だ。
唯今回は多々良が一足早かったと言うだけの話、鉄人とて目の前で家族を侮辱されれば多々良と同じ様にしただろう。
ガニガスは泣きそうになった。
いかに指令の雑言が切っ掛けとは言えその責はガニガス自身にも及ぼう。ガニガスは己れの不運とこのような無能を寄越したウィルミン軍上層部を呪った。
「タタラッ! おやめなさいっ!!」
会議室に凛とした女性の声。
その一言で少年の恐ろしい蹂躙はぴたりと止んだ。
女性はつかつかと少年の傍までやって来ると捕まえるガニガスを押し退けその頬をぱしんと張った。
「ミュー…姉ちゃん!?」
それは彼の姉、ミューツであった。信じられないモノを見るような目で多々良はミューツを見た。
彼女は降り下ろした手を胸に、叩かれた当人よりも痛々しい表情で彼を見据えた。
「タタラ、それ以上はいけません。幾ら再生力に秀でたヴァンプでも死んでしまいます」
「でもコイツはミュー姉ちゃんを馬鹿にしたんだっ! 死んで当然の事を……」
「タタラッ!!」
激しい叱責に多々良は途中まで出た言葉をつぐんだ。
「死んで当然の者など何処にも居ません。それはヴァンプとて同じです。……それにタタラがひとを傷付ける所などわたくしは見たくはありません。
タタラは笑ってた方がわたくしは嬉しいのです」
2
「姉ちゃん、ゴメン」
先程まで嵐の様だった彼がミドガンド防衛隊長の言葉に悄然と項垂れる。
「さぁ、立ちましょう。元気を出してください、タタラはわたくしの為に怒ってくれたのですよね? その想いは嬉しかったです」
彼女に促され少年はそれまで握っていたヴァンプの襟首を放し立ち上がった。
支えを失いヴァンプの身体はごとりと床に倒れ頭をしたたかに打ち付けたが誰もが気にはしなかった。
「それに、ヴァンプの言うことなどいちいち気にしていたら身が持ちませんよ? 彼らは環状銀河一のひねくれ者なのです。……尤も」
いたずらっ子の様に笑顔を見せるミューツ。
「今は二番目ですがね、ここにはテツヒトさんが居ますから」
その言葉に扉の脇にいた鉄人は「ふん」とそっぽを向いた。
「あはっ、あははははっ」
「ウフフフ」
惨劇の痕もおびただしい血痕飛び散る会議室にミューツと多々良の明るい笑い声が響いた。
「ッッのおぉぉッ、ウジ虫どもがぁぁッ!! このオレ様を誰だと思っていやがるぅッ!? 」
しばらくの後、気絶から醒めたヴァンプの指令が怒りの表情で吠え発てる。
「ひぃ!」
しかし多々良が振り向きその目を覗き込むとすぐに怒りは怯えに取って替わられた。それでも未練がましく口の中でもごもごと繰り返す。
「……き、貴様何者だ!? ワタシにこの様な真似をして本国が黙ってはいないぞ! 貴様など直ぐに……」
パンパン
「そこまでです、ウィルミン派遣軍指令殿」
手を叩き注意を向けさせ停めたのはミドガンドの基地指令である女性であった。
「互いに問題はありましたが我らもミリュノフ隊長への暴言、忘れる事に致します。貴公もここは痛み分けで矛を収めてはいかがでしょうか!? そもそもこの少年は軍属ではありません、民間人なのです。そのような相手に不覚を執ったなどいかにも外聞が悪いのでは!?」
「ぐ……うっ、しかし……」
やはり悔しいのだろう、ヴァンプの男は納得せずなおも言いすがろうとする。
「それならキッチリ白黒着けようじゃねぇか」
ぽつりと呟いた鉄人の言葉に「またあの惨劇が……」と、誰しもがもうゴメンだと顔を青ざめさせ身を固くした。
「い、いや、ワタシもそこまでは望んでなど…… 」
そしてその筆頭はやはりウィルミンの指令。それはそうだろう、彼が直接被害を被った張本人だ、その身体は目の前の少年によって苦痛と言うトラウマを刻み付けられていた。
言葉が尻すぼみに消えて行くのも仕方のない事だと言えよう。
「いや、いやいやいやいや、そーゆー意味じゃない。流石に多々良もミューツに叱られてちっとは頭も冷えたはずさ、要は演習、実弾を使用しない模擬戦で決着を着けようって事さ。
どうだい? そっちの旦那、聞けば巡洋艦の艦長さんだって言うじゃないか!? ガルガンティスの隊だって部下にいる。戦力には自信があるんだろう!?」
「ううむ……しかし………」
確かに彼は巡洋艦を所持しガニガスという古参パイロット率いるガルガンティス大隊を擁している。不安要素は先の正体不明機との交戦でガルガンティス大隊が中隊まで減らされた事と相手の戦力規模が未確認な事。
意気揚々とガルガンティスを展開したあげく向こうが(あり得ない事ではあるが)師団規模で押し寄せて来たら目も充てられない。
恥の上塗りもいいところだ。
渋るヴァンプの背中を押したのは次の一言。
「因みに俺たちの戦力はガルガンティス一機……ああ、いや、俺も出撃るから二機か。多々良も俺もガルガンティスでの戦闘は今日が初めてだったのでな、素人同然だ。胸を借すつもりでよろしく頼む」
「お相手しようっ!!」
即決だった。
ヴァンプは心の中でほくそ笑む。「素人同然? これはいい、ならば先程の屈辱、万倍にして返してやろうではないか!」と。
満面の笑みを浮かべるヴァンプから視線を反らし鉄人はミューツを振り返る。
「……と、そんな訳だ。基地の方々には判定役をお願いしたい。それと一機そちらのガルガンティスを借りたいんだが」
鉄人たちが所有しているガルガンティスは月影が一機のみ、彼が即席でガルガンティスを一機でっち上げるといった手もあるがそれでも半月は掛かろう。
そこで鉄人はこの基地のガルガンティスを借り上げようとした。
「それでしたらわたくしのマシュール……あ!」
そこまで言いミューツは気付く。彼女の機体は既に失われている、ならば他の基地内にあるガルガンティスを、と。
しかし所有権は基地にある。ミューツは自らのミドガンド基地指令に顔を向ける。
ミドガンド指令はゆっくりと頷き。
「よいでしょう、こちらのガルガンティスを一機お貸ししましょう。機体の望みはありますか?」
余談だがミューツとこの指令、姪と叔母の関係にある。滅多にない姪のおねだりに彼女は微笑みを浮かべた。
「マシュールでよかろう、腕は素人だとの話だ、せめて機体位は最新鋭を駆るべきであろう」
ヴァンプが口を挟む。そこにはミドガンドの最新鋭ガルガンティス、その情報を少しでも盗み本国に持ち帰ろうといった姑息な考えが窺えた。
「いいや、さっき見たティ・アンプルだ。装備は遠距離砲撃仕様複座型、ついでにパイロットもひとり欲しい」
「ティ、ティ・アンプルだと!? スナークに滅ぼされた国家の遺物ではないか!? そのようなロートル機我が思想体では骨董品も甚だしい。屑鉄置き場にも置いてはおらんぞ」
「にゃにをっ、あちしのティ・アンプルを……」
愛機を馬鹿にされエレノアがいきり立つ。それを鉄人は押し留め。
「いや、ティ・アンプルがいいな、俺はアイツが気に入った。あのゴツい見た目は俺好みだ」
「うう、マシュールだっていい機体ですよぅ、スマートでカッコイイのに……」
何故かミューツが落ち込んでしまった。
「兎に角ティ・アンプルだ! 俺はアイツを希望する。ついでにパイロットはこの猫ムスメでいい」
「にゃ!?」
突然の指名にエレノアが目を丸くする。
「ちょ、テツヒトッ! エレノアは隊でも新参、本人を目の前に言うのも何だが半人前だぞ!? ティ・アンプルならばワタシも機乗経験はあるっ、ワタシが代わろう!」
「いや、デボラ、俺はコイツに決めたんだ。それにお前さんは熟練者だろう!? そんなパイロットが出張ったせいで負けたなどと後々文句を言われてもかなわん。
ならば未熟なコイツでいい」
とエレノアの頭を握り左右に振る。されるがままのエレノアはどこか放心したように抵抗の気配も見せない。
「あの………テツ、ヒトさん? エレノアは私たち新人の中でもガルガンティスの扱いに熱心とは言えません。斥候のような隠密行動は得意ですが戦闘はそれほどでもなく……
デボラ副隊長が強すぎて駄目とおっしゃるのであればティ・アンプル搭乗の経験はありませんが代わりに私で宜しければ……」
おずおずと後ろからティラーニャが口を挟む。エレノアよりも成績のよいティラーニャが乗れば多少なりとも善戦出来るのでは? との考えであった。
「じゃ、じゃぁわたくしが乗りますっ!! わたくしデボラより弱いですっ! 貧弱ですっ! ティ・アンプルだって士官学校で乗りましたっ! 決定! 決定決定! 決定デスッ!! ティ・アンプルのパイロットはわたくしが務めさせてイタダキマスッ!!」
更にはミューツまで立候補、興奮し過ぎて言葉の最後は日本語であった。
「兎に角パイロットは猫ムスメだ! 多々良もそれでいいな!?」
「うん、あんちゃんがいいって言うんなら文句はないよ」
「そんなぁ~~ーー」
最後は鉄人の鶴のひと声と多々良の承諾で事は決定した。
「エレノア、貴女いいの? ウィルミンの大隊と巡洋艦を相手にたった二機なのよ!?」
演習の細部を煮詰めそれではとウィルミン軍、黒沢兄弟、互いが別れた後、演習地に向かう高速艇の中でティラーニャがエレノアに問い詰めた。
彼女はこの不利な戦いに承諾した彼らを心配し着いてきたのだ。
「……………」
「エレノアってば、黙っていたら判らないわ、嫌なら嫌ってハッキリと言わないと」
「……………にゃ」
「え!?」
「嫌じゃないにゃ、ウィルミンどもはあちしが叩き潰してやるにゃ!」
「エ、エレノア!?」
普段ののんびりとした印象をかなぐり捨て鼻息も荒く敵愾心を剥き出しにするエレノアにティラーニャは驚いた。
「アイツらティ・アンプルを馬鹿にしたにゃ、あちしの可愛いガルガンティスを『ロートル』って言ったにゃ、『骨董品』って言ったにゃ、憎いあんちくしょうに目にもの見せてやるんだにゃん!!」
「よし! その意気だ!」
向かいに腰掛ける鉄人が褒め多々良がパチパチと拍手を送る。
「でも頑張ったらご褒美欲しいにゃん。具体的にはまたタタラのトウモコロシがまた食べたいにゃん」
「そうだね、頑張って演習に勝ってトウモロコシパーティーもいいね。今度は焼きモロコシや蒸すのもいいかもね」
「やたー、楽しみだにゃん! いっぱい頑張るにゃん!」
異様な同僚のテンションにティラーニャは戸惑った。
「ね、ねぇ、何なの? トウモコロシって一体何なのよ!?」
それは演習とは言え戦場に赴くとは思えないほのぼのとした一幕であった。
一方、ウィルミン軍巡洋艦指令室。
がしゃん!
指令が荒ぶる感情のままホワイトウェイルの茶器を投げつける。
今は失われた惑星ケンヨーの名品だ。
粉々に砕け散り豪奢な絨毯に染みを広げる。
「クソッ、あの忌々しい原始人どもめ、八つ裂きにしてダンピールどもの餌にしてくれるっ!」
怒り狂う自らの上官に隅に控えた副官が密かに眉を不快だと潜める。彼の種族はダンピールだった。
「おい、演習のパイロットはガニガスを中心に腕のいいベテランで固めろ、先の戦闘で壊れたガルガンティスの修理も急がせるんだ! 応急処置でもいい、腕のひとつやふたつ無くても構わんっとにかく数を揃えさせるんだ!!」
「閣下、パイロットは現在半数が休暇中で艦内に居りません。おそらくはミドガンド基地の酒保街に行っている事と……」
「呼び戻せっ、休暇は取消だっ! オオカミどもにすぐに連絡しろっ」
副官は部屋を後にするときりきりと痛む腹を押さえた。このヴァンプの副官を拝命してから気の休まる時間など一度たりとも無かった。
今回の件もそうだ、ライカンの休暇を取り消すなどスナークに素手で立ち向かったほうがはるかにマシに思える愚行だ。
副官は腹を擦りながらも通信室へと急いだ。
もう幾度も書き音沙汰のない異動願いをもう一度したためようと心に誓いながら。
彼らは知らない。素人の少年が乗るガルガンティスがつい数時間前彼らを混乱に陥れた異形のガルガンティスである事を。
「それにしてもミューツ、貴女何故テツヒト殿の提案を止めなかったの?」
ミドガンド基地指令は長い回廊をミューツ、デボラたちと歩きながら姪に尋ねた。
ここには親しい者しかいない、自然口調が堅苦しい責任者然としたものから叔母としての女性らしさ溢れたものになる。
「え? だって叔母様、テツヒトさんたちは負けません」
絶対の信頼だった。どちらかと言えば気弱で心配性の姪がこれ程に確信を持って断言をするなど今までに無かった椿事だ。
そんなにも黒沢兄弟と築いた絆は堅固と言う訳か。
ミューツの叔母は慈愛に満ちた柔らかな笑みで姪の成長を喜んだ。
「ミューツ、稀有な絆を結びましたね、その幸運大切にすることです」
「はい、叔母様!」
ミューツは大輪の華が咲き誇るような嬉しげな表情で応じる。
頬は微かに薔薇色を宿し、瞳は蕩けるように潤む、そう、それはまるで無垢な乙女が初めて経験する胸の高鳴りに浮かれているような………
「ミューツ……貴女もしかして……」
叔母は気が付いた。この愛しい姪が異性を知らず成長してきた事を。
コロニーに男性は少ない、居るのは歳をとった者ばかり。つまり彼女は初めて親しくなった異性である黒沢兄弟に……
「つまりさ、指令はこう言いたいんだ。アンタがあのふたりのどちらかに……」
鈍い親友に痺れを切らしたのかデボラが口を挟む。
彼女は昔から豪快なふりをして心の機微にさとかった。その相手が親友ならば尚更だ。
「デボラ、おやめなさい。本人が気が付いていないのなら無理に私たちが教える必要はありません」
「……そう、かも知れませんね」
デボラはすぐに引き下がった、想いは一緒なのだろう。この姉の忘れ形見は今漸く羽化する準備を始めたばかりなのだ。無理矢理に周囲がその殻を破ろうなどと不粋に過ぎよう。
目付きの鋭い天才肌の青年、或いは無垢な笑顔でミューツを姉と慕う少年、そのどちらに彼女の想いが注がれて。いようとも本人がその胸の内を大きく育てるまでは見守っていよう。
そう年嵩のエルフは思った。




